御人形様と規則、そして対価 (4)
思わず声が漏れてしまった。私は反射的に口を抑え、顔色を伺った。
幸いなことに、着ぐるみもジンも私に興味がないようだった。
心の中で安堵の息を漏らしていると、着ぐるみはやがて、地面に残っていたもがいた跡さえも消し去ってしまった。
最初からそこに何もなかったかのように、降り積もった雪は目に眩しいほど白かった。
痕跡をすべて消した着ぐるみは、ここでの用件は済んだと言わんばかりに身を翻し、庭を出ていった。
来た時とは違い、重さを持った着ぐるみが歩いているというのに、地面には何の足跡も残らなかった。
着ぐるみが遠ざかるのをじっと見守っていた私は、それが完全に姿を消してから、ようやくジンへと視線を上げた。
いつから私を見つめていたのか、ジンと視線がぶつかった。
いつの間にか収まっていた震えが、彼の視線を浴びた途端、再び込み上げてきた。
言わなければならないことはたくさんあった。
なすべきことも山ほどあった。
それなのに、何一つすることができなかった。
仕方ないじゃない。
たった今、人形が人間を食らうのを見てしまったのだから。
そもそも、目の前のこの人形は、果たして安全な人形なのだろうか? 無理やり抑え込んでいた数多くの考えが、堰を切ったように溢れ出した。
私はここに来てから、ただの一日たりとも規則を破ったことはなかった。けれど、最初から規則を完璧に守ろうと心に決めていたわけではなかった。
お祖父母様のように、真心を込めて礼を尽くしてきたわけでもない。
もし、彼に対する接し方に不備があったとしたら、どうなるの?
今日だって、彼の部屋の掃除を適当に済ませてしまったのに。
「お、御人形様。た、助けていただき、ありがとうございます」
唐突に膝をつき、深く頭を下げて平伏する。どんな言葉が正しいのか分からず、ただ礼を尽くしていることを示すべきだと思い、浮かんだ言葉を支離滅裂に吐き出した。その時だった。
「御人形様がいてくださったおかげで、無事でした。このご恩は、必ずお返しいたしま……きゃあっ!?」
黙って私を見下ろしていたジンが、私の上に影を落としたかと思うと、そのまま私を抱き上げたではないか。
驚いた私が反射的に悲鳴を上げると、ジンが私の頭を自分の胸へと優しく押し当てた。
心配するなと慰めてくれているようでもあり、うるさいから黙れと言っているようでもある反応だった。
どうすればいいか分からず、目を見開いたまま固まっていると、別棟のドアが閉まる音が聞こえた。
横目で彼の行動を確認する。別棟のドアを閉めたジンは、そのまま歩みを進めて母屋へと入った。
母屋のドアに鍵をかけ、リビングを進んでいく。
そして私の部屋へ入るのかと思いきや、そのまま私をベッドに下ろそうと……。
「ま、待ってください!」
彼が何をしようとしているのか、さっぱり分からない。けれど、手足が汚れた状態のままベッドに上がるのは、断じて許されない行為だった。
私の必死の叫びに、ジンは「どうしたのか」という視線を私に向けた。唇を戦慄かせていた私は、かろうじて言葉を絞り出した。
「手と足が汚れてしまったんです。このままベッドには行けません」
「……」
私の言葉にジンは何も答えなかったが、向きを変えて部屋を出るのを見るに、言葉を理解したようだった。
リビングに出たジンは私をソファに下ろすと、自然な足取りで洗面所へ向かった。しばらくして洗面器を持って戻ってきた彼は、無言で私の前にそれを置いた。
そして、濡らしたタオルで私の足を拭いてくれるではないか。
(な……何を……)
思いもよらない彼の行動に、思わず目が点になった。まるで私が彼に接するように、慎重で優しい手つき。どう反応すればいいのか分からなかった。
これを恥ずかしがるべきなのか、ときめくべきなのか。
それとも恐怖に震えるべきなのか。一体なぜこれが、泥酔して見る幻覚ではないのか、不思議でならなかった。




