第94話:威力使徒
「先輩。先輩。あっち行きましょうよ」
夏休みも後半に。そうして俺は同居しているベタ惚れのカーマと一緒にデートしていた。宿題は終わっているし、やることないのでそれはいいんだが。
「お前はよぅ」
その隣で俺にニコニコしているのは砂漠谷エリという名の少女。今日の彼女は紐ビキニを着ており、そのHカップのおっぱいを日光に晒している。乳首が見えていないだけで九割くらい裸だ。そのまま海水浴に行けば男の視線を釘付けなのだが、都市部でそんな恰好をしているのに、俺以外には見えていないという。タユンタユン揺れる爆乳はなんでビーチクが見えていないのか不思議なくらいのボリュームで。たしかに水着を着ているのだから犯罪ではないのだが、印象としては同人誌で襲われるヒロインの典型。
「エッチでしょ?」
「お前は存在自体がエッチだ」
「ネバダのアレもおっきくなってる?」
「一応な」
「カーマちゃんとデートしながら童貞卒業ってどう?」
生憎と呪いがかかっていますので。
「せーんぱい。どうしたんですか」
「いや。エッチな女の子を見つけて。目で追ってた」
「…………私よりエッチですか?」
「比較対象にもならんな」
紐ビキニを着た爆乳美少女よりエッチな女がいるなら、相当なレベルだ。それこそ一国が傾きかねない。
「その……先輩は……エッチな子が好きですか?」
「大好きです」
「じゃ、じゃあ私もエッチな衣装を着ようかなー」
「水着でも見に行くか」
「どういう水着が好き?」
「オッパイが零れそうなやつ」
今。まさに。エリがその水着を着ている。
「そっかぁ。じゃあ際どい水着を買います?」
「プールで着る気か?」
「先輩が望むなら」
「出来れば俺にだけ見せてほしいんだが」
「じゃ、じゃあ家で先輩にだけ――」
披露しますね、という声よりも大音量がショッピングモール全体に広がった。空気の破裂する音。言ってしまえばソニックブーム。物体が超音速で加速すると空気の壁にぶつかって巨大な音を出す。銃撃がバカデカい音を出すのはこれが原因。まぁ理科を少しでもかじっていると説明するまでもない現象。俺がとっさの回避をした残影の空間を、杭に見える何かが貫いていた。
「ベェ……ルゼバブゥ……!」
そこにいたのは修道服をもうちょっとエキゾチックにした聖職者。首にはロザリオをかけていて、黒に近い灰色の修道服を着ている。
「え?」
と困惑したのはもちろんカーマ。それからエリ。ついで衆人環視。ほぼ銃声が鳴ったにも等しい。じわじわと現実が異常に侵食され、そのままパニックが起こる。正確には銃じゃないので銃声ではないが衆人環視には何が起きたかもわかっていないだろう。俺はその武装を知っているし、その武装の持つ意味も知っている。
「相も変わらず勘がいいな」
「それくらいしか取柄ないし」
巨大な杭打機……一般的に認知されているところのパイルバンカーを手に持って。俺の背後から何の容赦もなく電磁加速した杭を打ち込んだコイツが何者であるかは俺が一番知っていて。
「追いかけてきたのか。リンカ」
「神敵を滅ぼすのは俺の仕事なのでな」
どうせ私情まみれだろうに。鮮やかに軽やかにパイルバンカーを背に抱え直し、つま先から飛び出した刃物をそのままに蹴りを加えるリンカ。俺はそれを躱して、さらにバックステップ。
「ここで襲うか普通? ショッピングモールだぞ?」
「どうせ架空の都市だ」
否定はしない。
「え? ネバダ先輩……?」
そんなカーマの困惑も当然だ。エリも似たような表情。外見年齢こそそこそこ差があるが、威力使徒リンカは俺にそっくりの顔だった。正確には俺を数年加齢させたような顔。まぁ双子の兄なので顔が似ているのは当たり前だ。ついでに俺は不老不死なので十七歳で成長が止まっている。
「残念なく死ね」
あっさりと殺害宣言をする俺の双子の兄……リンカ。
「生憎とまだ愛する人には出会えていないのでな」
俺も抵抗する気満々で。
「アレは俺のモノだ」
「サクラが……そう言ったのか?」
「お前の意見は聞いてねえ」
だろうよ、と返したかったが、ソレを言うより先にパイルバンカーが向けられる。正確には杭ではなく釘なのだが、一般的な釘より太いので、ほぼ杭と言っても問題ない。こんな巨大な釘を木材固定には使えないだろう。あくまで唯神教における聖釘を名付けて生み出されたから釘と呼称しているだけで、太く鋭利な金属という意味では杭の方が定義は正しいだろう。
「ふ」
さらに銃声。正確にはソニックブーム。ショッピングモールは大混乱に陥り。逃げ惑う人であふれている。その中を俺はバックステップしながら威力使徒リンカと間合いを取り、パイルバンカーを警戒していた。生憎と俺は不老不死の怪物だが、唯神教の教会にはアンデッドを殺す手段が存在するのだ。
「ネバダ先輩……ッ……あの!」
「先に帰ってろ。俺は後で合流する」
神威装置と日本の陰陽省はあまり仲が良くない。なので陰陽省に用意してもらった俺の部屋がバレている可能性はあまりない。相手が不動産会社を脅していなければ、という前提はあるが。だがそれも墓穴効果を考えればあまり現実的ではないだろう。
「エリ」
「何かな?」
「カーマを頼む。まぁ帰ってこなかったら死んだとでも思ってくれ」
「不死じゃないの?」
「世の中には限界とか不可能って言葉が溢れかえっているんだよ」
魔法による不死なら何があっても死なないが、俺の不死は魔術の領域。つまり不死の法則性に則れば、その不死を上書きは出来る。
「ボクが殺そうか?」
可能かどうかなら可能だが。
「泥水はすすりたくないだろ?」
「ネバダは優しいね」
そんなわけで、エリにウィンクして、そのまま俺は逃走に移る。特に理由はないが俺は非暴力主義。攻撃は肯定されていない。であれば相手が殺す気で挑んでも逃げるしか対処が無いのだ。
「厄介だなぁ」
「死ね」
ズドォォオオンッッッ!!! とさらに咆哮。リンカの持つパイルバンカーが人間の危機感を逆撫でする音を出す。一発でも受けた瞬間に俺の死亡が確定する。イモータルキャンセラーと呼ばれる不死殺しの聖釘だ。その釘で刺されたアンデッドは例外なく死んでしまう。ソレは俺でも例外じゃなかった。




