第85話:喪武タロウ
「つまり拙者としては闇のカルマちゃんの安全性を考慮した結果、拙者と一緒にいるのが最も合理性に富んでいると……」
…………。
俺とカーマは、相槌を打ちながら、どうやってこの状況を打破するか考えていた。当たり前だが、今この青年、自称喪武タロウにカーマの護衛をするのも却下だし、カーマも望んでいないだろう。
「というわけで貴様のような貧弱な男に闇のカルマちゃんは任せられない!」
「…………」
この沈黙は俺じゃない。カーマのモノだ。さっきから彼女の機嫌がストップ安で下落しているのを、俺はツッコむことも出来ずに隣で感じていた。俺への信頼がこじれて、それを否定している喪武タロウ氏にいい感情を抱けないのだろう。気持ちはわかる。
「というわけで闇のカルマちゃん。拙者が送ってあげるよ。あ、イランの垢を教えてね。出勤と退勤の時は拙者に報告してくれ。いつでも護衛に向かうから」
「お気持ちは有難いですが……」
ヒクヒクと口の端を痙攣させて、穏便にことを収めようとしているカーマの忍耐力も中々だ。
「拙者は闇のカルマちゃんを真摯に愛している。闇のカルマちゃんが拙者を愛してくれている以上にね。だから安心して拙者だけのメイドさんになって構わないんだよ?」
言われていることがキモすぎて、カーマは口元を抑えていた。「つわりか?」というジョークが頭に浮かんだが、カーマの過去を考えるとあんまり笑えないので口をつぐむ。父親に妊娠させられた彼女の記憶は、おそらくだが男では想像もできない苦痛だろうし。
「じゃ、行くか」
話し合いをしているのは駅の近くにあった喫茶店。カーマの働いているメイド喫茶から少しだけ徒歩で離れている店である。コーヒーは間違いなくメイド喫茶より美味しいが、ソレを品評する舌を俺は持ってない。その俺が伝票を握って、店を出ることを提案する。
「闇のカルマちゃん。君のお茶代は拙者が払うよ。大丈夫。これでも稼いでいるから」
「いえ。自分で払います」
「遠慮をするなんて。どこまで慎ましやかなんだ。でも安心してほしい。拙者は闇のカルマちゃんに金を出させる真似はしない」
「ですから本当に」
「ありがとうございましたー」
カーマと喪武タロウがウダウダ言っている間に、俺がスマホを取り出して決済を終える。
「行くぞ」
「貴様! 闇のカルマちゃんのお代は拙者が支払うと!」
「時間の無駄だ」
そうしてスマホでタクシーを呼んで、そのまま店の前で待つ。
「闇のカルマちゃん。こんな貧弱な男に頼らない方がいい。さっきのナンパ男たちを退けたのは拙者だ。君を守れるのは拙者だけ。それはわかってくれるね?」
「えーと。こちらの男性も頼りになりますよ?」
「でも何もできなかったじゃないか。真に勇気があるなら、勝てない相手にも立ち向かう。その矜持もない男には君は守れない」
「私は追い詰められても暴力に頼らない男の人は好意的ですけど」
「バカな。そんなものは妄言だ。闇のカルマちゃんを守れるのは拙者だけなんだよ?」
「お気持ちは嬉しいですが」
さっきから禅問答より思考の難しい無意味なディベートをしているカーマと喪武タロウ。俺はこじれるだろうから議論には参加せず。タクシーが来たので乗り込む。カーマと一緒に。当たり前のように乗り込もうとした喪武タロウの頭部を押しやって、拒否して、バタンと無慈悲に扉を閉める。
「駅まで」
そう言って、タクシーは発進する。
「――――――――」
車外で何かをわめいている喪武タロウだったが、その声はエンジン音にかき消されて聞こえず。そのまま道路を曲がると実像も見えなくなって。それから駅までタクシーを降りて、俺とカーマはため息をついた。
「面倒な人でしたね」
「多分以降も絡んでくるな」
「先輩に助けを求めても……いいですか?」
「ああ、とりあえず喪武タロウをどうにかするまでは警戒しておこう」
「先輩。ちょっとカッコイイです」
「最近お前のおべっかがガチで戸惑うんだが」
「素敵な男の人は素敵です」
「だから俺だってお前を孕ませたいと思ってるんだって」
「ネバダ先輩になら……いいですよ?」
「それが出来ないからお前も苦労しているんだろうが」
そうして電車に乗って、近場の駅で降りる。駅近マンションまで歩いてすぐ。俺とカーマは家に帰った。
「お帰りー。ネバダ」
我が物顔で俺の部屋にいる砂漠谷エリは、今日はナースのコスプレをしていた。学校にも何度か着ていった看護師のアレ。
「お注射します?」
「痛いのは苦手だ」
「まぁ性的には女の子の方が注射される側だしね」
そういう下ネタは株を下げるぞ。
「ナースさんと憩いのひと時を味わわない?」
「お前みたいなナースさんがいたら病院の患者全員SAN値直葬だな」
「やっぱりナースさんってエッチだよねー」
「エッチなのはお前だ」
「それも否定は難しく」
なわけで爆乳のナース姿で俺に迫るエッチな看護師さんに俺が対処していると。
「ネバダ先輩?」
「何か?」
「エッチな女の子とニャンニャンしていませんよね?」
「さて、経験はないが」
「んー。なんでしょう。女の勘が寝取られを感じているのですが」
「気のせいじゃね?」
ナース服姿で俺にすり寄って、身体を押し当てているエリを換算しなければ。
「まさかこの部屋に座敷童がいるとか?」
「否定も難しいところがなんだかな」
「先輩も不死身の怪物ですし。やっぱりそういうのっているんですか?」
「いないわけじゃないが」
「見えないだけ、と」
「いわゆる集合的な意識がその地域特有の信仰を具現するっていうのは珍しくなくてな。妖怪や精霊の類は大体そこに該当する」
「先輩も?」
「俺の場合はもうちょっとややこしい」
「そういえば先輩の事情って聞いてないですよね? 人類の敵とか言ってませんでした?」
「カテゴリーだけ言えばな」
「人を襲ったりするんですか」
「同僚にいないでもない、程度」
「先輩みたいに不死身の存在が?」
「現代魔術ではアンデッドって呼ばれているカテゴリーでな」
「アンデッド。つまり不死身なんですよね?」
「殺す手段はあるから不死かと言われると議論も難しいんだが」
「でも頸動脈刺しても死にませんし」
「あの程度では死ぬのも難しいな」
「アキラ先輩は私のモノですよ?」
そこを否定しないあたり、俺もイカレているのだろう。




