第93話:お前はそこで無意味に死ね
「ふむ。美味い」
さてどうしたものか。と悩む間もなく。とりあえずコーヒーを淹れて俺は楽しんでいた。俺はフグ毒を盛られて、その俺に重なるようにアキラが死んでいた。さすがに毒で死ぬ気はなかったのだろう。頸動脈をナイフで刺していた。どちらが苦しいかは比べる必要性も感じないが。まぁ殺される側の事情なんて、殺す側が斟酌するはずもないし。ダイニングにばら撒かれた多量の血液が、俺にとっての赤で。虚ろな瞳で死んでいたアキラを止血して、そのままリビングのソファに寝かせ。俺はかぐわしいコーヒーを飲んでいるという状況。
「…………」
「…………」
アキラの蘇生は済んでいるが、彼女の機能が再起動するのを待っている俺は、それよりも先にとある男女が常闇家に上がり込んでくるのを確認した。した、というか、どう考えてもアキラの両親だ。前に病院で会ったこともあるし、顔は覚えていなかったが泥棒が男女のコンビで我が物顔で乗り込んでくる方がバカげているだろう。
「君は……」
「ども。伏見ネバダと申します」
勝手にコーヒーマシンを使って、我が物顔で家にいる俺と、その俺の隣で寝こけているアキラ。ダイニングから匂ってくる血臭。俺は窓も玄関も全開で換気していたが、それでも血の匂いを完全になくせるはずも無く。
「何が……あったんだい?」
父親の方が聞いてくる。何処か理解の色があるのは、アキラのヤンデレを把握しているが故か。それとも自殺衝動の方か?
「特に弁論するほどでもないんですが」
と前置きして、俺は説明した。
簡単な話だ。アキラが俺にフグ毒を盛って、俺の死を確認した後、自殺を試みた。それだけ。
「アキラは……死んでいるのか?」
「まぁ死んではいましたが。蘇生させたのでご安心を」
「蘇生?」
まぁそりゃそうなるか。
「適切に応急処置をしたので、死には届かなかったと申せばいいでしょうかね」
「助けてくれた……と」
結論を語ればそうなるんだが。
「ところでですけど。このバカの自殺衝動って以前からなんですか?」
何かにつけ自分の死をチラつかせて俺を振り回している気がする。たまに他の人間も刺すが。
「君は……その……アキラの彼氏かい?」
「いや。片想いの相手ですね。俺は彼女面するなと口を酸っぱくして言っているんですが」
「アキラは……好きじゃない?」
「こんな地雷女を好きになるほど酔狂じゃないので」
「…………」
好意そのものは有難いので、好きと言われれば好きと返すが、それは両親の勘定にはならないだろう。俺はコーヒーを飲んで、そのまま話に耳を傾ける。
「アキラはね。辛いことがあるとすぐ死のうとするんだ」
そりゃまた奇特なお人で。
「私たちは幸いにも幸福な家族として暮らしていたはずなんだ」
まぁそりゃ都心に一軒家を持っていて「稼いでいない」は嫌味にしかならないだろう。
「その幸せの根幹には昔からの努力がある、というのが嫁とも意見が一致してね」
俺がチラリと母親の方を見ると、彼女は俺に会釈した。ちょっとアキラに似ている。ただ顔からは疲労が感じ取れた。まぁ帰ってきたらダイニングが血だらけで、娘が死んでいれば悪夢だろう。
「だからアキラにも努力を求めた。大人になったときに幸せになって欲しくて塾も習い事も強制した」
だいたいわかっちゃったな。
「結果は劇的だったよ。アキラはその辛さを観念して自殺した」
そんなこったろーけど。
「その時は首吊りだったんだけどね。一回心停止までいって、あの時助かったのは、まさに僥倖という他ない。そして私たちはアキラに泣いて懺悔した。すまなかったと謝った。以降アキラは、自分の死を代償に物事を進めるようになった。辛いことがあれば死のうとするようになった。脅すために自殺するふりをするんじゃないんだ。本当に。真剣に。死のうとして、死んだら終わり。生きていても自殺に追いやった人間を苦しめられると味を占めた」
結果、こういう奴が生まれた……と。
「君はフグ毒を盛られたと言ったね。どうして生きているんだい?」
「ああ。不老不死なんで」
言っている内容には正当性があるが、相手は怪訝な顔をした。別に説得するつもりもないし納得させるつもりもない。
「ん……ネバダくん?」
「よ」
だいたい機能不全も修復されたのだろう。アキラが目を覚ます。それから俺を見て。自分を見て。
「生きてる……?」
「俺が蘇生処置を施したからな」
別に俺はフグ毒程度では死なんのだが。それはそれとしてアキラに言いたいことがあった。
「ネバダくん……フグ毒でも死なないんだ」
「神経毒で死ぬ目にはあったがな。一応成分の構成は人間と同じだから、毒盛られると死ぬまでの過程は味わうんだよ」
彼女のおでこをコツンとノックして、俺はそういう。
「私を蘇生する意味はあったの?」
「言っておきたいことがあって」
ただ伝言があった。ソレを聞いた後、アキラが死ぬのなら、それはもう俺のフォローできる範囲を超えている。
「死ぬなら無意味に死ね」
結論を先に語れば、そういうことになる。
「お前は無意味に死ね。なんの生産性も無く死ね。誰にも看取られず死ね。どうせ一週間もすればみんな忘れるさ。お前の墓の前でカーマのおっぱいを揉んで、キスして、セクロスして孕ませて、俺の液とカーマの液をお前の墓にぶっかけるぞ。嬉しいだろ?」
まったく悪感情のない笑顔でニッコリ笑って、俺はそう言ってやった。要するに死に意味があるからコイツは死のうとする。じゃあその意味を奪ってやればいい。俺が毒でも死ななくて。現時点で殺す手段が無くて。仮に俺の目の前でドラマチックに死んでも俺がそれを重視することはなく。お前の墓の前でカーマとセクロスして見せつけると脅す。死んだらすべて終わり。俺はアキラのことを一週間くらいで忘れて、カーマとセクロスする関係になって。そのまま何の意味も無く墓の下で、想い人を寝取られたことを眺めるだけ。
俺のその無慈悲な宣告を聞いて。
「うッ……げぇぇええ!」
プレッシャーが酷かったのか。アキラは胃の内容物を吐き戻した。いわゆるゲロ。
「がッ……はぁッ……ぁッ……」
「ってなわけで、死ぬなら勝手にしてくれ。お前がいなくなってもカーマは相手してくれるし。俺の幸せは続くから」
じゃあな、と宣告して俺は常闇の家を退出した。使い魔のハエは残しているが、まぁ見えている映像は予想通りで。
「い……やだ……私が死んだら……ネバダくんが寝取られる……須藤さんなんかに……」
そのカーマを殺す手段も存在しない。俺の蘇生能力は結構強力。すでにアキラにもカーマにも何度か見せている。このまま俺への嫌味で自殺しても、俺は何とも思わず。どころかカーマと恋仲になってアキラの墓の前でセクロスするとまで宣言したのだ。このまま死んだらある意味で勇者。無意味な死を容認できるほど若者のアイデンティティはご立派じゃない。ま、別に死なれても構いはしない。俺は事実を言っただけで説得では決してない。




