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第56話:久方ぶりにまともな服


 さすがに夏に近づいている季節。俺はシャツとジーンズ、それから薄手のジャケットを着て、アキラとの待ち合わせ場所に現れていた。柳原区の駅の前。


「あ、アキラいたよ。ネバダ」


 で、アキラとデートをすると言ったら納得しない御仁が一人いて。砂漠谷エリが憤慨したので、いつものコスプレじゃなくて可愛い服を着れば同行を許すと言ったら、普通に可愛い服を着てしまった。純白のワンピースにチェックのジャケットを合わせて、可愛いようなカッコいいようなファッションで臨んでいる。


「お前、普通の服も持っていたんだな」


「そりゃまぁ。いつもの方がネタ枠だよ?」


 特に特異な服ばかりを集めているわけでもないらしい。


「よ、アキラ。待ったか?」


「今来たところですよ」


 なんつーベタな。


「ネバダくんはカッコいいですね」


「アキラも可愛いぞ」


 重めの色のシャツに、軽い色のスカート。安定性を書いているが色彩学では必ずしも不正解ではないのだ。見ている人間を不安にさせる配色も、時に正解になったりする。


「ところでデートですよね」


「デートだぞ?」


「うーん。なんでしょう……。二人きりのはずなのに……。何者かに害されているような」


「は。は。は」


 まぁエリがいるんで二人きりではないのだが。


「じゃあボクはネバダの右の腕に抱き着く」


「ネバダ。エスコートしてくれますか?」


「左腕にでも抱き着いてくれ」


 右腕はエリに占領されている。


「えへへ」


「嬉しいか?」


「とっても。ネバダくんとこうしたいと思っていました」


「お前は可愛いな」


「ふぇ……ネバダくん……口説いてます?」


「お前のような面倒な女を口説くか」


「ちょっと他の女子と距離を取って欲しいだけですよ」


「ネ・バ・ダぁ……ボクも口説いて?」


 口説いてねーっつの。


「じゃあカラオケでも行くか? 映画? ウィンドウショッピング?」


「ネバダくんの御所望は?」


「映画なら見たい奴がある」


「じゃあソレにしましょう」


 最近流行りのラノベの原作者監修の劇場アニメだ。どうせだから、コレを期に見ておこう、という。


「席開いてるかね?」


「転プラなら公開日じゃなければ開いてると思いますよ」


「面白いよねー。アレ」


 アキラもエリもあのアニメには理解があるらしい。


「じゃあ席を取って」


 俺が中央で。右にエリ。左にアキラ。で劇場に入って席に座る。映画泥棒のコマーシャルは、まぁ毎度といえば毎度のことで。


「ねえネバダ。手、つなご?」


「まぁ構いはせんが」


 俺は席と席に隙間に右手を置く。その右手をエリの左手が恋人繋ぎをする。


「ネバダくん……」


 アキラ。お前もか。


「デートですから」


「まぁいいけど」


 こっちも恋人繋ぎ。


「ねえネバダ」


「何?」


「アキラに気付かれないようにエッチなことしようか」


「例えば」


「しゃぶってもいいよ?」


「他のお客の迷惑になるので」


「ドキドキ……したくない?」


 まぁプレイにリスクを加味するのは呪術誓約的にも正解ではあるんだが。


「今日のお前とは普通にデートしたい」


「アキラとじゃなくて?」


「アキラともだが。お前とデートすることが二の次だとでも思ってんのか?」


「そういうところだよ。ネバダ」


「?」


「ボクはますますネバダを好きになるの」


「キスするか」


「誰にもバレないから、安心してできるね」


 そして俺は隣のエリを見る。映画の照明。そのアニメの序盤からちょっと意識を外して。潤んだ瞳のエリを見つめる。こうして可愛い格好をして、俺を濡れた瞳で見つめるエリは等身大の恋する乙女。俺の高感度も高ぶってしまう。


「ネバダ……」


 俺の名を呟くエリの唇にキスをする。映画館では皆映像を見て。そもそも黒子迷彩を纏っているエリと、そこに関与している俺は周囲の人間には認知できず。


「ぁ……ぅむ……はぁ♡」


 ハリウッドの濡れ場シーンばりに何度も求めるようにキスをする。俺も性的に高ぶっていて。隣にアキラがいて彼女と手を繋いでいるのに、そのすぐ隣でエリとキスをしている現実が、どうしようもなく甘い毒になって蝕む。


「エリ……お前のキスは……甘いな」


「む♡ ……アキラのより?」


「すっげードキドキする」


 観客が多くいる映画館の中央で、誰にも知られないキスをしている。


「ネバダのこと好きだよ。都合のいい女でいいから……僕を傍において?」


「手放す気はないぞ?」


「嬉しい。大好き。ネバダ♡」


 そうしてキスを終えて、俺の口とエリの口を繋いでいる唾液の糸を舐め取って切り棄てると。


「ネバダくん?」


 不審そうにアキラが俺を見る。


「何してるんですか?」


「何してるように見える?」


「何も不審な点は無いんですけど……ネバダくんが遠くにいるような気がして」


 俺の右手は既にエリと繋いでいない。もうちょっと高度を上げてエリの身体の一部をまさぐっていた。そのことを把握は出来なくても深層心理で知覚して、俺に疑問を覚えるアキラの気持ちはわかるが。


「ネバダくん。私のこと……裏切ってませんよね」


「信頼が無いから裏切り様が無いんだが」


「好き……ですよね……私のこと」


「性的に好きだぞ」


「その……揉みます?」


「今は遠慮する」


 エリと違って、やろうものなら公序良俗違反。場合によっては警察からおしかりを受ける。そんなリスクを冒せるはずも無く。じゃあエリはいいのかというと、まぁいいんじゃない?


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