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第35話 夜の帳に動く影

 4月14日 火の日 16時20分 錬金学校マテリア


 授業も終わり生徒達が帰宅している時間。それを見計らってか教員室で明日の準備をしているマルコフの前にレインとキャミル、二人の騎士が訪問していた。


「おや? あなた達がここに来るのは珍しいですね。何かありましたが?」

「急ですいません。私が連れて来たアンナ・クリスティナ。その使い魔について教えてもらえませんか? 詳しい情報がまだ届いていなかったので」

「そうでしたか、あなたも驚くかもしれませんが、種族は人間、名前はカミノ・テツオです。漢字の名前も一緒に書かれていますよ」


 差し出されたアンナの名簿には本人だけでなく使い魔の情報も記載されている。


「漢字の名を持っていることはフォレストリア人ですか? それも高い身分の……」


 『惨劇の斧』はフォレストリアにある『魔喰らいの棺』と呼ばれるダンジョンの最奥に安置してある。

 漢字の名を有している人間はこの世界では基本フォレストリアだけ。レインの頭の中では情報の辻褄が合い始めていた。


「いいえ、彼は異世界人です」

「異世界人!? ということは召喚によってカミノ・テツオはやってきたということですか!?」


 前後関係があやふやとなる。ライトニアで召喚し、フォレストリアに向かい斧を手にする。そして、ライトニアに戻ってくる。地理的に言えば不可能ではないが、異世界人に知る由も無い『惨劇の斧』を目当てに動いたことになり矛盾してしまう。


「それも違います地下競売所で購入したようですね。その後直接使い魔契約を行ったそうです」


 マルコフの情報網は広い。特に錬金術に関する情報であるなら長年過ごして来たこの王都で知らぬことは少ない。競売の情報も自然と入り、そこに出入りしていた生徒も既知としている。


「……なるほど他に情報はありませんか? 特別な力や知識を持っていたとか」

「いえ、そのような話はありません。ですが、101キラで売買されたという情報は残っています」

「101キラ!? どういうことですか!?」

「魔力も無くアビコンの比較でも酷い結果が出たようで……私が知れたのはここまでです」


 レインの頭は余計に混乱した。

 101キラという金銭価値はちょっといいお昼を楽しむ程度の価値。食堂のランチメニューを二つ同時に頼んだ合計値。

 惨劇の斧を操る人間に付けられる価格では到底ありえないと理解している。

 だが、全ての間が悪かった。

 斧の存在が分かったのは競売の後。鉄雄達がこの部屋に来た時は自室に安置。ナーシャとの採取にも利用されず、初めて振るわれたのは巨大花のダンジョン。

 レイン達が斧の持ち主を知ることができたのはあまりにも幸運だったと言えるだろう。


「……わかりました。ご協力感謝します」

「お役に立てたは分かりませんが、ご苦労様です」


 礼をしてその場を去る。廊下を確認し盗み聞きするような生徒がいないことに安心し次の目的地へと歩を進める。


「嘘や演技は無かったわね。まあ、する理由もないでしょうけど」

「ああ、流れとしては異世界人の男が地下競売所で商品となっていた。それをアンナちゃんが購入した。その後にどういう訳かあの男が惨劇の斧を持っていたということだろう」

「何かしらのカラクリがありそうね。斧があれば絶対に単品で売るか、危険を感じて騎士団に提出されるはずだから」

「今は想像しかできない。とにかく地下の競売所に向かおう。売買証明書や出品リストが残っているはずだ」



 同日 17時00分 王都クラウディア地下街


 王都の地下街は美観も統一感も無い根っこのような迷宮が広がり、加えて地下に住む者も把握しきれないほど地上や下層に繋がる通路が多く、騎士団の目で全てを捉えることは不可能となっている。

 そこは貧困に追われた者、住民権を得てない者、そして浮浪者が多く存在する無法地帯。才能や環境に恵まれなかった者達が流れ着く吹き溜まりとも言える場所。

 そして、その腐ったような環境に相応しい悪意が成長している。国の監査が届かぬ影の中で違法とされている危険性の高い素材や、依存性のある薬を法外な価格で売買する者が『裏市場』で幅を利かせる。

 希少な素材は錬金術の才に乏しく素材の能力を引き出せない貴族達の手に渡ることが多い。だが、この場は理不尽に平等。対価に応じれば望む物が手に入る。

 誰も彼もが身分の高い者ではない。能力があれど実現させるための材料が足りない。そんな理想を叶える為に利用されることもある。

 故に違法であれど多くの者は目を瞑る。

 ここが無くなれば権力者に尻尾を振ることでしか希少素材が手に入らなくなる可能性が高いから。


「異世界人の男の取引情報について教えてほしい」


 彼女達は騎士団の中の調査部隊、以前より地下街の調査は進めていた。ある程度の店舗の場所、商人の顔等は把握済み。

 そして、競売所を担っている人間程度、学校から出た時点で把握済み。


「困りますねえ、いくら騎士様といえど情報の開示は──」


 あの日鉄雄達を販売した競売人。相当な利益を手にしたのか身に付けている装飾品の数が増え、服装の質も上がっていた。

 その装いが自信となっているのか、レインと知っていながら飄々とした態度で我を通そうとする。が──

 吐き出す言葉は肯定以外を望まないと言わんばかりに軽々と首根っこを掴み、壁に押し付けられ、瞳の真横にレイピアの刃が突き刺さる。


「時間が無い」

「ぐっ!? こんなことを――!」


 視線を横に向ければ煌めく刃に映る自分の顔。氷のように冷たい刃が肌を伝わる。

 この場には騎士崩れや傭兵、暗殺者と無法者も数多くいる。彼を守護するために金で雇われた者も多い。

 しかし、誰もが手を出せない。いや、出したくない。数的有利は意味を成さない圧倒的な実力差、離れていても喉元に刃が突き付けられているかのような威圧感。

 全身の細胞が警告を感じ取り冷や汗が出ていた。

 その中で自由に動けるのはキャミルのみ。机や棚を漁り目的の書類を探すと──


「見つけたわよ! え~と……異世界人の男、名前、カミノテツオ。売買価格101キラ……やっぱり冗談じゃなかったのね……」

「異世界人だから高く売れると思ってたんですがねえ。実際期待はすさまじくて興奮しましたよ。ありえない数値がでるんじゃないかって。ははっ! たしかにありえない数値がでましたねえ! あまりにも無能過ぎて!」


 欲望が張り付いた自虐的に笑う姿、人を物と金と見る思考に嫌悪感が湧き、刃を握る力が強くなる。


「比べてあいつが持ってた道具はかなり高額で売られてるわね。10万キラ以下は無いじゃない……」


 時計、スマホ、PC、異世界の硬貨と紙幣。この世界では発展しなかった技術の塊。特に時計はこちらの世界でも用途は同じ。誰もが認知している道具であり装飾品。だが、異世界の技術が組み込まれた一品。逃せば絶対に手に入れることのできない唯一無二の存在。故に誰もが欲しがり最も高い価格を叩き出した。

 1000倍近くの差はあまりにも残酷で楽観視できないほど同情してしまう。


「普通の人間以下の能力で誰も買い手が付かないかと思っていましたがね。もう頭の中はどう処分するかで一杯でしたよ。褐色肌に白い角の生えた女の子が購入した。救いの天使かと感謝するしかありませんねぇ」


 低価格を裏付けるアビコンによる推定能力値に知識確認の問答結果も事細やかに記載されており思わず。

 

「言ったら悪いけど購入する理由なんてどこにも無いじゃない……」


 本音が漏れた。

 騎士団の一員であるからこそ余計に。

 最初は希少性で自慢できる可能性もあった。だが、異質な外見的特徴を持たず、そこらの人と変わらない。身に付けている物が無くなれば異世界人との証明は不可能で価値は消える。

 そんな無価値の男だったからこそアンナにとっては天上の施しと言わんばかりのチャンスとなった。切羽詰まった状況を打破するため、マテリアの入学試験を突破できるか否かの瀬戸際、その価値だからこそ合格できた。


「彼は本当に何も持っていなかったのか?」


 虚偽の心を凍て殺しかねない刃と瞳。本題はここ。


「嘘なんて吐きませんよ! ボディチェックもした! アビコンも利用した、何度も! 魔力が無いのも! 唯一の褒められる点は怪我も病気も無かったことですよ!?」

「自分からここに来たってことはありえないわよね。誰に連れて来られたの?」

「たまに利用する盗人共ですよ! これ以上は──ひっ!」


一滴漏れ出した血粒が凍り付き肌を襲う。


「全部話してもらう」

「わ、わかりましたあぁ……!」


 観念するしかできず、蛇口を捻った水道のように知っている情報を吐き出した。もしも取引相手が名家や貴族であるなら死んでも話さなかっただろう。だが、奪うことでしか生きられぬ馬の骨。彼等の信頼と自分の命を天秤に量った時、すぐに結果は出た。


「3人組の盗賊団。『魔喰らいの棺』で『惨劇の斧』を盗もうとしたがカミノテツオを捕まえた」


 盗賊は相当気を良くしたのか、この男に聞いてもいないのに丁寧に全てを口にしていた。

 横穴を掘って侵入した、睡眠薬で鉄雄を捕まえた、馬に乗せて運んだと。


「ただ、奴らが言うにはアイツを捕まえる時に魔力を吸われる感覚は無かったみたいですねえ。ひょっとしたら奴らが入る前に既に別の盗賊が奪ったかもしれませんねぇ」 

「彼等が金を受け取りに来る時間と場所は?」

「いや待て! それはダメです! 今後の取引にも影響が出かねない!」


 無法地帯ではあるが。守るべき制約(ルール)は存在する。

 それは等価交換。一度決めた価格で取引成立した場合は以後価格の変更は許されない。また、強奪行為もすり替えも許されない。何かに罰せられる訳では無い。だがここにいる誰もがそれを守っている。

 これは制約を破りかねない。金銭の受け渡し時に取り締まりが行われれば契約不履行。加えてその情報が取引先から流されたとなれば将来的な信用も無くなる。

 

「冷静になりなさい。これ以上は無理だと思うわよ? 学が無い連中が覚えてることなんて彼の言ってることと大差無いだろうから」

「……分かったこれで失礼しよう」


 刃は抜き取られ掴む腕も緩まり解放され、場を支配していた威圧感も消え去る。

 報復をしようと刃を構える者はいない。獅子の腹が膨れていた。だから喰われずに済んだ。そう感謝の意を持たねば死ぬ。彼女の前では牙も爪も無い弱者に徹するしかなかった。

 地下街から彼女達が消えるまで、全ての商売は止まっていた。


「彼はどういう訳かあの場にいた。誰も知らずに惨劇の斧を手にすることができたのか?」

「魔力が無いから魔力を奪われない。異世界人は世界を越えて移動してくる。召喚なら場所は指定されてるでしょうけど、それ以外なら話は変わってくる」


 鉄雄が転移する時にこの世界の誰かが召喚の儀式を行っていれば、その場に繋げるように転移はできていただろう。しかし不運にも誰もいなかった。だから適当に座標を決めて転移させた。


「まさか……偶然魔喰らいの棺に転移して、何かしらの方法で斧を隠し持つことに成功して、偶然盗賊達に捕らえられ、アンナちゃんの元にやってきたということか!?」

「流石に想像力が豊すぎるでしょ? まあ、でもそれぐらいしかありえなさそうよねぇ」


 出来過ぎた流れ。偶然『魔喰らいの棺』に転移し、斧の霊魂に唆され、盗賊達に捕らわれ、競売所で出会う。そこまで重なって『惨劇の斧』はようやくアンナの下に来た。

 あの場にいた誰もがその奇跡を手にすることができた。ただ、あの時あの場所で手を伸ばしたのが彼女だけだった。


「けど、これからどうするの? 捕らえる準備に移るのかしら?」

「1度クラウド王と相談する。キャミルはこの情報を他部隊の隊長達に伝えてほしい」

「えぇ~……まあ分かったわよ、最悪には巻き込まれたくないしね」


 これはまだダンジョン探索と同日。そして、アンナ達はニアート村で歓迎を受けている頃合い。この時間こそが好機。

 『惨劇の斧』の力を知っている者にとっては無駄にできない希少な時間であった。



 同日 18時40分


 夕日が差し込む玉座の間。

 跪き首を垂れてクラウド王にここまで手にした情報を伝える。

 通信により使い手の現状は理解していた。暴走の危険性は薄いという線、現在はニアート村にいるということ。そして、再び王都に戻ってくるのは明日の昼前と予想したこと。

 相手に気付かれず対策を立てる機会は今しかない。

 歴史に学び。もしもを回避する案を立てるには──


「我々には選択肢があります」


 予め考えていたのか戸惑うことなく提案を口に出す。


「1つは惨劇の斧を回収しフォレストリアの『魔喰らいの棺』に返還すること」

「手段を選ばないとなれば現時点で最も安全な方法ですね」

「ただ、現在の所有者がどう動くかは分かりません。錬金術士の使い魔、場所によっては国の機能を失いかねません」


 鉄雄にとってこの世界で生きていく為の力を手にした。それを易々と手放すことはありえない。

 だが、いくらでもやり様はある。部屋に侵入し奪う。遠距離で狙撃し気付かれる前に命を奪い回収する。アンナ・クリスティナに一切の傷を負わせること無く終わらせることも可能。


「2つめは目を閉じること」

「……成り行きに任せる。と? それは無責任かと」

「ええ、ですが眠れる竜を刺激しないことは重要なことです。異世界人故に過去より続く魔力の無い人間との軋轢は知らない。爆弾なことに変わりはありませんがまともな人間性なら問題無いでしょう」


 過去『惨劇の斧』を手にした人間が暴走を引き起こしたきっかけは魔力を持つ者の差別から抗うための革命思考が原因とされる。

 突き動かしていたのは嫉妬や憎悪。絶対有利の状況を作り出した上で踏ん反り返っていた連中を圧倒的な力による蹂躙は、溜め込まれた鬱憤を吐き出すようで使い手達の気分を留まることを知らぬ領域まで高揚させた。

 結果、罪悪感も背徳感も覚えぬ人ならざる者へと変貌し残虐な爪痕を幾つも残し、国を崩落させた実績も持つ。

 だが、鉄雄は大人でありながらこの世界の情勢に関して言えば赤子もいい所。革命を起こす気概を持つことは有り得ない。


「そして3つめは我が国の物とすること」

「っ!? それはあまりにも危険かと!」

「より正確に言うなれば、彼と斧の存在を認知し騎士とし国の管理下に置くということです」

「ですが、彼は使い魔! 彼女に従うことはあっても我々に従うとは限りません!」


 鉄雄が今までの使い手達と唯一変わらない点。それは自身の欲望のためにしか動いていないこと。ただその矢印が「アンナの為」を大前提としているのが違う所。

 歴代の使い手と違い、破壊願望も無く少女に尻尾を振っている今が奇跡とも言えるだろう。

 だが、騎士団に入れて問題が起きればその責任は全て王へと向けられることが必至。玉座から降り落される事態も危惧される。


「ですが、友好国であるフォレストリアとの国交もより盤石となるのも事実。『魔喰らいの棺』近辺の環境は荒れており酷い有様。もしも、斧を封印する必要が無くなれば両国の交易の中継地点へと成り替わります」


 鉄雄が持っていることで確かな変化が生まれているのも事実。魔力が奪われる空間が無くなった現在。フォレストリアの商人達は他国に向かう途中の休憩所として利用している。このまま戻らないのであれば王の予想通り、新たな交易を広げる要となる。

 先を見据えた恩も売れる大きな賭け。

 もしも、暴走も無く安定して自国の騎士として迎え入れることができた場合。他国の侵略を防ぐ強力な抑止力が手に入るのも事実。


「実行すれば選択肢は2つになり、最悪の場合1つしかなくなる。レイン、あなたはどう思いますか?」

「……すでに決まっているのでしょう?」


 付き合いの長さを証明するかのように、その問いに意味は無いと確信を得ている顔。


「……ええ、お願いできますか?」

「悪役でも何でも演じてみせましょう。それが国の評価と繋がるなら」

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