第106話:じゃあな
ズドォォオオンッッッ!!! と砲撃音が鳴った。この際ソレを咎める人物はここにいないわけで。衝撃波が発生し、窓ガラスが割れ、俺の腹部に穴が開いた。
「ゴ……フッ……」
イモータルキャンセラーを受けたのは初めてだ。さすがに聖釘を呼称するアーティファクトだけあって、術式のクラッキングも見事。俺の肉体に備えられているオルフィレウスエンジンの魔力が全て自壊の術式に変換される。
「ねえ。ネバダくん。もう死ぬしかないんだよ? 最後に本音を聞かせて? 私のことが世界で一番好きだよね?」
じわじわと自壊が進む俺の肉体で、俺はニッと笑った。
「彼女面するな」
「うん。わかったよ。じゃあ最後まで私がネバダくんを持っていく。誰にも渡さない。ネバダくんは悔いなく死んで?」
「そうさせてもらうよ」
腹に空いた穴は塞がりそうにない。初めて体感するが、神威装置のアーティファクトは大したものだと言える。
「ね……ネバダ先輩! ネバダ先輩!」
「……ネバダ! ……ネバダ!」
「気にするな。どうせアキラが生きている限り、最終的にこうなってたんだよ」
「でも! だって! ああ!」
「……拙は……まだ贖罪が!」
「だからさっきのことは気にするなって。別にお前らが俺に疑問を持っていようと、ソレを罰したりはしない」
「先輩……ッ! そうじゃなくて!」
「……嫌だ……拙にはネバダが必要」
腹部の傷から少しずつ術式が侵食して、俺の身体を塵へと変えている。このまま細胞の一つも残らず、俺は消える。アッシュトゥーアッシュ。ダストトゥーダスト。灰は灰に。塵は塵に。その教義の通りに、俺は消える。
「待って! まだ釈明してない! 先輩に贖罪していないよ!」
「……嫌だ……消えないで……ネバダ……嘘」
既に上半身と下半身は分断されてる。とはいえ全身に魔力は充溢しているので、上半身だろうと下半身だろうと術式効果で塵に還るのだが。
「ネバダくん。愛してるよ。私だけのネバダくん。私だけが愛していいネバダくん。私が殺したの。誰にも渡さない。私が壊して、私が愛するの。ほら。言うでしょ?」
病める時も健やかなる時も。
「俺と結婚する気か?」
「うん♪ これは儀式。死が二人を分かっても、私の愛はネバダくんにだけ捧げられるの。誰にも渡さない。私だけのネバダくん。安心して。私の愛は不変だよ。ネバダくん以外の誰にも靡かないから。だからネバダくんも生まれ変わったら私だけを愛してね」
だから言ったろ。彼女面するな。
「ネバダ!」
多分、現状一番取り乱しているのは砂漠谷エリで。
「なんで! 躱せたでしょ! 却下ン視があれば!」
「どうせ生きててもしょうがない……ってのはジョークとしても、別に泥水すすっても生きていたいわけでもないしな」
「ボクを愛してるって言ったじゃん!」
「愛してるぞ。ソレは変わらない」
「じゃあ愛してよ! ボクを最後まで愛してよ!」
「その最後がこれだ。俺は最後までエリを愛してる」
「ちが……ッ! 違うよ! ボクの死を看取ってよ! その不老不死で! ボクを笑顔で送り出してよ」
「ソレはお前に一任する」
別に先に死ぬことに違法性は存在しないしな。
「ネバダ先輩!」
「ネバダ!」
「……ネバダ」
ボロボロに泣いているカーマとエリとレアスを見て。ああ、愛されているな、と俺が感傷を覚えていると。
「ねえ。ネバダ……」
誰より低い声がエリの口から洩れた。
「ネバダは墓穴効果で、ツクモとの再会を願ったんだよね?」
「間違ってはいない」
「そっか……そっか……」
ギラリとエリの目が輝いた。何を考えているのかを俺の却下ン視は悟れたのだが。別に止める理由もないし。斟酌する理由もないし。
「絶対死なせない。ネバダはボクを看取るまで死んじゃいけないの」
「あんまり剛毅な条件にするなよ。あとで後悔するのはお前だぞ」
「ネバダの死より悔いることなんて……僕には無いよ」
それはそれは愛されたもので。
腹部から侵食した自壊の術式が既に肺に回った。息をすることも出来ず。そのまま心臓も肋骨も消えていく。その侵食は肩を伝い、腕へと周り、喉まで達していく。その前に。言っておかなきゃならないことがある。
「カーマ」
「……ネバダ先輩」
「エリ」
「ネバダ……」
「レアス」
「……ネバダ」
「それからアキラ」
「なぁに? 私のネバダくん?」
「じゃあな」
それだけ。聖釘の術式で声帯が塵に還ると喋ることさえ出来なくなる。
「ま、待って!」
「……死んじゃヤダ……ネバダ」
とはいえ、既に後戻りも出来ず。俺は塵に還るだけ。
「大丈夫ですよ。最後の最後の最後まで、私はネバダくんを愛していますから」
多分、この後起きることがわかっているのだろう。カーマとレアスに殺される。その覚悟がアキラにはある。側室の嫉妬による殺害。それこそが正室の正当な権利とでも思っているのだろう。俺の死に激昂して殺人を犯す、その愚行さそのものを嘲笑うように。
このままアキラを恨めばアキラの算段の思うつぼだ、と忠告できればいいのだが、既に頭部しか残っていない。その俺の頭部をかき抱いて、エリが滂沱している。死んでほしくないと。このまま消えないでと。まだボクはネバダを愛し尽くしていないと。そんなことを言われても、俺の死がキャンセルされるわけでもないのだが。
ああ。それでも。最後に誰かに泣いてもらえるなら。ソレはどれだけの幸せだろう。俺は泣けなかった。ツクモが死んだときに涙の一つも流れなかった。ソレを薄情だと罵る人間はいなかったが、俺自身が誰より淡白さを責めていたようにも思う。それに比べればカーマとエリとレアスが俺の死に泣いてくれるのは何よりの御送りであり。
「大丈夫。ネバダは……ボクが生き返らせる」
期待している。その言葉さえ言えなくて。けれど何処かで確信もあった。コイツはガチで俺を蘇生する気だ。ベルゼバブのように万能の治癒の唾液もないはずなのに。ハエとは即ち弔霊の存在。ベルゼバブが唯神教で魔王だったのはとある地方の神であったから。その地域ではハエとは死者を冥界に送るための死者であったらしい。ハエが死体にたかっているのはそのためであるのだとか。俺のベルゼバブは、その能力を加味して魂という人間の設計図から真作を再現する復元能力だ。たとえ東大寺が火災で燃えても、設計図さえあれば再現は可能なのだ。
「あ、あ、やだ、待って……」
別れは言った。じゃあな、とだけ。ここで名台詞を吐けるほど高尚な知性は持っていないのでそれは良かれ。ま、それで観念するほどエリも可愛い性格はしていないだろうし。




