あと60日
NTR進捗状況
晄を完封して正が調子に乗る。
田中 正 :主人公、もはや死角なし。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる。
金谷 駿 :イケメン、クラスでは人気者、幼馴染とフラグ建築中。友達の彼女に手は出さない。
黒田 晄 :汚っさん、女子生徒をいやらしい目で見ることに定評のある男性教員。教育熱心。
「なあ、漫才見に行かないか。」
駿が唐突にそんなことを言いだした。中間試験ももうすぐだというこの時期に随分と余裕だ。
「いや、分かってる。これが終わったら、ちゃんと真面目にやるから。」
そう言って真面目にやるやつがどれだけいるだろうか。サボるやつがよく言う定型句にツッコミそうになるが、しかし駿は意外と約束は守るタイプだ。駿の目は真剣で鼻から疑うのは少しためらわれる。
「本当に、真面目にやるんだな。」
「おう、約束だ。」
そこまで言うなら仕方ない。もしも嘘だったら、いや別に嘘だったところで別にいいじゃないか。もう晄の方はそこまで心配する必要はないのだし。駿が僕との約束を破ったからと言って、ショックを受けるような謂れはない。正はそう自分に言い聞かせるとなるべく軽く聞こえるように承諾した。
駿に連れてこられたのは電車に乗って20分程度で着くこの辺りのターミナル駅。ここから四方に線路が伸びている関係で人通りは特に激しい。休日の昼間ともなれば大分混雑している。その人混みの中をはぐれないように駿の背中を追いかけた。
「ここだ、ここ。」
駅前の広い道から狭い道に入ってしばらく歩いたころ、駿が一つの雑居ビルを指さす。随分さびれて商売になっているのか怪しいそのビルは色々なポスターが貼ってあり、普段はバンドがライブをやっていることが分かった。確かにそれなりに騒音もするだろうからこういった店が選ばれるのも納得いく。駿は慣れた様子で地下へと続く階段を降りていく。そういえばスマートフォンの地図も見ている様子が無かった。通い慣れたその足取りに駿の漫才好きを再認識する。
「こんちわーっす。」
駿が受付に親し気に挨拶する。しかし、向こうは忙しいらしく大分ぞんざいに金を受け取りチケットを切る。
「その半券、再入場にいるから。」
その一言だけで後は勝手に行ってくれとばかりに説明がない。ここは慣れている駿に任せようと正は受付に質問することなく駿に続いた。中は意外と明るく、プレハブの椅子が並べられている。本来の用途であるバンドのライブならそのまま立ち見になるのだろうが、漫才では座って見るのが普通らしい。
「そう言えばさ、今回の漫才って誰が出るの?」
正が今更のように駿に聞く。いきなり当日に誘われたので今の今まであまり気にしていなかった。正は漫才芸人には詳しくないから正直テレビに出るような名前でもピンとこない自信がある。とはいえ、何も知らずに待つのもなんだし、試しに聞いてみる。
「ああ、そうだった。いや、主役の方はどうでもいいんだ、多分知らないだろうし。」
「うん?」
駿が言っている意味がよく分からなくて正は聞き返す。主役が重要ではないのなら一体何が重要なんだろうか。駿は今までになく真剣な顔で答える。何故か駿はこれから漫才を見るだけだというのに緊張しているように正は感じた。
「今回の、前座が、ああ、前座って言うのは主役の前に場を温めるためって名目で無名の芸人が漫才をすることなんだけど。その前座をするのが高校生なんだ。」
まあ、そういうこともあるかもしれない。正はそれが特別なこととも思わなかった。高校生でバンドをしている人たちもいるし、これぐらい小さな会場なら出演料をケチるために素人で済ませようと思うかもしれない。ただ、駿の表情はそれだけではないと言っている。
「その高校生っていうのがさ、前回の東京U-18漫才大会の優勝コンビなんだ。」
正は知らなかったが高校生が出られる漫才の大会というのはそれなりの数があり、その中でも東京U-18漫才大会は特殊で審査員がいないらしい。ただ、観客の総意によって、拍手の大きさで勝敗が決まる。駿にとってはそれがとても重要なことらしくその大会で優勝した高校生が気になって仕方ないのだそうだ。
「その決勝の日はさ、俺、田舎でじいちゃんの葬式があって行けなかったんだ。」
だからこそ今日という日は逃せなかった。真剣な目でまだ誰もいない壇上を駿は見る。客席がちらほらと埋まりだした。開始まではまだ時間がありそうだが駿の邪魔をしないように正も黙って席で待つことにした。
漫才の会場のライトが一斉に落とされる。そして壇上のライトだけが灯り、立てられた一本のマイクスタンドが照らされる。司会のようなものは無いらしく紹介もないまま二人の少年が出てきた。何の変哲もない、普通にクラスにいそうな背格好。もっと奇抜な格好をしているのかと思っていたが長袖の上着にジーパン姿はその辺の衣料品店で売っているもの。きっとここに来る途中ですれ違っていても気づかなかっただろう。そのことが何故か正を不安にさせた。共感性羞恥という奴で自分じゃなくても他人が恥をかいている姿を見ると死にたくなる、そんな感情に正は襲われたのだ。だけど、壇上に立つ二人は緊張に顔を青くしている様子はない。ただ見ているだけの正だけが勝手に緊張していた。いや違う。隣の駿も手を固く握りしめている。正とは違う別の感情で駿は張り詰めた様子で上に立つ二人を見ていた。きっとこの場にいる人間の中で正と駿だけがただの前座の高校生を真剣な目で見ている。そんな気がした。
「どーもー、ハカセです。」
「どーもー。ノッポです。」
「「二人合わせてスッコケ二人組です。」」
「今日は僕らの名前だけ覚えて帰ってくれればいいので。」
「いや、それは主役に失礼だろ。僕らはただの前座だろ。」
「あっ間違えた、名前だけでも覚えて帰ってくれればいいので。いやつい本音が。」
「もうお前はしゃべるな。これ以上やってると降ろされるから、さっさとネタに移らせていただきます。」
慣れた調子で軽快にしゃべる。ボケのハカセとツッコミのノッポが軽い導入で客席からぱらぱらと散発的な笑いをとる。場が少し温まったのを確認したのかノッポが目で合図したのを正は気付いた。
「ところで、ノッポさん。野球でドラフト会議ってあるじゃないですか。」
その合図に分からないくらいの頷きを返してハカセが用意していたネタを始める。
「ああ、ありますね。あれって残酷ですよね。希望していた球団からいつまでも指名がかからないとか。」
「ええ、でもあの制度って野球だけじゃないと思うんですよ。」
「えっどういうことです?」
「昔話にもそういうのってあったと思うんですよ。」
ハカセの一言に観客が首を捻るのを空気で感じる。正にはそれが計算されているように感じた。実際、自分は今、その一言で二人の会話に一段と引き込まれている。そして、その客席の反応に合わせて二人が声をぴたりと合わせる。
「「コント桃太郎」」
「今年もやってまいりました、第35回ドラフト会議。実況はわたくし、芝刈り大好きおじいさんと。」
「解説の洗濯はそれほど好きじゃないおばあさんでお送りします。」
今までとは異なる口調とペース。芝居がかったそれらがスピーディーにネタを進行させる。
「早速ですが、各球団の一位指名が出そろいました。おっとこれは意外な展開です。」
「桃太郎球団と金太郎球団がクマ選手を一位指名しましたねぇ。確かに彼は超高校級、即戦力として大暴れ間違いないですから、しかたありません。」
聞きなれた単語で正はすっと状況を理解した。そのおかげでやや早口の内容も無理なく入ってくる。
「えーそれではここでピーチ高校のサル、イヌ、キジ選手の様子を見てみましょう。あーこれは、まるで葬式のようだ。三選手完全に落胆しております。」
「しかたありません。三選手共に子供のころから桃太郎球団で活躍することを目指していましたからねぇ。」
「希望年俸はきび団子3つが彼らの口癖でした。」
「ここで両球団くじ引きが終わったようです。あっと、金太郎監督余裕のガッツポーズだ。クマ選手との交渉権を手に入れたのは金太郎球団だ。」
「交渉はまさかりで方をつけるそうです。進学希望のクマ選手、逃げられそうにありません。」
「ここでピーチ高校の様子を見てみましょう。あー三選手、希望を取り戻したようです。互いにライバルであることを忘れ、手を取り合って喜んでいます。」
「さすがサル、イヌ、キジ、桃太郎への忠誠心が違いますね。」
「桃太郎監督、一位指名が決まったようです。あーっと、一位指名は泣いた赤鬼学園の青鬼だ。」
「桃太郎監督はチームプレイを重視しますからね。選抜で見せた青鬼の犠牲フライが決め手でしょう。」
「しかし、桃太郎球団はこれから鬼ヶ島に殴り込みをかけるのに、どこまで青鬼に自己犠牲を強いるつもりだ。ここでピーチ高校の様子を見てみましょう。・・・」
間の取り方、しゃべるスピード、客の反応を感じながらのペース配分、おそらくあの壇上の二人の頭の中では常に計算が働いているに違いない。しかし、それを感じさせない、心から楽しんでいる、という雰囲気。生き生きとした彼らの表情はコントの内容よりも正を引き付けた。共感性羞恥で死にそうなほど勝手に緊張していた正はもうそんなことは忘れてただ笑っていた。客席にいる誰もが正と同じように笑っている、そう思っていた。
正の視界に駿の表情が映る。駿は真剣な目で、二人を見ていた。楽しむのではなく、あこがれるのではなく、嫉妬するのではなく、ただ真っすぐな真剣な目。その目を動かさないまま、駿は言った。
「俺はあの二人を超えたい。」




