第57話:トリガーの軽さ
「映画、面白かったねー」
エリが嬉しそうに言う。序盤はキスに夢中で見ていなかったくせに。
「面白かったな」
とはいえ、それは俺も同じか。
「面白かったですね」
アキラは普通に視聴していたらしい。で、昼時に飯を食って、喫茶店でお茶。
「中々最近のアニメは侮れませんね」
俺もそう思う。技術革新は素晴らしい。
「エリはどう思う?」
「作画が凄かったのは印象的」
「だよなぁ」
「最終的にあんなことになるなんて……」
それはよくわかる。
「ネバダくん……」
「なんだ?」
「今私たち。二人でデートしていますよね?」
「そうだな」
エリを減算すればそういうことになる。
「えー? うーん」
俺の隣でお茶をしているエリを見て、首をかしげている。エリの存在が不本意なのだろう。とはいえ俺から言えることもそう無いのだが。
「なんでしょう……この胸を掻き立てる……」
寝取られの感情だと思うぞ。
「ネバダ。キスする?」
「映画館で見せつける様にしただろ」
「おっぱいも揉んだしね」
柔らかかったなぁ。色々と女体って神秘だ。カプチーノを飲んでいるエリを隣に。対面にはアキラが座っていて。どちらも可愛い女の子という。俺は恵まれているな。
「ネバダくんは……私のことどう思っています?」
「面倒な女」
「ぐ……それは……」
「愛が重い」
「だって……その……」
「でも好きだ」
「はぅあッ!」
ズキューンと胸を射抜かれて、心臓を押さえるようにおっぱいに手をやる。
「ズルいです……ネバダくん」
「分かり切ったことだろ」
「私はこんなにネバダくんが好きなのに」
「それも知ってる」
だからどうしたとしか言えないわけで。お茶の会計は俺がして、そのまま喫茶店を出る。アキラと恋人繋ぎで手を繋いで、反対側に俺にデレデレのエリがいて。そのまま解散の駅まで。そうして駅前の歩道橋を歩いていると。
「止まれ」
チャキッと何かがこすれる音がして。見れば阿久津が俺に銃を向けてきた。どこで調達したのか。モデルガンだったらお笑いだが、まさか本物か?
茶髪でイケメンの陽キャ。にしては余裕を欠いた表情で、睨みつけるように俺を見ている。
「何しているんですか? 阿久津さん?」
駅前の歩道橋。そこで銃を突きつけている阿久津と。その銃口を覗いている俺とエリ。ちなみに俺は却下ン視があるので、銃の発射のタイミングは分かり過ぎるくらいに分かっている。さて、どう躱して制圧したものか。悩んでいると。
「ッッッ!」
隣のアキラが俺の前に出た。
「おい?」
俺が聞くと、毅然としてアキラは言った。
「撃ってもいいですけど、まず殺すなら私にしなさい」
銃弾の身代わりになる。アキラはそう言っているのだ。ヒュルリと風が吹く。威風堂々と俺の前に立ったアキラに、阿久津は焦る。
「どけ! 常闇さん!」
「どきません。撃つなら私から」
「コイツは本物だぞ!」
「ですから覚悟して撃ってくださいね? 私を撃てばすべて失いますよ?」
そこまで考えていなかったのだろう。銃で脅して俺を土下座させる。そして自分が上だと優越感に浸る。阿久津にとって銃のギミックとはその程度でしかない。トリガーにかけられている指が震える。このままでは銃撃まで秒読みだな。
「いいからどけ! 俺はそこのクソ野郎、伏見に用があるんだよ!」
「マネージャーを通してください」
「俺が撃てないとでも思ってんのか?」
「ええ。もちろん」
挑発するように、というか事実挑発して、アキラは阿久津を侮った。
「ボクが何とかしようか?」
「衝動で銃撃したら責任取れるか?」
「確かにヤバいね」
俺は幾ら撃たれても死なんのだが、それを理解しているのがエリだけという。
「どけ!」
「どきません」
「ど――――」
どけ、と言いたかったのだろうが、その声を塗りつぶす程の甲高い音が響いた。所謂銃声。同時に銃撃。パッと赤い花が咲いた。
「ご――ッ」
アキラの胸に銃弾が刺さって、肺を貫通した。そのまま気道を逆流した血がアキラの口から零れて。
「ネ、バ、ダ……くん……?」
「おい? アキラ?」
「大丈夫……ゴフッ……ですか……?」
「俺は……」
「良かった」
本気だ。アキラは本気で俺が無事でよかったと思っている。
「ひ……いぃ……ひいいいいぃぃぃぃぃぃ!」
そしてトリガーを無意識に引いた阿久津はその責任の重圧から逃げるように銃を捨てて走り去っていった。
「エリ。救急車」
「あ、うん。でも……」
言っている意味は分かっているが、そこに何の意味が、と思っているのだろう。既に銃弾は肺を貫通している。ここから巻き返すのは至難の業。ということは分かっているのだが。いや、それとも黒子迷彩のエリが救急車を呼べるのかという話か?
「誰にも言うなよ」
そもそも黒子迷彩のかかっているエリには誰にも申告できないのだが。俺はアキラの衣服を無理矢理破って、銃傷を目にする。確実に肺を撃たれている。心臓じゃないだけよかったが、それはあくまで俺の都合。アキラの不幸には五十歩百歩だろう。
「…………」
その銃傷に向けて、俺は先っぽで指し示すようにベロを出した。違和感を覚えるエリ。俺のベロから唾液が流れ落ちて、それも口内のどこにそんな量があったのかと言わんばかりにペットボトルを逆さまにしたような勢いで。唾液はアキラの銃傷へと注ぎ込まれていく。俺の唾液がそのまま銃傷の空洞を満たし。傷付いた肺や筋肉を補填するように埋め込まれていく。その事に何の意味があるのかは、今のところ俺にしかわからず。




