第47話 試験の裏側、心の内側
4月17日 土の日 20時00分 錬金学校マテリア職員室
「さて……アンナさんの試験内容はどうしますかな……? いつもと同じパターンで──」
時は遡り、アンナ・クリスティナにブロンズランク昇格試験が伝えられる前。
試験内容を決めるのは基本的に錬金科主任の「マルコフ・フワット」。一斉に複数人が昇格試験を受けることは稀なので一人一人丁寧に試験内容を精査することになる。
思考を巡らせ、過去の事例とアンナの実績を照らし合わせ最適な内容を検索している中。
一人の教師が声をかけた。
「フワット主任、アンナ・クリスティナの昇格試験について意見を申しても?」
「──おや? リード先生、何か気になる点でもありましたか?」
彼女は同じ錬金科の教師、名を「リード・リッター」。
鋭い瞳に赤いショートヘアー。スーツのような緩みの無い服をきっちりと着こなし、真面目で隙の無い堅苦しい印象を与え、生徒が近寄りがたい空気を常に出している。
が、きっちりした雰囲気が良いという生徒がいるのもまた事実である。
加えてその身なりに裏切らない錬金術の知識と腕前は教師として上々。
彼女は主に素材、特に鉱石に関する授業を専門に行っており、動く素材図鑑と呼ばれる程。植物、鉱物、液体、気体、虫、動物、あらゆる素材の産地や秘めている力について見識が深い。
「彼女は本当に彼の、ロドニーの娘なのでしょうか?」
「……共に勉学を励んだ仲間、いえ好敵手なあなたでしたから気になって当然ですね」
「ダンジョン探索に向かったレポートも確認しました。随分と稚拙で子供が書くような文章。あんなのがクリスティナの名を語ることは許されません。加えてオーガの血が混じってるときました」
敵意と怒り。教師が生徒に向けるにはあまりにも過剰な感情。
ただ無理もない。リードは昔錬金学校マテリアの生徒であり、アンナの父ロドニーとライバル関係にあり高い技術力を研鑽し競い合った仲。
彼の栄光や実績の幻覚がアンナを通して見えてしまう。アンナが無様な成績を示せば、ライバルとの思い出が汚れてしまうと心で感じてしまった。
「過去に比べて亜人混じりも気にされない世の中ですよ? オーガの血が混じっていても彼女は粗暴ではありません。ニアート村の方からもお礼が届いていますからね。錬金術士としての腕前も、貴族としての格も備えていると思いますよ」
流れる雲のように穏やかな口調で受け止め諭すマルコフ。
彼はリードとロドニーの教師であった時もある。だから並々ならぬ思いも感じていた。
「……試験を受けるに相応しいことは理解しました。ですが内容については私も口を挟ませていただきます」
「それは構いませんが、通例のルールを逸脱するような内容は看過できませんよ?」
「わかっています。ブロンズランクは「調合品の作成」であり「現在の力量で作れる物」であることが絶対。それに「制限を設ける事」で難易度を高め、「高品質の手本」を同封させることで慢心を許さないこと」
言われるまでも無いと四つの条件を口に出す。
「ええ、マテリアの錬金科に入学できたことで浮つき横暴になる生徒が多いですからね。合格自体は簡単と気付く方もいるでしょうが、上がいるということも理解させないといけませんからね」
錬金学校マテリアの最初の洗礼とも呼ばれる『ブロンズランク昇格試験』。
これまでに手本を越えた調合品を提出できた生徒は指で数えられる程度に収まる。
マテリアに入学することがゴールでは無い、どれだけ学び吸収できるかが大事であることを伝えるための試験。
「わかっています。なのでいくつか案を用意しておきました。彼女の使い魔は魔力の無い人間で、危険視されている力を持つ者。それを補助する道具を課題とすれば力も入りやすいと考えました」
鉄雄が破魔斧レクス、この時点では「惨劇の斧」を所持していることは学校の教師全員の既知としているところ。加えて安全使用や緊急時に備えた封印具の提案作成も教師達の仕事の一つとなっている。
騎士団で手に入れていたレクスの情報は王だけでなく、マルコフ達マテリア教師陣にも伝えられている。
「なるほど、いいですね。そこで「魔石」や「マナ・ボトル」、そして「フェアリー」ですか」
「消耗品ではありますが汎用性が高く魔術の強化媒体として利用できる「魔石」、魔力を持ち運びでき、吸収放出ができますが量や耐久性に難がある「マナ・ボトル」、使用者の意識した通りに動く刃「フェアリー」、どれも彼女にとっては必要な物でしょう。そして、制限についてもですが「試験開始後に入手した素材でなければならない」とすれば難易度も丁度よく上げられると思います」
彼女の挙げた案を聞いたマルコフも頷きながら納得していた。
単純に作るだけならこの三つはそこまで難しくない。しかし、極めようとすれば素晴らしい物が作れる、素材の品質や錬金術士の腕前で上と下の差が激しい品であると。
「となれば……「マナ・ボトル」がよいでしょう。彼、カミノテツオさんにはこちらが似合いそうですからね。ギアも同封すればよりイマジネーションやモチベーションも上がってより高みへと昇ってくれそうですね」
「では、参考となるマナ・ボトルとマナ・ギアはこちらで用意しますので、フワット主任は試験要項用紙をお願い致します」
「ええ、承りましたよ。そちらもお願い致します」
「では、失礼します」
一礼し部屋を後にするリード。振り向き際に一瞬見せた笑みは社交辞令ではない歪な雰囲気を発していたことをマルコフは気付いてた。
(ブロンズランクの昇格試験。落ちる方が難しい。試験内容も問題無ければ書類も私が書く。けれど、胸騒ぎがありますね。教師として妙なことを考えて無ければよいのですが……)
その不安は的中していた。
調合の要となっていた「グラスリル結晶」と「冷結晶」。国レベルの動きで入手が厳しくなっていた。国の素材の流れを理解している彼女にとっては既知としていた情報。
(思い通り……!)
主任に嘘や不正は通用しない。
あの3つのうち選ばれるとするなら「魔石」か「マナ・ボトル」なのはわかっていた。「フェアリー」は必須素材の「グラビストーン」の入手が難しいが、店で入手できてしまえば簡単すぎる代物。
「魔石」の可能性もあったけれど、消耗品に加え惨劇の斧にとっては膨大な力を与えかねない。となれば「マナ・ボトル」、魔石ほど魔力は込められず、最低ラインなら子供にでも作れ、惨劇の斧と組み合わせたとしても危険性は薄い。
なら選択肢は1つしかない。そして、主任は国や生徒に対して尊敬に値する程真摯に向き合っている。私達教師にも深い信頼を抱いている。
故に頭に入れる情報にも限界がある。いいえ、任せている情報もある。各教師の自信とする分野の情報に関してはマルコフ先生を超えている。
特に国の素材の流通状況は私でないと把握しきれない!
(あの子が彼の血を受け継いだ子供の訳がないっ……!)
認められない、認めるわけにいかない。
あの人は私と結ばれるべきだった。共に過ごしたあの日々は、偽物なんかじゃなかった。
私達の間にできた絆は紛れも無い本物。ライバルとして競い合うだけの感情じゃなかったはず。それは言葉にできない尊いものだった。
旅に出ると言ったあの日、私も付いて行くと言うべきだった?
それともあなたは私は付いてくるはずだと思っていたの?
何故人ならざる種族と結ばれ、偉大な錬金術の才を有した血を蛮勇な血と混ぜ合わせた? あなたの子供が生まれたという手紙が届いた時。頭がおかしくなりそうだった。嘘だと信じたかった。顔を合わせて話したかった。
名簿で手紙と同じ名前を見たとき、心臓がおかしくなりそうだった。
あんなのが彼の子供のはずがない。角が生えた人に成りきれていないあんなのが。
(だから最低ランクのブロンズも突破できずに逃げ帰る姿が相応しいはず)
けれど、それはどれだけ渇望しても不可能な景色。本当に突破だけなら簡単。合格不可はあまりにも現実的ではない。ブロンズランクを落第した生徒は存在しない。
形と機能さえ成していれば合格してしまう、手に入らなくとも他の素材で代用もできない事も無い。
思い付くだけの知識があってもいい。けれど、知っている。
ケースとなる素材はグラスリル結晶を利用しなければ安定して魔力を閉じ込められない。数回使えば壊れるようなボトルの体を成さない何かが生まれてしまうことを。
その情けない失敗作でも合格できてしまう。それでもいい、合格したという結果はあなたにとっては消えない合格証明となるのだから。
(そしてあなたは私が作ったマナ・ボトルにずっと劣等感を抱きながら、越えられない壁を感じながらこの学校で生きて行けばいい。ロドニーの娘だと名乗ることもおこがましいほど、場違いな存在だと理解しながら!)
私と彼の子供ができていたのなら、誰にも誇れる素晴らしい才能を持った錬金術士が誕生していたのに。
現実はあまりにも残酷だ……。
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