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第51話:愛の理屈


「はぁ」


 屋上に続く階段。そこを登ろうとして常闇アキラは溜息をついていた。屋上は昨今の学校では珍しく解放されている。飛び降り自殺対策は完璧になされているので生徒に対しても万が一はない、と学校側の説明があったくらいだ。ただ利用者が多いかと言われるとそうでもなく。主に恋愛関係で、生徒が利用するという暗黙の了解がとられていた。つまり男子が女子を、女子が男子を、屋上に呼び出すということはそういうことで。


「あんまり関わり合いたくないんですけど」


 つぶやきが漏れる。俺はその場にはいなかったが、一応のリスクを考えてハエの使い魔を彼女の肩に乗せていた。これで声も聞こえるし、視界も共有できる。


「あははー。ちょっと事情があるので、部活参入は遅れます」


 と俺に謝罪したアキラの顔からだいたいのことは読み取れた。却下ン視(サイドシーイング)の精度が高すぎて、他人の表情を見れば大体何を思っているかは悟れてしまう。


 そのまま階段を上がって、屋上へ。待っていたのは案の定阿久津ミヒャエルで。


「やあ。来てくれたね。常闇さん」


 爽やかな笑顔を見せる阿久津だが、アキラの表情は冴えない。実は阿久津の側も泥濘のような感情を押し殺しているのだが、発声できないハエの使い魔ではそれをアキラに伝えることもできない。だが、アキラが阿久津に持つ感情は、まぁ言われなくても分かるというか。


「何か用ですか?」


「用がなきゃ呼び出しちゃダメかい?」


「ええ」


 一秒で肯定されるとは思っていなかったのだろう。阿久津は次の言葉が浮かんでいなかった。


「まぁそうツンケンしないでさ」


「十秒だけ時間を上げます。要件を話してください。要領よく。簡潔に。です」


「じゃあ一言で。復縁しないか? 俺たち」


「却下。それでは」


 他に言うべきこともない。そうして場を去ろうとしたアキラに、阿久津は言う。


「伏見は君より須藤さんを愛しているよ?」


 鋭い一言。それでアキラの足が止まる。


「彼の顔を見ていればわかる。伏見は月影の女神より恋堕の天使を選んだ」


「面白い話ですね」


「事実だからね」


「でもそれはあなたも同じでしょう? 須藤さんと付き合うために私をフッたじゃないですか」


「悲しい誤解だよ」


 ハエの複眼で、ほぼ全周囲が見えている。当然アキラの表情も。彼女の痛いところを突かれはしたが、それで阿久津と復縁する意思は無いようだ。


「俺は試したんだ。ああ云って、常闇さんが俺に愛想をつかさないか。君の愛を確かめたのであって、須藤さんと本気で恋愛する気はなかったんだよ。なのに君は早合点して俺をフッた。それこそ早計って奴じゃないのか?」


「試した……ですか」


「そうだよ。俺は今でも常闇さんを愛している。あんな恋堕の天使にうつつを抜かしている浮気野郎と違ってね。君も冷静に考えればわかるだろ? あんなナンパ男より俺の方が君を愛している」


 だがそれでも、言い訳の余地なくニッコリ笑うアキラ。


「興味ないです」


 あっさりと阿久津の妄言を破却する。


「興味ないって……」


「あの時私が感じた思いを、アナタに再現できますか?」


「悲しませたことは悪いと思っている。だから謝罪しよう。ゴメン。でも本気で俺が恋堕の天使に誑かされたなんて、君も信じていないだろう?」


「信じてますよ? アナタはあの時、真面目に須藤さんに心を奪われていた」


「いや、だからアレは君の愛を試すために……」


 思ってもいないことを並べ立てる阿久津。恋堕の天使に相手にされないから、月影の女神とよりを戻したい。そんな思惑に溢れている。そのことをアキラも覚っているのだろう。相手にするのも馬鹿らしいし、そもそも真面目に考じる案件でもない。


「ああ、話がそれだけなら失礼します」


「ちょ、待て!」


「触らないでください」


 ピシリ、と大気がひび割れる声で、アキラは言った。


「もうあなたには何も期待していません。言っている内容を整理すると恋堕の天使に相手にされなかったから、私で妥協しようという算段でしょう?」


「そんなわけ……」


「じゃあ、飛び降りてください」


 ヒョイ、と自殺防止用の柵を指差して、アキラはそう言った。


「は……?」


 飛び降りろ。学校の屋上から。その意味を阿久津は理解できなかった。


「私があなたに愛想をつかされて飛び降りたのはビルの屋上でした。三階建ての学校の校舎からだと対等とは言えませんが、まぁそれは吞みましょう。屋上から飛び降りてください。そしたら復縁もほんの少しだけ考えてあげます。絶対に復縁するとは確約できませんが」


「そん……な……」


 冗談とでも思っているのか。だが確かにアキラはビルから飛び降りた。俺がキャッチしていなければ、そのまま肉塊になっていただろう。


「冗談だろう? 俺を試しているのか? そんなことしなくても俺は君を愛して」


「だから私を愛しているなら屋上から飛び降りてください。愛の証明に、私を愛しているということを命を賭けて明らかにしてください」


「出来るわけないだろうが!」


「でしょうね。その程度ですよ。アナタの言っていることは」


「お前だって飛び降りていないだろうが! あの後も普通に怪我せずに学校通って!」


「だって私の王子様……ネバダくんが受け止めてくれましたから」


「ッッッ!!!」


「絶望で飛び降りた私を、お姫様抱っこで受け止めてくれたんですよ? 惚れない方がおかしいと思いません?」


「俺だってそれくらい……」


「じゃあビルから飛び降りる女子を見つけて受け止めることですね。その女の子と付き合えばいいんじゃないですか?」


「後悔するぞ……」


「悪意は知っていますよ。私に相手をされなくて面白くないことも。でも、致命的に遅いです。私の心はすでにネバダくんに奪われていますから」


「アイツは恋堕の天使を!」


「それでも……です」


 それではー、と去っていくアキラ。肩に止まっているハエには終始アキラも阿久津も気付かなかったらしい。ハエはアキラから阿久津に飛び移り、そのまま彼を観察する。


「クソがぁ……伏見……ネバダぁ……」


 あえて言うまでもないが。逆恨みされていた。さてどう説き伏せたものか。月影の女神が俺に惚れこんでいることに一番納得いっていないのが彼だろう。


「殺してやる。絶対殺してやる。俺より下のくせに調子に乗りやがって……ッ!」


 それから先のことは、まぁ予定調和で。殺す覚悟も無く殺す宣言をする人間は少なくない。で、そんな連中に殺せるほどアンデッドは甘くない。威力使徒でもようやく五分だ。


「そうだよ。アイツがいなくなればいいんだ。そうしたら後は俺の天下だろ? 月影の女神も恋堕の天使も、アイツの葬式で慰めれば辻褄が合うじゃないか……」


 すっげー皮算用。とは言っても使い魔のハエではツッコむこともできないのだが。そうして俺を陥れるために策謀する様を、俺はゼロ距離で見ていて。相手は自分の肩にハエが乗っていることにも気づいていない。なのに悪意だけはたっぷりと存在し。その悪意の全てを俺に向けていた。


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