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第41話:阿久津の災難


 カーマは呼び出しに応じていた。俺には相談してくれなかったが、一応俺も監視していた。なにせ恋堕の天使は可愛すぎる。かの須藤カーマであれば、男子生徒が暴走する可能性も無いではないのだ。


「どうもですー。阿久津先輩ー」


 そしてその相手は阿久津ミヒャエルだった。生徒指導に怒られない程度に脱色している髪の男子生徒。制服も着崩しているし、ファッションには気を使っているのだろう。その彼はニッコリと笑んで、こう言った。


「俺と付き合え。須藤」


 微笑みながら言うことではないと思うが、ソレを言っても始まならないというか。


「謹んでごめんなさーい」


 ルン、と弾むようにお断り申し上げるカーマ。そこまで想定していない阿久津でもなかったのだろう。


「いいのか? SNSでのあの態度。公表してもいいんだぞ?」


 思わせぶりな態度で阿久津を勘違いさせたアレだ。色々とSNSの履歴には残っているが、それを使って阿久津は脅しているのだろう。


「アレが流されればお前はビッチ扱いで、学校に居場所なくなるぞ?」


「そうですねー」


 それでもにこやかに笑むカーマ。自分の危機など露とも知らず。ただ彼女もポーカーフェイスは上手いらしい。


「そもそもお前が俺を勘違いさせたのが悪いんだろ? 俺は常闇をフってお前を恋人にしようと言ったんだ。その上で俺の誘いを断るのってルール違反じゃないか?」


「でもぉ。まさか先輩が本気にするなんて思いませんでしたしー」


「お前のせいで俺は常闇を捨てたんだぞ!? あんないい女、他にいないのに!」


「あ、じゃー常闇先輩より私の方がいい女なんですねー。嬉しいー」


「なわけでもう一度言うぞ。俺と付き合え」


「謹んでごめんなさーい」


「わかった。じゃあSNSでのお前の言動は流すことにする」


「どうぞご勝手にー」


 既にそういう域には彼女はいない。既に想い人に殺されていて、今こうして生きているのだから。


「じゃあな。俺と付き合っていればよかったって思わせてやる」


「あ、それとー。私はよくわかんないんですけどー。伝言があってー」


「伝言?」


「伏見先輩がー。余計なことするなよ。アレをバラすぞ。って言ってたかもー」


「ッッッ」


 それで阿久津の表情が引きつった。俺に弱みを握られているので、粗相は出来ないだろう。カーマと敵対するということは、俺を敵に回すことだ。


「じゃ、そゆことでー」


 そうしてしっかり釘を刺して、カーマは羽ばたく水鳥のように去っていった。


「くそが! くそが! くそが!」


 で、ハエを一匹、使い魔として飛ばしていたのだが。その視界の中で憤慨している阿久津が映る。


「お前が! 須藤が俺を誘ったんだろうが! 常闇よりおっぱい大きいからお前を選んでやったっていうのに! 勘違いさせてしまってすみません……だぁ!?」


 たしかに恋堕の天使に思わせぶりな態度を取られると男はコロッといくよな。アキラよりおっぱいの大きいカーマに転んでも無理はないと俺も思う。けれど、結果としてアキラをフってカーマにコナをかけようとしたのは阿久津の判断で。そこに差し挟む意見は無いようにも思う。そもそもアキラと恋仲になったのなら、その純情を続けていればよかったのだから。その点で言えば、カーマの思わせぶりな態度も、彼女がアキラを想っていたが故、と言えないことも無い。


「クソ。絶対許さねえ。どうにかして犯してやる! 絶対後悔させてやる……ッ!」


 これは要監視だな。どうせハエの一匹くらい周りを飛んでいても、阿久津には気付くまい。というか普通の人間は気付かない。それこそ目障りに部屋をブンブン飛んでいるとか、そういうことでもなければ虫の一匹くらい目に入らなければなんとも思わないだろう。


「ヒヒッ! 俺に犯されてから後悔しろ! 誰を怒らせたのか。しっかり思い知れ……」


 とすると、何かをやらかす前に俺が止める必要があるのだな。別にカーマの処女には執着していないが。というかアイツは家の都合で処女ではないが。男嫌いになるのも頷ける程度には悲惨な過去を持っているが。


「どーしたものかなー」


「何がですか?」


 で、使い魔のハエを通して見ていた俺の景色が、そこで一転して切り替わる。今俺がいるのは文芸部室の一席。カーマが不安で監視していたが、とりあえずは問題なし。これから問題が起こるかもしれないが、それはそれで後日のこととし。


「小説のネタを考えようかと思いまして」


「ネバダって小説書けるんですか?」


 書こうと思うと誰でも書けると思うぞ。識字が出来れば、という前提はあるが。


「入部試験で小説書いたの誰だと思ってる?」


「そうでしたね」


 いまさら思い出すアキラもアキラだが。アキラがプロットを作って、小説に起こしたのが俺だ。つまりアレは合作であって、アレ一作で、俺とアキラが同時に入部を許されるという結果を産んだ。


「ネバダせんぱーい!」


 で、俺が小説を構想して、ぼんやり天井を眺めていると、嬉しそうな声が弾んで、バンと扉があけられる。


「カーマか」


「迎えに来ましたよ。一緒に帰りましょう?」


「一人で帰れ」


「ダメですよー。私はすでに先輩がいないと死んでしまう身体になったんですからー」


「文芸部に用が無いなら、ここには来ちゃいけないんだぞ?」


「じゃ、私も文芸部に入りまーす」


「と言っていますが。どうします? 部長」


「……ん」


 そして口下手な安藤先輩が、既にプリントアウトしている紙を渡す。一応中身を精査して、それから俺がカーマに渡す。


「えー。入部試験? 部活に入るのに試験があるんですか?」


 正確には創作に理解のある部員が欲しいが故に処置なのだろうが、中々苦労が絶えないというか。三万文字はちょっとハードル高くありませんか?


「わかりましたー。三万文字の小説書いてみまーす。えー。やば。傑作が出来たらどうしよー!」


 趣味の初心者によくあるやーつ。まぁ業界を捜せばいるけど。気楽に書いて傑作でしたっていう小説家。カーマがそっちに該当するのかはともあれ。三万文字となると原稿用紙七十五枚分だ。それも隙間なく全部文字で埋めて、である。


 初心者に課すにはちょっと辛い条件。とはいえ、まぁやって出来ればできないことではないレベル。これが十万文字とかだったら無理だろ、って話になるが、その三分の一だと微妙なライン。ある程度の文章書き慣れていて、そこそこ創作意欲があれば初心者でもギリいけるかいけないか。


「ちなみにジャンルは?」


「指定なし」


「先輩は何を書いたんです?」


「アキラとのラブロマンス」


「…………」


 黙るな。恐いから。


「プロットを作ったのがアキラだったんだよ」


「えー。じゃあ合作ってことですかー?」


 そゆことになるな。


「じゃあ先輩~? 私とも合作しましょ~? 私が神プロット考えるんでー」


 ありか、それ? 俺が安藤先輩に視線を振ると頷かれた。アリらしい。


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