第30話 対価に見合わぬ成果
5月3日 水の日 12時01分 マテリア購買部
授業の鐘が鳴り終えた後、悠々とした立ち振る舞いで一つのパンを手に取り会計を済ませる鉄雄。
「10キラになります。──はい、丁度いただきました。ありがとうございました」」
(これで任務完了か)
大事そうに胸に抱えるは伝説のヤキソバパン。本日入荷される情報はセクリからアンナへ念話で伝えられ、アンナから鉄雄へ念話で購入するように伝えられて昼休憩の直前に購買部へ鉄雄は向かい、楽々と入手した。
会計直後に荒々しく開く扉。生徒達が我先にとなだれ込む。
殺気めいた勢いに押しつぶされないように扉から離れて流れが落ち着くまで店内の陳列を眺めていた。
(ここまでして欲しいだなんて、アンナも中々食いしん坊なんだな……しかし本当にいい香りだ、意図せず食べてしまいそうでちょっと怖いな)
舌を乾かせないような香りの誘惑を耐え、一個まるまる残しておいてほしいという願いを忠実に守り続けている。それはアンナに笑顔を届けるためという微笑ましい使命。
(このまま俺が持っておくよりもアンナに渡しておいた方が良さそうだな。丁度お昼休憩だし階段上れば出会えるはずだ)
これはある意味爆弾だと判断し、早いうちに渡そうと身体を階段に向けて歩もうとすると。
「あっ! テツ! 無事買えた?」
「おお! ちょうど今持ってこうと思ったんだ。ほい、ご注文の焼きそばパンだ」
完璧なタイミングで渡すべき者の腕に収まった。
「よかったぁ~! これで、作り方の方法がわかるわ。ありがとね!」
「……ん? 作り方? どういうことだ?」
喜んでいることに違いは無い。その顔を見て良かったと思えている。しかし、予想と違い食べるという意識が感じられない言葉に鉄雄は疑問を口にする。
「そういえばちゃんと言ってなかった気がする。実はねユールティアって子が、知識を授ける対価としてヤキソバパンを持ってこい。って言ったからどうしても必要だったの」
そう、今の今までこのパンの本当の使い道は知らされていない。ルティに渡される物だとは知らずに。尻尾を振る忠犬のように望まれた物を持ってきた。
「あぁ~……そういうこと……」
「これからお昼ごはんならいっしょに行く? 使い魔ならだいじょうぶでしょ?」
納得はしたが、これでいいのか? という心にモヤが残る。
アンナの為の行動であることに変わりは無くても、見たかったのは焼きそばパンを食べて笑顔になったアンナであり。その姿も知らぬユールティアに与える為では無い。
考えれば考える程、黒く粘ついた負の感情が湧き心を塗りたくろうとする。
「──いや、訓練の合間に寄ったから今は無理だな」
「そうなんだ……じゃあまた後でね」
少しの疑問を浮かべるアンナと、何かを察し悟られないように表情が緩んだナーシャが脇を抜けて食堂へと向かう。
鉄雄はそのまま騎士団本部に向かわず、人通りの無い場所まで移動すると――
「あぁ~……もうっ! 何嫉妬深い子供みたいな態度してるんだよ俺はっ……! 大人の男として情けない!」
自分の行いを恥じた。好意の裏返しと言えば聞こえはいいが言葉通り嫉妬深いことに変わりない。自分が与えた物を他人に渡して欲しくないある種の独占欲。
こんな感情が湯水の如く湧き出ることへの戸惑いが正気へと引き戻した。
親愛の情が強すぎるが故の些細なことでも強く裏切られてしまう。
(大好き過ぎて素直に笑えるのぉー!!)
(うるさいぞ!)
無論魂の同居人であるレクスは最高の観客席で最初から最後まで鑑賞し満面の笑顔で転げ回っていた。
同日 15時10分 ユールティアの部屋
そんな好意は知らぬ存ぜぬな心で、使い魔から渡された献上品がすぐさま別の者に渡された。
「という訳でこれが例のヤキソバパンよ」
「ほほう……袋越しでも食欲を掻き立てるこの香り、見なくても本物だと理解せられる! おお! これがヤキソバパンの姿なのかぁ! 確かにおぼっちゃんやおじょうちゃんは手が出しにくいデザインじゃあないか」
ウキウキと恍惚の表情と浮かべ口から溢れる涎を隠そうともしない。
「こっちは渡したんだから、そっちも──」
「焦らないでくれたまえ、この取引を提案した次の日には完成させておいた。『万象流転法』と『相対消失抽出法』を合わせた調合なんて普通の調合ではまず無理なのさ。だが、このぼく程の天才がいれば可能となる。さぁ、この道具さえ完成できれば調合できるようになるだろうね。君なら1ヶ月あれば完成できるだろう」
自信満々で作成の為に必要な道具のレシピを渡す。
ただ一つ聞き逃せない言葉も一緒に。
「……え? 1ヶ月?」
「失礼しますわね、えぇっと……新たなかき混ぜ棒と錬金釜。必要な素材は……ゴルドリウム、プラチナム、グラビストーン、ゴーレムクレイ。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、オパール、アメジスト、世界樹の枝……どれも希少素材ですわよ!?」
固まったアンナの横からレシピを覗き込み作成方法と必要素材を確認するナーシャ。書かれているのは有名な宝石、貴金属、特殊素材の大盤振る舞い。
「ちょっとどういうこと? こんなの用意できないし1ヶ月!?」
袋から取り出そうとする腕を思わず掴み、詰め寄る。適当な事を書いているんじゃないかという怒りが表情に彩られていた。
「あわわわわ! 止めたまえ!? 何もおかしくは無いだろう? マグヌス・オプスに相当しそうな技術を普通の釜で出来る訳が無いんだ。その2つを別々に使うならともかく併用するなら釜とかき混ぜ棒を新たに作り上げないと天才のぼくですら不可能なんだ」
嘘ではない。目を見て言葉を聞けば、すぐに理解出来て掴んでいた腕の力が緩む。
「6属性なんて普通の釜じゃできっこない。釜を特別性で作り上げても不安定、ならかき混ぜ棒も作れば良い。この2つがあって初めて挑戦の権利を得られると言えるだろうさ!」
自信に溢れた顔で伝えるが、情報を望んでいたアンナの顔は曇っていた。
「……望まぬ結果のようだが、ぼくは約束を果たしたぞ? 何をそんなに悩むんだい? 多少厳しいかもしれないが不可能では無いだろう?」
「……昇格試験の期日に間に合いそうにないの」
最短で一ヶ月。その時間も最初から全ての素材が揃っていることが前提。
一から全部集めようとすれば一ヵ月で収まらない、
アンナは試験の為に知識を積み重ねた、だからこそ自然と分かってしまった。
「ふむ、残念だがぼくに頼るのが遅かったと見える。ゴールドランク昇格の壁は相当厚かったと諦めるべきだね。ではいただきます、あむ……うむ、評判以上の味じゃあないか。殆どの人は食したも無いのにさも食したように噂を広げてるとみた」
安全な空気を感じ取ってヤキソバパンにかぶりつき分析しながらゆっくりと噛み締める。
ただ、アンナは彼女の一言に引っかかった。
「えっ……?」
「むっ……? おかしなこと言ったかい? 食すことができなかった者の──」
「そっちじゃなくて、わたしが受けてるのブロンズランクなんだけど……」
食べる手と口が止まり。口の中に残っている食べ物をしっかりと飲み込むと――
「ふあぁぁあああああああ!!? ブ、ブロンズ!? ブロンズランク!? ブロンズランクでこんなのを求められてるのかい!? ぼくが引きこもっている間にそんなに学校のレベルが跳ね上がってるというのかい……!? まさか封印されてしまっていたのかぼくは……?」
自身の想像とは全く違う事実に驚愕の意を全身で表現した。引きこもっていた間に時代の波に取り残された焦りも加わり言葉の抑揚が激しく波打っていた。
「いやはや、ぼくの時はただ既定の技能を発現できれば合格だって言うのに時代は変わったね──」
「──ルティさん!!」
「ふえ!? ──むぅ!?」
口を俊敏に閉ざすも、零れた言葉は拾えない。
はっきりと耳に届いてしまっていた。
「──どういうこと?」
聞いてはいけない事を耳にしてしまった。言ってはいけないことを口にしてしまった。
ルティの言葉は全て理解できる。何を言っているのか理解できる。それが嘘でないことも理解できた。ナーシャの態度が確信を与えてしまった。それでも聞かなければならなかった。
「……またぼくは何かやってしまったのかい?」
「…………言葉通りですわ」
自分は何のためにがんばっているのか、何のために力を貸してもらっていたのか。アンナの中で何かが崩れる音が響き渡った。
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