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第34話 星の下で裸の付き合い

 宴も終わり、食事処では酔い潰れた大人達が散乱としている。こう大人しくなってしまえば楽なものだが、酔っ払いの相手はストレスが溜まる。

 この姿を見て酒を呑みたくなる気持ちがどこか遠くに行ってしまった。


「何だか変な盛り上がりしたね。酔っ払いが嫌いって気持ち何となくわかった気がする」

「の、割には随分とご機嫌な表情をしているじゃないか」

「うるさい」


 角の側面を腕に押し当てて抗議してくる。緩んだ表情で繰り出されるそれに何となく嬉しく思えた、アンナとの距離が縮まった気がして。


「こちらの片づけは私達がやっておきますので、皆さんはお風呂へどうぞ」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 共に食事をした人とはいえ、疲れが残ってる体で酔っ払いの世話はしたくない。

 宿屋の女将さんのご厚意に甘え、その日の疲れを洗い流すためにも俺達は浴場へと向かうことにした。


「……それにしても、王都から離れた村の宿。というには立派で少し驚いたな。造りもしっかりしてるしそこそこ広いし」


 大人数で食事ができる食堂に、談話室、浴場。俺達三人にそれぞれの個室。最初からここをあてにして計画を立てればよかったのでは? と思ってしまうが、事前に調べることができないのだから言葉にしても仕方ない。今この結果を満喫するだけだ。


「村人みんなで使うお風呂に休める場所とか色々と追加して今の形になったんじゃないの? わたしの村も温泉の近くは使いやすいように改造改良されていってるんだ」

「確かに身体を休める場所って大事だからな。にしてもアンナの村に温泉があるのか……機会が来れば行ってみたいものだ」

「そんなに期待するものじゃないって。寮のお風呂の方が使いやすくて便利だって」


 そう言いつつも村が期待されることが嬉しいのか機嫌の良さがうかがえる。 


「寮のお風呂レベルなんてそうそう無いって。おっ、ここがそうかな?」

「え~と、こっちが女湯で、そっちが男湯ね。間違えて入ってこないでよ!」

「アンナと逆に入ればいいから間違えようが無いんだよなぁ」


 文字が掛かれた二つの扉。何を書いてあるのか想像はできても確信が無いのが辛い所だ。こういう場所で間違えたら変態の烙印を受け入れるしか無いってのも辛い。帰ったら少しずつでもこの世界の文字を勉強しておかないとな。


「あれ、どうしたの?」


 男女別れて扉を開けて入ろうとする俺達に対し、その真ん中で一人足を止めるセクリ。


「ボクってどっちに入ればいいのかな?」

「そんなの女――いや待て! どっちだ……?」


 本当にどっちだ!?

 体付きは女性より、顔も声も中性的とはいえ女性より。だがしかし、股の間からそびえる塔は紛れも無く男の象徴だった。

 仮に女湯に入った場合湯に入っている時は大丈夫かもしれないが、もしも見られた時の状況が最悪すぎる。

 仮に男湯に入った場合はどうだ? 男側の反応がまるで読めない……俺も男だけど戸惑うし混乱する。極度の女性嫌いが混じってなければ通報沙汰にはならないと思うが……。


「たしかにわたし達は見なれたからいいけど。他の人が見たら……」

「見慣れるのもどうかと思う……ただ、今日のところは多分貸し切りだと思う。この問題は後で考えて、セクリの好きな方に入ればいいんじゃないか?」


 落ち着け俺、状況的に俺達以外の人が入って来るとは考え難い。

 今回は実験と考えよう。アンナがどう感じるのかも知っておきたい。混浴があればいいのか、一目に触れさせない方がいいのか。両性具有だからこその問題だなこれは。


「じゃあ男湯の方に入ろうかな?」

「──!? こっちか……」


 正直言って予想外。選択肢としてはあったけど、アンナの方に向かうと何故か思い込んでいた。


(グランド)主人(マスター)だけじゃなくて主人(マスター)とも仲良くしたいからね」


 俺だけが考えすぎかと嫌悪感の欠片も無い「何故そんなことを?」といわんばかりの純粋な瞳。


「決まったみたいだからわたしは先に入ってるから」


 押し付けるわけでも、軽蔑するわけでも、嫌悪するわけでもなく、本当に自然にセクリと俺が一緒の風呂に入る事に疑問を感じていない。平坦な日常の一コマのようにセクリが男湯に入るのを認めて、共に入浴することに異議を立てることも無い。逆でも普通に入っていたと確信が持ててしまう。

 より敬意が高まってしまうぞアンナ。

 

「ふふん! それにボクは知っているんだよ。女の人の前に裸の男性が現れた緊張や恐怖や嫌悪感が湧くこと多いのに対して、逆だったら緊張はあれど同時に興奮や好奇心が湧くって」

「……あながち間違っては無いだろうな」


 一応考えてはいたんだな。

 とにもかくにもやっとお風呂に入れる。靴を脱いで脱衣所に踏み入れると、想像通りの貸し切り状態。こじんまりとしていながらも銭湯でよく見かける木製棚の中に納められた網籠。湿り気を帯びた木の香りが鼻をくすぐる。

 随分と懐かしい雰囲気出してるな……隠れ家的秘湯というか。ワクワクしてくるな!

 俺は温泉の場合一回の入浴で最低一時間は楽しむことを心情としている。全身浴、半身浴、足湯をループさせながら全ての湯舟を堪能する。

 特に好きなのが露天風呂。自然を肌で直に感じながら解放感を堪能し、合法的に原始の姿に戻り着飾る物無く自分と向き合い見つめ直すことができる特別なスペース。 


「タオルも置いてあるね。でも何で2枚?」

「お風呂に入るのも初めてなのか?」

「身体を清潔にする行為っていうのはわかるんだけど、こういった場所での入浴は頭に入ってないよ。だから主人(マスター)に色々教わらないとね」


 目に映る全てに興味を持ち撫でるように触れて確認していく。見た目は普通に大人だから勘違いしそうになるけどよく考えればあの中で封印されていた訳だよな。知識が偏っていてもおかしくない。

 一つ一つの使い方や役目は理解していても、場所や状況、組み合わせが変わればルールは変わる。


「厚めの方が風呂上りに身体を拭く用で、薄い方は浴場用だな。身体を洗うのに利用したり大事な所を隠したりだ。服はここだな」

「ふんふん。大事な所……」


 何故そこで俺の下半身に視線が向かう……。

 まだ下まで脱いでないからいいが──


「間違っては無いけどジロジロ見るのは同性異性問わずマナー違反だからな?」

「そうなんだごめんね」


 この言葉はブーメランにもなる。

 人形のように固まった裸体を見ていた時はすぐに落ち着けたが、服を着ている今の方が魅力や情欲を誘う力が高まっている。生き生きと動き、人懐っこい態度と表情、耳心地の良い声。疎ましさを感じさせない距離感。

 男とは凄まじく単純な生き物であることを改めて理解させられた。

 こんなの自動的に好きになってもおかしくないって! 無理にでもアンナの方に行ってもらうべきだったか?

 さらにいえばセクリのどこに視線を向ければいいのか未だ分かっていない。胸元に向けるのも失礼だと理解している。顔や目が正解なんだろうけどただでさえ美形なのに朗らかな笑顔で可愛げがプラスされて正直向き合うと勝手に照れて視線がズレる。


「折角裸の付き合いなんだからぁ、色々と主人(マスター)のこと知りたいなぁ」


 身体を隠すことなく堂々と衣類を脱ぎ、服に釣られて上がった二つの果実が開放と同時に音が鳴りそうな程こぼれて揺れた。いや、実際に鳴った。下半身が衣類で隠されていると身体が引き締まった女性にしか見えない。


「それじゃあ先にっ!」

「あっ! ひどい!」


 裸は地下でさんざん見たけど、今のセクリにそんな情報は無意味。

 俺は女性と仲良く過ごした経験など無いんだ! 仮にあったとしてもここまでのレベルを相手に平静を保つなんて無理だ。

 足早に逃げながら引き戸を開くと、うすら寒い歓迎と共に小さな洗い場と大きな露天風呂が一つ。木材の壁に囲まれ湯舟の上は自然の天井。

 空は満天の星空模様が広がっていた。


「おお……!」

 

 このこじんまりとした感じが詫び寂びなんだよなあ

 寮の美麗な建築とは程遠い、年季の籠った木の桶や椅子。洗い場にシャワーは無く蛇口があるだけ。

 残念ながら石鹸が置いてない。用意もしていなかった。最低限のマナーとして身体の汚れをお湯とタオルで流してから湯舟に足を付ける。


「あつっ……!」


 熱い歓迎に思わず水面を弾く。ゆっくりと差し込むように足だけを入れて石の縁に腰を下ろす。夜風は涼しく足で温められた血を冷ましてくれる。こうしているだけでも気分が良い。

 

「お待たせ! 早速色々と裸の付き合いを──」

「先に体の汚れを洗い流してからな~」

「はーい!」


 靴の用意がなくセクリはダンジョンを脱出するまでは裸足で上がって来た。魔力による強化や防御により足元の保護はできていても全てを拒絶できたわけではなかった。

 村についてから靴も与えられたが汚れは落としきれていない。

 ふと様子を見ると足を中心に洗っているようだが、怪我は無さそうで安心した。


「これでよし……っと。それじゃあ主人お互いの理解のために──」


 堂々とこちらに近づいて俺の隣に腰を掛けてくる。

 ただ不思議なことに先程よりも狼狽える気持ちは湧かなかった。多分ここが風呂場だからかもしれない。裸は当たり前だし、ゆっくりと身体を癒す為の場所。

 戦いも終わってようやくゆっくりできる。そう心が感じ取ってしまったんだろう。


「どうしたの?」

「いや、手が届きそうだな……って」


 王都よりも少ない街灯。山の中。

 穏やかな風、雲も少ない、真っ暗な闇に一際輝く満月に、満天の星空。

 無意識的に煌めく夜空に向かって手が伸びる。届かないからこそ手を伸ばす。見たことの無い光景だからこそ余計に強く。


「こんな星空は初めて見た。星も月も同じでも、輝きがまるで違う」


 身を包む物は何もなく、着飾る心も無く、純粋にそう思える。


「あっ! ほら、こうしたらボクの手の中だよ」


 両の手で救い上げた湯の中に映るのは月。得意顔で見せられる鏡花水月。

 湯けむりと一緒に手の器から儚く零れて消えていく。

 

「随分粋なことをするもんだなぁ」


 風情ある行為に思わず顔が緩んだ。


「やっとこっち向いて笑ってくれた」 

「え?」

「全然ボクの方見てくれないし、何だか避けるように大主人とばっかり話すし。このお風呂は仲良くするチャンスだと思ったんだよ?」

「裸の付き合いってそういうことだったのか?」


 正直言ってアッチの方面の話だと思ってた。子作りがどうのこうの言っていたから勘違いしても仕方ないじゃないか……。


「うん、そうだよ。何も身に付けていない、隠しごとなんてできない。お互いを知るにはありのままの姿が1番だと思わない?」


 セクリは湯の中を進み波と湯気をたたせて振り向き真っすぐ俺を見てくれる。

 こうして見ると一枚の絵のように本当に綺麗だ。

 男性とか女性とかの括りじゃない、セクリはセクリと決めた方がいい。


「ボクは主人の、テツオのこともアンナのことも知りたい。同じようにボクのことも知ってほしい。だからちゃんと見てほしい」


 月明りのライト、湯けむりのベール。神秘的に写される生まれたままの姿。差し出される手。掴もうとすれば消えてしまいそうな儚さ。

 でも、俺はこの手を握れない。


「……正直言ってさ、セクリにアンナが取られないのかが不安なんだよ。俺はようやく役に立てそうな土台ができたばっかりだけどさ。セクリはもう色々揃ってる。もしも先にセクリがアンナと出会うことがあれば、俺は手を伸ばしてもらえることはないから」


 言葉で応えるしかなかった。情けない自分の心を吐き出すしか。

 セクリはタイムスリップをした人間と変わらない。常識を知らないだけであらゆることに対する知識の土台は出来上がっている。もしも、競売所で出された問題をセクリが受けたとしたなら、俺と比べるのもおこがましい程の結果が出るだろう。

 空に浮かぶ満月と散って落ちる木の葉な程。


「大丈夫、ボクは2人の敵じゃないから。それに2人がいてくれたから封印が解けられたんだよ? 逆はありえないよ」


 俺の手が優しく穏やかな笑顔で握られる。こんなことされた記憶がまるでない……。


「分かってはいるんだ、こんなもしもに意味は無いって。でも、どうしても考えてしまうんだ。優秀な誰かが自分の居場所を奪っていくんじゃないかって」


 前の世界で嫌な程味わった社会の『椅子取りゲーム』。一度も勝つ事が出来なかった。どんどんどんどん下層に追いやられていく感覚が忘れられない。落ちることは余りにも簡単なのに、上を目指そうとすれば鼠返しのように這い上がる事が遮られる。

 力が手に入っても心に根付いたあの感情は── 


「よーしよし……怖い思い出があったんだね……」

「えっ──!?」


 顔が柔らかく甘い匂いに包まれる。一瞬何が起きたのか理解できないほど、頬に伝わるこの感触は夢に落とされる。五感の全てで安心してしまう。このままでいたいような、そんな──


「ボクは2人に感謝してるんだ。ずっと眠っていたかもしれなかった。最後まであの場にいたかもしれなかった。でも、こうして外にでることもできて、役目をくれた。だから好きになりたい。ずっといっしょにいたいんだ」


 セクリも不安があったのか……ああ、でも思考が纏まらない……こうしているだけ気分がすごい良くなってくる……ってダメだダメ!


「ぷはっ! はぁ……こんな風に自分の心を話したのは初めてだな……」

「ボクが初めての相手なんだね」

「言い方ぁ!」


 湯舟と湯気のおかげで顔の赤さは目立たないだろうけど、アンナが赤ちゃんに戻されると言った意味がよく分かった。この魅惑的な双丘はもはや兵器。理性が無かったら何度でも求めてしまいそうな中毒的な魅力が詰まっている。しかも母乳が出るまでときた。

 威厳と尊厳を簡単に破壊できる能力を秘めていると確信を持って言える。


「ちょっと! 随分と楽しそうじゃない。こっちは1人で静かなんだけど!」

「覗きは犯罪だぞー」


 何時からか聞き耳を立てていたのか、我慢できずに仕切りに手を掛けて顔だけを男湯に出して口を挟んで来た。我が主としてその行為は恥ずかしいと思えるぞ。


大主人(グランドマスター)もこっちに来る?」

「それは止めとく。テツが耐えきれないでしょ?」

「「たしかに」」


 裸の付き合いのおかげか絆が深まった事実がここにあった。

 ただ、俺は。同時に自分の身体に大きな問題が芽生えていることに気付いてしまった。気のせいだと思っていた。疲れているだけだと思っていた、リラックスしているせいだと思っていた。

 確かにここ最近は静かなものだった。良い所を見せようと必死だった。そんな姿は見せたくないと思っていた。気にする暇はなかった。

 いつからこうなっていた? 転移前か? 競売所か? 恐らくその辺りがきっかけだろう。

 アンナに対してなら確実に分かる。ただこのセクリを前にしてもまるで何も起きないのはおかしい。俺は……考えるだけでも悲しいことだが、男としての能力が「不」に陥ってしまったかもしれない。

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