あと2日
NTR進捗状況
正、漫才編。
田中 正 :主人公、駿は親友の彼女に手を出さない、ヨシ。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる。
金谷 駿 :イケメン、クラス意外でも人気者、幼馴染とフラグ建築中。漫才が好き。親友の彼女に手は出さない。
正はコート姿が目立つ駅前の広場で一人、人を待っていた。学校指定のコートのポケットの中でスマートフォンを握り締める。正のものではない。昨日、渡しそびれたスッコケ二人組の片方、ハカセのスマートフォンだ。結局あの後、ビギナーズのファンたちでごった返す会場でハカセを見つけることができず、かといって預けられたのは自分なので誰かに渡すわけにもいかず持って帰っていたのだ。それが今日の昼休みに電話があって、放課後にこうして渡す約束をしたのだ。
しかし、正はスッコケ二人組になんと声をかければいいかわからず憂鬱な気持ちになっていた。彼らのリベンジを誓うのが筋だろうか。いや、あのビギナーズの作り出す会場の空気を覆せるだけの力量は今の正たちには無い。できない約束をしても空虚なだけだろう。ただ、通り一遍の慰めの言葉を言って早く立ち去るべきなのだろうか。薄情だとは知りつつも他に正は選択肢を思いつかなかった。
「よお、わりーな、かんっぜんに忘れててさあ。」
現れたハカセは意外にも元気な様子で正に話しかけた。
「あの、これ。」
正が差し出したスマートフォンを特に調べる様子も無く受け取り、ポケットに突っ込む。
「もしかして、意外だったか。元気そうで。」
「いえ、それは。」
「実はさ、ここだけの話。俺たちビビッてたんだよ。だって優勝したらテレビに出るんだろ、しかも大晦日に。俺らまだちっちゃい箱でしかやったこと無いんだぜ、無理無理。だから今回負けてほっとしてるんだ。」
ハカセとの関係が浅い正にはそれが強がりなのか本心なのかわからない。漫才でしゃべりなれた語り口からは感情を読み取ることは難しい。
「だからさ、気にすんなよ。お前らはお前らの漫才をしろよ、悔いの無いように。」
言うだけ言うとハカセは去っていった。呼び止めるわけにもいかず正はそれを見ていた。
さて、実は正もハカセと同じ方向に用があるのだがあんなかっこいい別れ方をして直ぐ後にばったりということになると大変に気まずい。正はしばらく時間を置いてから歩き出した。鈴のバイト先がこちらの方にあり、しかし正がバイト先を覗くのを頑として許してくれないので近くの公園で待ち合わせをしていたのだ。冷たい風が足元を吹きぬけ、正を急かす。鈴を待たせているかもしれないという可能性が頭をちらついた。
目的の公園はすぐに見つかった。何か目立つ印があるわけではない、ただ単に公園の前で鈴が待っていたのだ。
「ごめん、中で待ってれば良かったのに。」
「うん、でもちょっと居づらくて。」
「?」
「駿が知り合いと深刻な話、してるから。」
鈴が言うには公園の中で駿が知り合いと偶然会って、そこで何か強い調子で訴えていたのだ。部外者の鈴はいたたまれなくなって席を外したらしい。
「そっか、駿いたんだ。」
「うん、バイト先から送ってくれたの。もう暗いからって。」
鈴はなんでもないことのように言う。正もなんでもないことのように返事する。しかし、正の心の中はさざ波だっていた。僕はバイト先に来て欲しくないけど駿は別なのか。
正は本当に言いたいことは言わずに話題を逸らした。
「でも、駿の知り合いって誰だろう。」
「確か、漫才関係の人みたいだったけど。」
それだけで、正はぴんと来た。もしかしたら。そう思って正は腰をかがめ公園の中の様子を伺う。鈴は正のそんな正の様子に余計なことは言わずについて来てくれた。
公園の中にいたのは正の予想通りの人物だった。ハカセが駿にすがりつくようにして泣いていた。自分がそこに出て行くわけにはいかない。ハカセはプライドを貫いたのだ、それを滑稽な強がりにしてはいけない。正は黙ってその場を離れた。
「あの人のこと、ダダくんも知ってるの?」
「うん、前回で負けた人なんだ。」
「そっか。」
鈴はそれ以上は聞くことなく、黙って正の隣にいてくれた。正は急かされるわけでもなく、ただ自然と自分の中に渦巻いていた感情を吐き出した。
「僕は、僕はホントは漫才なんて嫌いだ。他人を笑いものにするのが嫌いだ。誰が面白くて誰がつまらないか決めるのが嫌いだ。つまらない人間を見下しているのが嫌いだ。」
「うん。」
「そうやって、人を傷つけていることに自覚が無いんだ。自分たちがやっていることが正しいと思ってるんだ。つまらないことが悪だから、それを罰する自分たちが正義だと思ってるんだ。」
「うん、うん。」
「僕は、そんな人たちと同じになりたくないんだ。自分が傷つけられたことを忘れたくないんだ。僕が忘れちゃったら、それは本当に無かったことになっちゃうから。」
「そうだね。でも、それじゃあ何を悩んでるの?」
鈴は正の目をじっと見つめていた。正が見ようとしなかった、正の心の奥にある葛藤を見つめていた。正はその瞳に見守られながら告白を続ける。
「でも、その漫才で僕は駿を助けることができた。僕の漫才で人が笑ってくれた。僕のことを認めてくれる人たちができた。」
「その人たちを裏切ってるみたいで、つらかったんだね。」
「僕は笑いで人が救われるって、そちらの方を信じたい。そちらの方が真実ならきっとこの世の中で救われる人がたくさんいるんだ。でも、昔の僕の考えに同意する人たちがいる。その人たちは証明しようとしてる。笑いは救いにならないって。」
「ダダくんは、どちらだったらいい?」
「僕は僕を傷つけたものを傷つけ返したい、・・・でも僕を救ってくれた人みたいに、なりたい。僕を救ってくれたように、誰かを救えるようになりたい。」
正は自分の中でぶつかる二つの感情を制御できずに苦しくなる。その場に膝間づいて痛みに耐える。その背中がふっと暖かくなった。
「ダダくんは、優しいね。」
鈴が正を庇うように背中を覆っていた。冷たい風から守る様に、そのぬくもりが正の心にまで伝わる様に。
「ダダくんは、なれるよ。人を傷つけることは誰にでもできるし、人に優しくすることも誰にでもできるけど。でもそれを悩みながら選ぼうとするダダくんなら、できるよ。どちらも救うことが、ダダくんなら、きっと。」
正の心の中で鈴の言葉が形を作っていく。あのとき泣いていた僕を裏切るのでもなく、僕を救ってくれた人を裏切るのでもない。どちらも救われる。そんな可能性が確かに心の中で、生まれた。




