ドッペルゲンガー(2034字)
住んでいる地域の雰囲気を「地域柄」と言う。
私がかつて住んでいた地域はどんよりして、いつも曇り空のような雰囲気があった。空は快晴なのに、黒い雨水が垂れた壁が街の湿度を空へと逃さない。
片足のゴールデンレトリバーに、墓に居座るシュナウザー。親が自殺してイジメを受ける同級生に、不良に「イジメないで」と手紙を書いた知的障害者。こちらを覗く大きなヒキガエルに、爆発したナメクジ。
団地の1室には黒蠅の群。
藪からはヘビと変質者。
ため池では毎夜、異音が。
私が住んでいた地域では、こんな事がよくあった。違う地域に引っ越してから、それが普通ではないと知った。
今回は、そんな街の「ドッペルゲンガー」についての話だ。
始まりは、年上のいとこの言葉だった。
お盆休みに親戚一同で集まったとき、いとこが気になることを言ってきた。
「お! 〇〇じゃん。この間、テラーワールド(仮名)におったやろ? 1人で何してたん?」
私はその場所に行った事がなかった。
だから、「え、行ったことないですよ?」と答えた。
それを聞いたいとこは、「えぇー?そんなはずないやろー。隠さんでいいって! ホントは何してたん?(笑)」と言い、両手を伸ばしてストレッチを始めた。
そして近くにいた自分の姉に、「この間、〇〇おったよな?」と話しかけた。
すると、いとこの姉も、「〇〇、テラーワールドにおったよ。ぐるぐる回るやつの列に並んでたやん」と言った。
私はまた「本当に行ってないですよ」と答えた。
いとこたちは不思議そうな顔をして、「そっかぁ……(?)」と言い、お昼ご飯のちらし寿司に手を伸ばした。
その日の夜。
洗い物が終わって、一息ついているいとこのお母さんから、「この間、テラーワールドで何してたん? お母さんたちも来てた?」と聞かれた。
私はひどく困惑した。
同じ日に、何度も「行っていない場所」での目撃談を聞かされる。
まるで、壊れた機械が、同じ動作を繰り返しているのを強制的に見せられているような、不気味な体験だったからだ。
次の日の朝。
いとこたちは、具体的な話をしてきた。
「やっぱ、あれは〇〇やろ。背の高さも、〇〇がよく着てるオレンジのトレーナーも、髪型も、一緒やったよ?」と。
奇妙な状況だったが、私は変わらず、「行ってないですよ。本当に。」と言い続けるしかなかった。
……それから数年が経った。
私は高校2年生になっていた。学校では先輩方に良くしてもらうことが多く、何かと作業を手伝わされていた。
いわゆる「パシリ」というやつだ。
そんなある日。
仲が良かった先輩から、「お前この間、〇〇駅におったやろ? あれ何なん? なんで電光掲示板叩こうとしてたん?」と言ってきた。
詳しく話を聞くと、私が〇〇駅のホームで、天井の電光掲示板に向かって手を伸ばし、何度もジャンプをしていたらしい。
私はその話を聞いて、「いや、流石の自分でもそんな変なことしませんよ!」と苦笑いで否定した。
そして、さらに「そもそも〇〇駅には行ったことがないです。あっち方面は、自分の管轄外ッス」と付け加えた。
すると先輩は、無言で私の頭に腕を回し、ヘッドロックをかけてきた。
「そんなはずないやろ?(笑) 俺が見間違えたって言うんか?お前。」
「ちょ、痛い! 痛いッス!痛いッス!」と、私は半笑いだった。
――けれど、心の中では「(〇〇駅って……テラーワールドの近くじゃない?)」と考えていた。
数年前の奇妙な目撃情報。
それがいまになって、私の日常に絡みついてきた。
それから、数日後。
今度は、あまり知らない先輩から、「君、この間、〇〇駅にいたよね!? 電車ですれ違ったよ〜! あの辺に住んでるの?」と話しかけられた。
(……また〇〇駅だ)
私はとっさに、「いえ。それ多分、私じゃなくて違う人だと思います」と返した。
先輩は驚いた様子で、「え〜? 正面からばっちり顔を見たけど、君だったよ? ジャージ着てなかった?」と言った。
「住んでるのは真逆の〇〇ですよ。」と答えた私は――変な話だな――と思った。けれど、やっぱり偶然としか思えなかった。
「世界に、自分に似ている人は3人いる」と聞いた事があったから、偶然だと思いこんでいた。
――1年後、「〇〇くん、笑いながらローソンに停められてた自転車を蹴り倒してたけど……、あれどうしたの?話かけても笑って何も言わなかったけど…」といった、″知らない自分″の話を、再び聞くまでは。
◇
親戚は私の顔をよく知っている。その彼らが「テラーワールドに絶対にいた」と断言した。
背格好も、服も、髪型も一緒だったと。
その数年後。
2人の先輩が、その近くにある「〇〇駅」で私を見たと言った。
1人は、私の普段の様子を知る先輩。
もう1人は、正面から「私」の顔を見た先輩。
おそらく、テラーワールドの周辺には、私にそっくりな「もう1人の私」がいるのだろう。
私は、私の「ドッペルゲンガー」を目撃されている。
だとしたら、あちら側の「私」もまた、「お前、あそこにいただろ」と言われたりしているのだろうか?
もしいつか、そのドッペルゲンガーに会うことがあったなら、「昔、駅で電光掲示板に向かってジャンプしてた?」と聞いてみたい気持ちがある。
その返答次第では、3人目のドッペルゲンガーがいるかもしれないからだ。
自転車を蹴り倒した「私」は、
通っていた高校の近辺で目撃されている。
本当に3人目がいるかもしれない。




