第105話:ネバダくんの命は私のモノ
血まみれのリンカ。首を後ろから刺されて、そのまま機能停止。動脈をかき切ったわけじゃないが、神経の集合している部位を刺したのだ。身体は機能不全になるだろうし、出血から脳に酸素がいきわたらなくて、その内死ぬだろう。
「どうしてくれる。お前。二度目だぞ?」
リンカを刺し殺してうっとりしているアキラには悪いが、溢れ出る血臭に俺は鼻が曲がりそうだ。そのリンカの死体を蹴って、ニッコリとアキラは微笑む。
「わかったでしょう? 須藤さんも安藤先輩も、ネバダくんが化け物だと分かれば見捨てる程度の愛しかないんです。真にネバダくんを愛しているのは私だけです。こんな有象無象にネバダくんがかかずらう必要はないんです」
「だって……!」
「……それは」
ニッコリと破顔するアキラ。既にアドバンテージは彼女にあった。俺の言いたいことを十全に把握しているのだろう。その点に関しては、俺も信用している。
「ネバダくんはアナタたちを試したんです。唾棄すべき威力使徒の弁舌に乗せられてあなた方がネバダくんを見捨てるかどうか。そして見事に二人ともあの場でネバダくんを見限ってしまいましたね♪」
「……ネバダ先輩」
「……ネバダ」
「まぁちょっと揶揄っただけだから。別に気にしなくてもいいぞ」
俺が化け物で、一般人から忌避されるのは正に今更で。
「ち……違うんです」
「……釈明の機会を!」
「だからお前らが俺を気にすることじゃないって。あくまで揶揄っただけだから。俺がカーマやレアスに何をも思っていないことは証明してやる」
「ネバダ先輩!」
「……ネバダ!」
「ね、証明できたでしょ? ネバダくんが温情を賜っていた二人はこの程度でしかないんです。私だけがネバダくんを最後まで信じて味方する存在なんですよ」
「だからって俺の部屋を血だまりにしていいとは言ってないがな」
「正当防衛は成立しませんかね?」
「その前に、この一件は警察に管轄外だ」
俺はスマホを取り出して通話。
「あー。どうも。伏見です。威力使徒が一人死んだので、回収願いまーす。神威装置への言い訳はそっちででっち上げてください。俺は弁論しませんので」
ピ、とスマホの通話を切って、肩をすくめる。
「威力使徒の死体は陰陽省で処理する。というか神威装置に受け渡しだ。警察には介入できないんで話はここで終わり。アキラにはハウスクリーニング費用を出してもらうからな」
「ねぇえ。それより私と良い事しませんか? 私の全てをネバダくんに捧げますから」
「だから彼女面するなって」
「私が一番ネバダくんを信じているって証明されたじゃないですか」
「そもそもあの時点で俺に疑いをかけるのは自然だろ」
「でも私は最後までネバダくんを信じたよ。ネバダくんの敵も殺したし」
「何か御褒美が欲しいので?」
「孕ませてください」
「やだよ。俺より先に死ぬ愛子とか見たくないし」
「それが本番をしない理由?」
「いや? 呪術誓約についてはまた別だ」
「私でいいじゃないですか。エッチなことしましょう?」
「ノーセンキュー」
はぐ、とキムチ鍋を食べる。
「ちなみにだが」
と俺はエリに聞く。
「あのまま事態が推移していたら、エリは俺を守ってくれたか?」
「守るっていうか……威力使徒を殺していたかな?」
「俺の戯言は信じなかったと?」
「最初からそうでしょ。ボクを知って、アキラを助けて、カーマをフォローして、その全てでネバダは露悪的だったから」
「やっぱりお前が一番だよ。エリ」
「にへへー。ボクはネバダの都合のいい女だからね」
血の匂いが充満する中で、ヘラヘラとエリは笑う。真に理解者というのなら、エリが最も合致しているのだろう。
「ネバダくん?」
「何か?」
「どこか不快なんですけど。浮気とかしています?」
「しているが。その証拠を突きつけられない限り認めないぞ」
「???」
エリが認識できないので、分からないのもしょうがないっちゃないが。
「じゃあ、須藤さん? 安藤先輩? あなたたちにネバダくんに愛される資格は無いので今すぐ出て行ってください」
「「…………」」
「刃物は振り回すなよ。ここでアキラを刺し殺しても、お前らが揶揄われたことが消えるわけじゃないしな」
「先輩……でも……」
「……だって……ネバダ」
威力使徒の弁舌に乗せられて俺を疑った。その事が楔となって二人を苦しめているのだろう。俺にしてみれば杞憂なのだが。
「大丈夫だって。愛しているから」
「こんな敵に弄されるクズどもを、ですか?」
「これでも博愛主義でな」
来る者拒まず去る者追わず。
「本気で言ってるんですか? ジョークでも何でもなく?」
「だって二人ともアキラよりおっぱい大きいし」
俺が擁護するなら、その程度の理由でいい。
「つまりここで鏖殺すれば、ネバダくんは私だけを愛してくださるわけですか」
「ノン」
ニッコリと笑顔を見せて、俺はそう言う。明確な拒絶。たとえカーマとレアスがチョンボをしても、俺から見捨てることはない。あくまで俺に愛されたいなら、そのことをこっちから拒否する理由が無いのだ。
「じゃあこれでも?」
リンカの死体が手放したイモータルキャンセラーを掲げて、脅すようにアキラが言う。その切っ先が俺に向けられ、そのまま鋭利な先端がきらめいている。聖釘。自壊の術式を宿したチャーマーズアクチュエータ。
「ネバダ先輩ッ!」
「……ネバダ!」
「フリーズ」
ピシリと空気に亀裂が走るように、アキラが二人を脅した。既にトリガーに手がかかっている。このまま発射するだけで俺は死ぬだろう。
「ネバダ?」
「アキラを殺すのは無しだぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃ――ッ!」
「ああ、やっと手に入れた。ネバダくんの全てがここにある」
うっとりと俺を人質にして、俺の死を盾に。アキラは俺への独占欲を発露する。今こうして俺の生死を握っているという事実そのものが、アキラを恍惚にしているらしい。俺にしてみればご苦労様としか言えないのだが。
「殺すならどうにでもしてくれ。ソレでお前が満足するのならな」
「死が怖くないんですか」
怖くないね。だからアンデッドをやってんだよ。




