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第48話 繋いだ手で届いた結果

 5月26日 火の日 15時30分 錬金学校マテリア


「ふぅ~……よし……!」


 マル先生の部屋の前で大きく深呼吸。それでも緊張は体の中からどこかにいってくれない。震える手で歪んだリズムのノックをしてしまった。

 先生の「どうぞ」という声にもう1段階緊張が跳ね上がる。

 このまま廊下を走って逃げたいけど覚悟を決めてわたしは部屋に入る。


「おや? どうなさい……いえ、その顔はご用意できたということですね?」


 部屋の中にはマルコフ先生ともう1人。

 素材関係の授業をしてくれるリード先生がいた。正直言ってわたしはこの人が苦手。視線や殺気がわたしに向かって刺さるように飛んでくるから。

 わたし何にもしてないはずなんだけどなぁ……。

 今もわたしを見るとすぐに視線が刃物みたいになってる。


「はい!」


 でも怖気ついたらダメ! わたしの手にはみんなで作り上げたマナ・ボトルがある。

 昇格試験を合格するために──ううん、それだけじゃない。

 テツが破魔斧レクスを使いこなす姿を見たかったから。わたしの作った道具を使って活躍する姿を見たかったから。ここまでたどり着けた。

 何度も「完成できないんじゃ?」って思ってた。

 初めて大きな失敗をして、自分の持っている知識じゃ通用しなくて、ナーシャやルティに助けてもらって。テツとセクリといっしょに冒険して、素材を集めて、色々と危ない目にあったりもした。

 師匠ができて『(そら)』のやり方だけじゃなくて、戦い方や体の無駄のない動かし方も教えてもらった。

 わたし1人じゃ絶対に完成できなかった。


「おねがいします!」


 初めてこの国に入ったときよりも心臓がドキドキする。

 わかってる。怖いんだって。

 ルティの言う通りの試験なら合格は間違いないことはわかってる。でも、わたしの、わたし達の努力を他人に判断されるのは、どうしてもよくないことが頭に浮かんでしまう。

 わたしだけの力で作った道具よりも評価されるのが怖い。

 もしも変なことを言われたら耐えきれないと思う。テツもセクリもナーシャもルティも師匠もみんなもダメだって言われるみたいで。

 こんな感覚は今までなかった……!


「拝見いたします」

「私も審査させてもらいます」


 マル先生とリード先生がボトルを確認してくれる。

 その瞳は獣みたいにすごく真剣で鋭くて、ルティが言っていたような簡単な試験だって考えはぜんぜん思わない。

 ときどきこっちに向ける視線もあってドキっとする。


「…………ほう」

「…………」


 でも、マル先生の明るい表情に安心できる。でも、リード先生の表情で不安になってしまう。


「これは本当にルールに沿って作成されたものですか?」

「はい! ……え~と、あった! これに入手した日付と調合手順を書いておきました!」


 テツに言われた通り記録しておいてよかった。

 調合手順なんてこんなドキドキした心じゃちゃんと説明できるかわからなかったよ。


「……ありえないわ」

「えっ?」

「オーガの血が混じっているのに、手本よりも優れた物を生み出せる訳が無いわ!」


 どうしてそこでオーガの話がでてくるの!? 


「良い物を作れるのに種族は関係ありませんよ。ここにあるのはこれまでのマナ・ボトルを越えた逸品。作られなければ存在しません」

「そもそもそれが怪しいです。特に『アブソーブジュエル』という代物、聞いたことがありません。別の誰かに用意してもらってそれを購入して最後に調合しただけ。とんだルールの抜け道を突いた方法に違いありません」

「そんな! 最初から最後まで全部わたしが、わたし達が採取したり調合した素材で作りました!」


 例え先生でもここまでも道を嘘だと言うのは許せない!


「そうね、私も言ったもの勝ちな論争をするつもりはない。『アブソーブジュエル』がこのボトルの重要素材、これをあなたが作れるかどうかが論点よ」

「でも、今は作るための素材が──」


 複製したのはあるけど、それを出した所で意味はないんだろうなあ。知りたいのはわたしが作れるかどうかだと思う。


「では、素材はこちらで提供致しましょう。正直に言いますと私も気になりますからね。アンナさんが作成できるかどうか。こちらが証明できれば晴れて合格。ということでよろしいですねリード先生?」

「いいでしょう、異論ありません。合格と認めます」


 5月26日 16時10分 錬金学校マテリア 調合室


 そんなわけで調合室に移動することになって、わたしはすぐに2人をテレパシーで呼び出した。

 こういう時って念話(テレパシー)って本当便利。そういえば離れた位置でも情報交換ができる道具ってあるのかな?

 あるなら今度作ってみるのもいいかもしれない。


「待たせたな! ちょっと用意に手間取ってしまった」

「タンクを持ってくるのに少し苦労したよぉ」

「来てくれてありがと! あと、お仕事中にごめんね」

「かまわない。主の一大事とあれば何よりも優先される!」

「そーいうことだから気にしないでね!」


 そう言ってもらえると嬉しくなってくる。

 きっと無理してでもわたしを優先してくれたんだと伝わってくる。

 汗を額に浮かべながら重そうなマナ・タンクと特製錬金液を持ってきてくれた。その心に応えるためにも絶対に成功させる!


「確認という名目ですが私としても後学の為に知っておきたいですからね。この歳ながら好奇心の方が勝ってしまいましたよ」

「こんな調合方法なんて不可能でしかありません」

「まあ、見ててくださいよ。この新生レクスの力を利用した新たな調合方法をご覧にいれますよ!」


 頭上に掲げてすっごい見せびらかしてる。あそこまで得意顔になってるのって初めて見たような気がする。なんだか嬉しさを通り過ぎて恥ずかしくなってきた──!

 いけないいけない! 気を取り直して素材の確認しないと……ここがとにかく大事だから!


「熱炎石、冷結晶、エアロストーン、ゴーレムコア、魔光石、光飲石……素材の準備よし。特製錬金液も投入済み」


 これで準備は完璧、素材の量も純化作業もできてる。いつでもできる!

 それにしても……学校の素材保管庫って本当に欲しい素材がなんでもある……。探しやすいし綺麗だし広いし……さすがに希少な素材には鍵が掛かってて気軽に触れなかったけど。

 ここなら頭に入っているレシピを何でも作れそう。


「ふぅ……よし! テツ、準備できてる?」

「コードをギア部分に接続っと……よし、いつでも!」


 テツの言葉にうなずいて目を合わせればそれが開始の合図、心地良い黒い霧がわたしの周りを満たしてくれてまわりを漂っていた魔力が剥がれるように消えていく。肌に触れても何も吸い取られない。

 うん、虚もできてる。何も問題無い!


「確かこの黒い霧は魔力を奪う効力を持った……その中で調合なんて……」

「資料通りですね……色々と。嘘が無い事はわかっていましたがこうも実際にやっている姿を見ると心が躍りますね! 若返った気分ですよ──!」


 先生達の会話も気になるけど、注意すべきは釜の中。「とうとう錬金術の材料になってしまうのか」みたいな声が頭に響くように聞こえてくる。

 あの日の調合で釜の中から聞こえた声。それについてわかったことがある。虚をしているときじゃないと聞こえないってこと。普通に魔衣状態だとどれだけ耳をすませても何も聞こえない。

 全てを受け入れるような心じゃないと声は聞こえない。

 そして1番重要なのは声に従って混ぜ方を変えていけば時間も短くなるし品質も良くなる。

 だから──!


「できた!!」

「前よりも早くないか!? タンクも全然減ってないぞ!」

「持ってき損だったかな?」


 あの日、あのときと同じアブソーブジュエルができあがる。2度目なだけあって素材の声に驚くこともなく短くできた。


「まさか本当に……!?」

「では失礼して……おおっ!? 想像以上に魔力が吸い取られますな!? それに属性現象を引き起こして魔力が失うことがありません。それに貯蓄量もすばらしい。作成方法に難はあれどこの素材はこれまでの魔道具を過去にする可能性を秘めていますよ」

「これで証明できましたよね?」


 わたしも胸を張ってこれは自信作って言える!


「…………ここまでされたら私は何も言えませんよ」

「そうですね、このアブソーブジュエルですが多くの錬金術士に知っておくべき代物だと私は思います。これまでもこのジュエルと同じような物は作られてきましたが、ここまで出色した精度と技能は存在していません。『アルケミーミュージアム』に展示するに相応しいでしょう」

「「「『アルケミーミュージアム』?」」」


 わたし、テツ、セクリの3人の声が重なった。思わず笑いそうになってしまったけど、聞いたことない名前。たぶん場所なのかな?


「本気ですか? 主任はここまでの調合品だと認めるつもりで!?」

「本気ですよ。この調合方法も多くの錬金術士が知っておくべき技法と成り得るものです。」

「あの、そこは一体どんな場所なんですか? 聞く限りでは格式高そうな施設と予想するんですが」

「おっと、これは失礼。簡単に説明すると錬金術の歴史や技術が展示されている施設でしてね。その中に暮らしや技術に大きな発展をもたらした調合品を展示するスペースがありまして。そちらにこの『アブソーブジュエル』を寄贈しようと思いましてね。いいですかな?」


 ようするにそのアルケミーミュージアムにジュエルを飾るってこと?

 確か部屋に3個残ってて……これで4個め。でも、これはここの素材で作ったからわたしがもらうのもなぁ。先生達に渡した方が筋が通ってる気がする。


「かまわないです。わたしの分は残ってるからそれは先生達が自由にしてください」

「ほっほっほ。では、頂戴しましょうか。その代わりではありませんがこちらをアンナさんに差し上げましょう」


 そう言って渡してくれたのは綺麗で手触りのいい木製のケース。それを開くと──


「カード? それにわたしの名前に……クラス、ブロンズランク……?」

「どれどれ……ってこれ学生証じゃないか!? 今まで持ってなかったのか!?」

「ほっほっほ、ブロンズランクになって正式に錬金科の生徒と認められます。これにより口頭では伝えきれない多くのことができるようになりますので、こちらの用紙を見て確認してください」

「わぁ……字がたくさん……読むの大変そう……」


 5枚ほどの紙をまとめたものを渡される。簡単に目に付くのを見てみると注意事項に……依頼に護衛? 納品、仕入れ、入荷? 契約?

 うん! 帰ったらテツといっしょに確認しよう!


「では、最後に。合格おめでとうございます」

「おめでとうアンナ!」

「おめでとう!」


 パチパチと拍手してくれる2人にマル先生。

 ぜったいわたしよりも笑顔なテツとセクリ。思わずわたしまで顔が緩んでしまった。こんな顔を見せてくれるなんて合格できて本当によかった。


「ありがとう!」


 これでブロンズランク! お父さんに1歩でも近づけたかな? ううん、ぜったいに近づけてる。これはわたしが錬金術がうまくなった証だけじゃない。みんなの協力が重なった証。

 きっと1人だけにこだわっていたら合格できなかった。大切なことを知れた。

 わたしの力やテツやセクリ、ルティやナーシャや師匠。沢山の人の得意なことを混ぜ合わせればできないことなんて何もない!

 この調子でお父さんを見つけ出そう!

本作を読んでいただきありがとうございます!

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