第29話 お給料でアップグレード!
5月2日 17時00分 騎士団 調査部隊部署
「テツオ、昨日渡しそこねたけど君の給料だ」
訓練を終えて帰宅しようとする鉄雄に手渡される一つの茶封筒。言われた言葉は一言一句理解できても、頭の片隅にも無かった贈り物に困惑するしかなかった。
「給料? 俺に? え? もらえるんですか!?」
喜びと困惑が半分ずつに混じり合った状態。
自身は確かに調査部隊の隊員だと理解していても日々訓練に勤しむ身で分かりやすい騎士の仕事は未だ未経験なのだから。
「もちろん貰えるとも。君も調査部隊の一員だからね。ただ先月は途中で入隊したから少ないのは理解してほしい」
「そんな! もらえるだけ嬉しいですよ! ありがとうございます! え~と……」
異世界に来て初めて手にする給料。冒険の果てに見つけた宝箱を開けるような高揚感の下、封筒の封印を解き放つ。
恐る恐ると指を指し込み引き出すと二枚の10000と書かれたお札、つまり合計2万、異世界に来ての初給料は2万キラとなった。
「へぇ~……2万キラなんてやるじゃない」
「ってキャミルさん。まじまじと覗かないでくださいよ」
目敏く企み顔で鉄雄が取り出して観察していた紙幣を盗み見る。
「って言っても大体騎士団員の給料って2~3万キラなのよね、そこに成果報酬だったり役職手当が重なるのよ。レインは大体4~5万よね?」
「あまりそういうプライベートな事は話したくないのだが……」
「これは失礼。でも、テツオはこの世界の金銭事情に詳しくないんだから先輩としていくつか教えるのも仕事なんじゃないかしら?」
先輩風を吹かせながら質問を渇望し、承認欲求を満たそうとするキャミル。頼られるという蜜の味は彼女の渇きを癒していたようだ。
「大体はなんとなく分かりつつあるんですけど、さっき言ってた成果報酬って何ですか?」
「言葉通りよ。通常業務に加えて依頼された仕事を達成すると貰えるお金ね。テツオの場合はこの前やった宝物庫の鍵開け作業のことよ」
「ああ、なるほど……」
「本来ならもっと多いけど、金塊と差し引いた金額がそれだと思ってくれていい」
「…………な、なるほど」
命がけの宝箱開錠作業は罪人の刑期短縮だけでなく、騎士団員の成果報酬稼ぎにも利用されていた。
無論安くは無い。それを殆ど開けてしまったということは。自然と膨大な金が手に入る。
しかし、金と交換してしまい報酬金は大きく打ち消された。
必要な素材であること、希少品を余計な労をせず手に入れられた事実を無視できないが。
鉄雄は苦虫を噛み潰したような納得しきれない顔を浮かべることしかできなかった。
「そんなわけでお給料を手に入れた訳だ」
帰宅後、主従会議という名の今後の相談が行われる。
議題は「お金の管理について」。
テーブルの上に広げられる二枚の1万キラ紙幣。
それをまじまじと見つめるアンナとセクリ。
「そういえばわたし達のお金ってどんな風に消えていくのかな?」
「……ようは食費とか買い物代とかそういうことか?」
「うん。入学祝いって形でお爺さん、あっ、お父さんの方のね。そのお爺さんからお金もらってたの。確かこの模様の紙を20枚ぐらい」
「20万キラ!? 今、どれくらい残ってるんだ!?」
なんとなく日本円との比較が出来てきた鉄雄の脳内ではその金額はど肝が抜かれる数字。そこまで工面されるという事は、言うなれば期待の裏返しだと察してしまう。
「え~と……器具の購入やら素材で色々減ったけど、残りは5万と3476キラね」
「合計7万とそれか……ってアンナがこっちにきてからまだ1ヶ月経ったぐらいだろ!? 初期投資に金が掛かると言っても使い過ぎじゃないか? 俺101キラなのに?」
余りにも荒々しい金の扱い方に冷静さを失い驚愕の声を荒げてしまう。
現在の手持ちと比べても余りにも差がありすぎる。何に使ったのか当然の疑問が湧くのは自然で、鉄雄は祝い金の0.05%の男である。
「だってこっちにある器具って村にいた時とは考えられないぐらい便利で種類もたくさんあるんだもん! 粉砕機や分離機なんて1度知ったら手放せないって!」
雛鳥のように口を尖らせて正当性を主張して反論する。
「まあまあそんなにムキにならないで。気になってはいたからボクも色々と調べてたけど、錬金科の生徒はここでの利用料に一切お金はかからないみたいだよ。でも、食費だけは別みたいなんだ」
「大体どれくらいかかってるんだ?」
「うん、食費はかかるって言ってもね、寮のみんなで食料は持ちつ持たれつみたいでそんなにかかってるわけじゃないんだ長が言うには一日100キラ以内に収めるのが良いって」
「俺は俺で食堂代で大体1日50キラ……休みはここで食べてるから25日の1250キラか」
「そういえばナーシャに食堂で食べるときはお金が必要ないって言ってた気がする」
「……分かってはいたけど凄まじい恩恵だな」
「え~と、簡単に書くと月々の食費代が1日100キラの30日で3000。テツオの1250を足して4250キラだね」
「余裕とか予定外の出費も考えて5000キラが妥当だろうな。それでも、15000は余るんだから……いや、どうなんだ? でも最高が5000だから考えすぎか?」
三人の月の食費代は5000キラ。高いか安いか、足りないか多いかはこれからの三人の生活模様によって判明していくだろう。
第一、鉄雄の給料だけで全てを賄える程、錬金術は安くない。
「それで、大変欲張りなこと言ってしまうんだけど……1万キラ。ボクにください!」
両手を重ね、深々と誠心誠意頭を下げて懇願する。
「給料半分っ!? ……セクリが言うくらいなんだから何か必要不可欠なことなんだよな?」
音域が狂った裏返った声が吐き出されるが、何とか冷静に後に続く言葉の音程を戻す。
「実はメイド服の新しいのが作られたんだけど、着る為には1万キラがどうしても必要なんだ」
「確か今は前使っていた人のお古。って話だったか?」
現在のセクリはサイズが合っていないメイド服を着ている。スタイル抜群の姿を綺麗に瀟洒に収めることは不可能であり、腰回り胸周り、裾、スカート丈、所々が歪で下品に見えてしまう。
だからこそオーダーメイドでピッタリな服が必要になった。
「だからお願い! これからサポートもっと頑張るから!」
「まっ、いいんじゃないか? セクリには世話になりっぱなしだし、いつまでも他人のお下がりじゃ格が知れてしまうもんだ」
「テツ、いいの?」
「いいんだ」
惜しいと思う心を押し殺す。給料半分が痛い訳が無い、しかしこれは自分一人で手に入れた給料で無い事は重々承知していた。
アンナの錬金術はもちろん。縁の下の力持ちとして活躍しているセクリ。特にセクリは何かが欲しいと言葉にすることは無く、自分で金を稼ぐようなことをしている。
セクリの全てを貪り尽くすような真似は到底できるわけが無かった。
「ありがと~! 色々サービスするから! それじゃあ早速長の所に持って行って手に入れて来るね!」
欲しかった物を手に入れた子供のように意気揚々と部屋を後にする。その後ろ姿に少しは溜飲が下がった。
「わたしのお財布から出してもよかったのに」
「それは最終手段としてとっておくべきだな。できるだけ俺達だけで稼いだお金で生活するのが一番いいと思う。別の誰かのおかげで成り立ってるってのは性に合わないからな」
「わからないでもないね……」
「じゃ~ん! 着替え終わったよ! どうかな?」
ほんの数分後真夏の太陽に負けない眩い笑顔で新生メイド服を着飾り、クルりと一回転して全身を見せつけた。
黒いワンピースであることに違いは無いが、あらゆるサイズがセクリに合っていた。これまで歪な皺や空間を隠していたロングエプロンが無くなり、サロンエプロンを新たに巻いている。
これにより魅力である豊かな双丘を隠すことなく綺麗に収まり、胸元もリボンタイと共にしっかりと留められ、いやらしさとは無縁のものとなる。
袖丈もサイズにあった長さで余分な皺も無く、大きく動いても服に邪魔されることの無い可動域。
スカート丈も膝下となり、素早く動いても足が掛かるという事も無くなった。
そして、足元も艶のあり品の良いローファーへと履き替わり上から下まで歪さは無くなり清廉瀟洒な印象を与える装いへと変貌した。
「随分と変わったわね! なんだか隙が無くなったって言えばいいのかしら? 何だか動きやすそう」
「綺麗、というべきかかっこよくなったのか? ここまでとなるとオートクチュールって奴なんじゃないか? そりゃ高い訳だ……」
姿勢を正し、表情を淑やかにすれば王宮貴族の使用人と通じるレベルへと成り上がった。今までは最高の素材を適当な調理と主役を隠すような盛り付けで台無しにしていたが、一流の人間の正しい技術によって本来の姿がお披露目された。
「そんなに褒められると照れるよ……! あとそうだ、スペアとか季節用も含めた値段だったみたい」
「確かに仕事着が一着だけってのも味気ないもんな。よく似合ってて良かったよ」
高い買い物だったが後悔なく正しくお金を使えたと心から納得できていた。むしろ先のことを考えれば安い買い物だと理解できた。
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