第53話:真盛先輩の必死
人が呆然とする要素には、それなりに条件が存在する。今回俺が受けたのはそういう類の感情。
「えーっと……」
日曜日の体育館。利用しているのはバスケ部とバレー部。ネットで仕切りを作って、互いのボールが互いを邪魔しないように配慮はされているが。
「なんで俺が呼ばれたので?」
「それはもう言った」
真盛先輩が重々しく言うが、俺がその説明に納得しているとでも思っているのか。休日に何をするでもなく。目的なく学校に来て、文芸部室で読書をしていた。部員は全員そろっており。アキラは俺の隣でソワソワしており。カーマは俺を後ろから抱きしめて俺の読んでいる本に目を通しており。その明らかに風紀を乱している二人とは別に安藤先輩がタブレットで捜索に打ち込んでいた。昼食は家でとってきて、そのまま午後を優雅に過ごそうと文芸部に来たところ。
「伏見はいるか!」
読書の雰囲気をぶち壊すようにバスケ部の真盛先輩が現れて。意味不明な事情を説明した後、俺を連れて体育館へ。面白そうという非人道的な理由で月影の女神と恋堕の天使と高嶺の唯華も体育館へ。三人が体育館で見学に回ると、当校のバスケ部だけでなく体育館全員の男子がだらしない顔をしたが、まぁそれは自然の摂理として。
バスケ部は合同練習中。相手は依然戦った地元の強豪校。練習の後に試合を組んで。まぁそれは他校との合同練習なので自然な流れなのだが。
「今から三十五点差をひっくり返せ……と?」
俺が言われたことを端的に確認すると、そういう話。以前、俺が試合に出て、結果勝った強豪校との試合。そのリベンジに燃える敵校が試合を申し込んで、そのままの流れで前半終了。点差は既に三十五点。以前と違ってあまりに実力が隔絶し、敵校が俺を出せと訴えてきて、いるかどうかもわからない俺を捜して真盛先輩が文芸部室に突撃。今に至る。後半の試合に出てくれとは言われたが、ここから弱小校が強豪校相手に三十五点差をひっくり返すのは無理があるんじゃなかろうかとは、俺じゃなくても言うだろう。
「頑張ってください! ネバダくん!」
「頑張れー! ネバダ先輩!」
今回は申し訳ありません。機会がありましたらその時は是非に。みたいなお祈りの断りを脳内で推敲していた俺に。
「やっちゃいましょう! 先輩!」
「ネバダくんの格好いいところみたいなー」
「……拙も……いいと思う」
三者一様に俺を挑発し。安い挑発に乗るほど俺は愚かしくない、とは言えなかったから此処……つまり体育館にいるわけだが。
「負けても責任取らんぞ」
「どうせ負け試合だ。俺たちも奮闘はするが、負けてお前に責任を押し付ける真似はしない」
じゃ、いいか、ということで体操服を借りて、ゼッケンをつける。俺が見るだけでも相手の技術は当校のバスケ部より二段ほど上だ。それに対してこっちの戦力で対抗しろと言われても……。
「ポジションはどうする? スモールフォワードか?」
「ポイントガードで」
そういうわけになった。試合はこっちサイドのスローで始まる。仲間からボールを受け取って、そのままゴールへ向く。キュッとバッシュの摩擦する音がして、次の瞬間にはディフェンスを抜いていた。オールコートで当たってくれるのは有難い。ディフェンスの密度が低いほど、俺としてはやりやすい。フォローに回る別のディフェンスが俺に応対した瞬間、俺の目は左に触れた。相手の意識が左に寄ったときには既に俺の手元にボールはなかった。いわゆるノールックパス。視線を向けていない方にパスを通す。ディフェンスよりオフェンスが多ければ、つまり一人はフリーのポジションが存在することになる。そのまま得点。さらに相手のオフェンス。ポイントガードのパスをカットして速攻。一番確実なのでダンクを決める。
「――――――――」
これで四点。相手の顔が引き締まった。俺の側が挑発しているつもりはなかったが結論として前半との違いを見て取ったのだろう。三十一点差では感じられない気の引き締め様だ。さっきまでより確実に本気になっている。俺のディフェンスが相手のドライブで抜かれ。そのドリブルを俺が背後からスティール。ボールが跳ねた時には俺は走り出していた。こっちのチームが取りやすいようにスティールしたのだ。あとはロングパスからシュート。
「きゃー! ネバダ先輩!」
こっちチームのベンチの後ろ。見学のカーマがテンションを上げた。そうして試合は進んで、オフェンスもディフェンスも拮抗。だがその隙間を縫うように、俺のノールックパスが相手を射抜く。十点。十六点。二十点。こっちの得点が重なっていく。とはいえ、相手側にも得点は入っているので、追いつけるかと言われると。既に俺にマークされるとスティールされると警戒されて、意図的にポイントガードにパスが回ってこない。なおかつ、パスの正確性を見抜かれて、ハーフコートディフェンスへとシフト。ゴール下の守りが固くなった。俺にダブルチームが当てられていないだけマシだろうというのは俺の意見であって。そもそも俺のパスを渡す気が相手には無いらしく。ポイントガードのディフェンスは露骨に俺にへばりついた。そのディフェンスの付き纏いをステップで抜けて。
「ヘイ」
俺がパスを求めると、チームメイトがボールを渡してきて。だが警戒が激しいセンターとパワーフォワードがこっちをマークしている。抜き去る自信も無いではないが。
「ほい」
ストップアンドシュート。ジャンプシュートで得点を決める。点差は十点に縮んだ。
「遠くから打てるのかよ!」
俺がダンクしかしてないから、そもそもシュートの精度が疑われていたのだろう。相手のオフェンス。やはり俺のマークにボールは回ってこず。だがディフェンスの穴を突けずに相手のロングシュート。俺はゴール下に走り出していた。シュートが外れることは分かっていた。却下ン視による演算はスポーツ程度なら簡単に予測をはじき出す。リバウンドはこっちのセンターでも相手のセンターでもなく、俺が取った。背はそこまでではないが、ジャンプの高さには一家言ある。リバウンドを取って、ドリブルに移行。まだ相手はハーフコートに引いていない。マンツーマンの陣形が崩れていなければ、俺にもやりようがある。
「――――――――」
ダム、とボールが跳ねて、そのままドライブ。一人、二人、三人、と抜き去ってダンクシュート。そうして試合の推移。得点は振出しに戻り、今は五十五点対五十五点。つまり同点まで追いついた。さすがのこの試合結果は予測していなかったのか。チームの敵味方問わず、手に汗を握っている様子が伺える。俺の却下ン視があれば、どこに隙があって、どの選手がフリーなのかは予測も簡単なのだが。一種のチートだ。そうして同点のままラスト十秒。ボールはこっち側。というか俺が握っている。同点で延長戦も面倒だ。俺はハーフコートラインからシュートを打った。
「は?」
さすがにこれは予期できなかったのだろう。マーク選手が呆けた声を上げる。もちろん俺も入るとは思っていない。スリーポイントシュートでさえ確実じゃないのだ。ハーフコートラインから打って入るわけがない。ボールを追って視線をゴールに向けるディフェンスを通り過ぎて、俺はゴール下へとダッシュした。却下ン視で、ゴールから外れたボールが何処に落ちるかは悟っている。そのシュートが外れたボールをそのまま空中でキャッチして。
「よッ」
そのままゴールに叩きつける。同時にブザーが鳴った。五十七対五十五。試合終了。
「これでいいか?」
真盛先輩に問うてみる。
「「「「「…………」」」」」
ほぼ体育館の全員が呆けていた。相手チームも。バレーの練習をしている部員も。味方も。監督も。
「あれ?」
何かやっちゃいました?




