第49話 次のステップ、次の季節
5月26日 火の日 21時00分 どこかのバー
私の考えた策は全て失敗した。最悪の形で。
合格できることは想定範囲内。だけれど、手本を越えた技能と品質を提出されるとは思いもしなかった。
加えてアンナ・クリスティナが作り上げた「アブソーブジュエル」はアルケミーミュージアムに展示されることになる。
まるで道化もいいところ、彼女が上に進むための段差になった気分。
「本当にあの人の娘だと言うの……?」
私だからわかってしまう、わかりたくなくても。
空のような髪色をしていなければ、健康的な肌の色も行き過ぎた色に染まり、人間にはありえない頭の角、何もかも彼の面影を見せなかったのに、サファイアのような青い瞳でもない銀灰色の瞳なのに、立ち振る舞いも見た目も何もかも違うのに、調合の仕方だけは彼と重なってみえてしまった。何度も隣で競い合ったから。目を閉じればいつでも思い出せる彼の調合に向ける眼差し。それと同じ輝きが彼女にも見えた。
「血は争えないものですよ、ロドニー君が錬金術を学んでいた時と、アンナさんが錬金術を学んでいる時、重なる時が何度かありますからね」
「主任……」
私にとってヤケ酒でも主任にとっては祝い酒でこの店にきたのでしょう。ミュージアム展示にふさわしい品なんてここ数年なかったのだから。ご機嫌な様子が伝わってくる。
片手に握られたエール、グラスの半分以上が泡で満たされている主任しか頼まない特注品。それもいい証拠。
それに喜びをわかちあいたいのか隣に座られる。私は勘弁したいのだけど。
「ただ、悲しいですかな。彼女をロドニー君の娘だと証明する手段が存在しない。貴族で錬金術士の血は個人がいくら口にしたところで何もならない」
「逆に彼らしいですよ。肝心なところで何かが抜けている、有能な補助できる人間がいなければ彼は些細な見落としに気付かず大きな事故を起こすタイプでしたから」
課外学習、昇格試験、素材採取、数え切れない出来事の中で何度もサポートをした。
危険物採取では専用器具を忘れて私に全部押し付けられたり、川での採取では足を滑らせて流されていくのを釣り竿で引っ掛けたり、魔獣の尾を踏み共に逃走することになったり、金銭管理も杜撰で金を貸したこともあった。
「おや……認めるのですか?」
「いいえ、私は彼女を疑い続けます。本当に彼の娘なのか、心から納得するために」
面影を感じるから、錬金術の腕前が優れているからじゃない。断固として納得できる証明を探し見つけ出す。彼の娘ではない証拠を同じ錬金術士として。
「……ただ、あのマナ・ボトルは私が作ったものを越えていました。それに、あの課題をこなせるとは思ってもいませんでした」
彼女だけなら、私の思い描いていた結果になっていた。サポートをしたあの2人の助力が大きい。素材採取でいい証拠。ゴーレムの素材なんてまず手に入らない。運で出会えても狩猟が難しいのだから。
それにただの上下関係で結ばれた主従では無かった。特にあの男、惨劇を引き起こす力を手にしておきながらなぜあそこまで殺気も敵意も消せる? 黒い霧の恐ろしさは資料で確認済み、なのに何も恐怖を感じなかった。触れれば魔力を奪われるが乾いた土に水分を奪われる。その程度の感想しか湧かなかった。
殺意も敵意も脅威も感じない、水中で墨が漂っているのと変わらない印象だった。
「それと、ミュージアムに登録する理由は他にもあるんですよね?」
「ええ、今の錬金術士達、これからの錬金術士達、彼等の頭の中に無かった調合方法が出てきたという事実を残しておくべきなのですよ。現在、錬金術の発展は停滞しているように感じます。優れた者を排除する心を持つ者、懐古的な血統主義。様々な思惑が抜きんでる者を拒絶しています。今はまだライトニアが錬金術の最先端に立っていますが、ただ最先端に立っているだけで前に進んでいないのでは? と不安を覚えるのですよ」
主任の言葉は分からないでもない。過去に真理に到達するために磨き上げられた錬金術は徐々に掘り尽くされたように感じる。加えて先人が開拓した道の先端に到達することなく次に託していく。それを繰り返しているようにも。
新たな特殊調合法はそんな凝り固まった考え方に穴を開けるきっかけになるかもしれない。
魔力を使うことが当たり前の錬金術において、彼女が行った魔力を一切使わない調合法は他に類を見ない。これまであった魔力を使わないという名の半端なものとは違う。
本人は魔力を使わないが自然の魔力を集め調合する方法、魔力の放出を抑えた見せかけだけの調合。それとは比べものにならない完成度。
同じことをやれと言われても私にはできない。
「お酒も程々にしてくださいね、弱いんですから」
主任は基本尊敬できる人だけど酔い始めると饒舌になりすぎて何を言い出すかわからないから怖い。このまま錬金術の衰退の講義をされて拘束されても困る。
溶けだした氷がグラスの中でからりと音を奏で、それが帰りを告げる鐘の音であるように、私は席を立った。
「お先に失礼します」
「ええ、また明日」
街灯が照らす道は濡れて光り、肌に小さい粒が当たる。
「雨か……」
そろそろ6月、毎年この時期は雨期が訪れる。
私の心模様と同じように晴れない日々が降り落ちてくる。
次回より第三章「雨の魔神と太陽の錬金術士」が始まります
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