第33話 宴と貴族
日も沈み、家屋に灯りが点る頃。
世界を越えても夕食時というのは変わらないようで、漂う料理の香りに釣られるように俺達は村に戻る。
ここで格好良くお礼を受け取らず、王都に帰る選択もあった。しかし、とんでもない事実が判明しその選択は消え去った。
「まさか寝床のことを一切考えてないとは思ってもみなかった……」
「野宿すればいいって考えてたけど、こんなに疲れるとは思ってもなかった……」
こんな当たり前なことにも気付けない自分が情けなくも思う。何でもかんでもアンナに頼りすぎていた結果がこれだ。
「現世に疎いボクでも芳しくない状況だって分かるよ……」
という訳でお礼を甘受することに決めた。
一宿一飯三人分さえ頂ければ十分に満足できる。お礼に期待するというのも何とも情けないが疲労した身体で森で一夜を過ごすのは死に直結しかねない。むしろ空っぽのダンジョンが安全だろうと思えてしまう。
「おお! 皆さんお戻りになられましたか!」
「ええ、用件が済みましたので。それで本日はこの村に宿があれば利用させてもらおうかと」
「是非とも利用してください! 恩人の皆さんの為に料理もご用意しています! 村には温泉もあるので遠慮なく疲れを癒していってくださいな!」
「感謝します」
丁寧な言葉を心掛けているが内心では踊り出しそうなぐらい両腕を上げて喜々として喜んでいる。
そんな訳でニアート村の宿に到着すると、待望の一人一部屋与えられて、肩に痕が出来そうな重い荷物をようやく下ろす事ができた。まるで自分の身体が軽くなったかのような錯覚を覚える程だ。
セクリの服装もちぐはぐな肌着から村人の好意によって譲り受けた服に着替え、ようやくまともな恰好にすることができた。ただそれでも、ここまでの胸部は想定されていなかったのかパツパツになってしまっている。
アンナも一安心したのか大きな欠伸を一つして、気の抜けた顔をしている。
食堂に向かうと賑やかな会話と香ばしい料理の香りが場を埋め尽くしていた。
まるで主役を待ち望んでいたかのような期待と楽しそうな目。
「さあさあ、沢山召し上がってください! おかわりもご用意しておりますから!」
俺達は称えられるような位置に並んで座り、アンナを中心に従者の俺達は左右に添えられる。
目の前のテーブルには所狭しと並べられる色とりどりの料理。大きな具材がトロトロに煮込まれた鍋や瑞々しいサラダ。甘辛い香りで涎を湧かせる肉料理。山脈を作るように豪快に掛けられるチーズ。グラスに注がれる宝石のように鮮やかな搾りたての果汁。
この世界に来て初めて食べるご馳走に思わず喉が鳴るしお腹もなる。
「わぁ~! 見たことない料理ばっかり! 村じゃこんなに色とりどりな料理見たことなかった!」
「どれも美味そうで何から手を付けたらいいのか全然分からん……! やっぱり最初は野菜系か?」
「これがこの時代の料理……! そういえば初めてだなぁ料理を食べるの」
っ!? 美味い! 疲労や空腹がスパイスになってるだけじゃない。野菜の味がしっかりと感じられるし歯ごたえも良い。前の世界よりも質が良くないか? 採れたて野菜とかそういう類の美味さじゃないか?
味に関して言えば二人共美味そうに食べているから間違いじゃなさそうだ。こりゃ肉とかも期待できそうだ。
「ささ、ビールの用意もできていますので」
「あっすみません。俺はお酒飲めないんですよ。なので、皆さんで頂いてください。俺は彼女と同じジュースで」
「そうですか……では、搾りたてのリンゴジュースを持ってきますね」
「テツはお酒飲めないの? 大人って毎晩お酒飲んでから寝るものだと思ってたけど、それともテツの世界だとお酒は飲んだりしないの?」
「いや、多分世界が違ってもお酒の飲み方はそう変わらないだろう。俺が単純に飲めない、飲みたくないってだけだ。酔っぱらいが苦手だし、俺もそれになりたくないからな」
良くもまああんな変な味の飲み物を人はグビグビ飲めるものだ、酒よりも水を飲んだ方が健康的だろうに。
それに酔っ払いが俺は大嫌いだ。好き勝手傍若無人に過ごして後始末を他人に押し付けて、次の日になれば何も覚えていない。世話をされることを当たり前だと思ってる。酔っ払いは嫌と言っていた母が言葉と違って酔った父を世話するのも矛盾していて嫌いだった。ほおっておけば薬になるというのに。
「ふ~ん……人それぞれってことね。まあそんなことよりもこの平べったいパンとお肉の料理美味しいよ。テツとセクリも食べてみて!」
「それはピザと呼ばれる料理です。生地の上に村で採れた野菜や肉を刻んで乗せてチーズをかけさせていただきました」
「なるほど、見た目ほど複雑じゃなさそう……でも王都で見かけなかったような。こんなに美味しいならもっと広がっていいと思うのに」
「王都でも探せば見つかるんじゃないか? まだ何がどこにあるのかさっぱりだしな」
「そうだね、あむっ……探すのもいいけど……あむっ……作るのもいいかも……」
綺麗に八等分された具沢山のピザ。アンナはそれを余程気に入ったのか、一枚食べている間にもう一枚を手に掴み、どんどんと食べていった。
残り二枚になった辺りで俺達に視線を送り──
「……後はゆずる」
バツが悪そうに俺達に譲った。
気にせずどんどん食べても良かったというのに。笑顔でいっぱい食べるアンナを見ているだけで俺は微笑ましく思う。でも、譲ってくれるのなら俺はそれを頂くとする。喜びの共有というのも良い物だ。
セクリは母親のようにアンナの口元をナプキンで優しく拭う。
この様子を見て一つ思い出した。
「そういえば、子供達は大丈夫ですか? 命に問題は無いとは聞いてましたけど?」
「大丈夫です。皆さんが来る前に1度目が覚めて食事をとらせました。今はまたぐっすりと眠っております」
「よかった……家族がバラバラにならなくて」
「……ああ、そうだな」
記憶に新しい悲痛なアンナの言葉。きっと忘れることは無い。母は亡くなり、父は行方不明。長い間一人で生きてきた。幼い頃より家族がいなくなる経験をした。だから他人にそんな想いをさせたくなかった。
でも、安堵の表情にある僅かな影。自分達が助けた、行動に迷いも結果に後悔は無い。けれど何かしら想う所はあるのだろう。寂しさか羨ましさか……俺が掛ける言葉は到底見つかりそうにもない。
「まさか救出したのがレインさん達じゃなくてこんなお嬢さん達とは思いもしなかったがな! やっぱり貴族様で錬金術士ってすげえのな!」
「そうよねぇ、心も立派で期待してしまうわぁ~」
「貴方様が次期クリスティナの領主となる方ですかな?」
ここは確かクリスティナ家の領地だったか。確かに彼等にとっては他人事じゃないよな。自分達の土地を治める者に、もしもアンナが将来成ってくれるのならと期待してもおかしくない。
「ううん、わたしはクリスティナを名乗ってるけどまだ正式に認められたわけじゃないの。それに半分オーガだから」
「……あっ! その角はそういうことだったのですか!」
まあ確かに獣耳を付けた人が当たり前にいるこの村じゃそこまで気にしないのかもしれない。
気づいていない訳では無かったが些細なこととしていたかも知れない。明らかに今角の存在に気付いた者もいるぐらいだ。
「それに、わたし達は子ども達を助けるために来たわけじゃないんだ。ただ探索に来ただけで偶然巻き込まれた。おいしい食事をいただいておきながらだけど、本当はここまで歓迎される理由はないの」
部屋の空気が気持ち悪いほど静かになっていく。確かに偶然助けられた。運が良かっただけだ。レクスがいなかったら俺達も養分になっていてもおかしくなかった。
そこに静まりを荒らす一つの音が響く。身体がビクンと跳ねて驚き、視線を音のした方に向けると空になったジョッキグラスをテーブルに叩きつけ注目を引き付ける一人の男。
「騙されちゃいけねえ! そいつはとんでもないお人好しだぜ!」
堂々と宣言した彼はこの村で最初に話した人。この村の騒動を一人離れた位置で成り行きを見守っていた人物。
「本当にそれだけだったら無視して良かったはずだ! なのに! 自分から巻き込まれに行った。俺から子供らが消えた情報を聞いたら誰にも告げずダンジョンに向かった! おかわり!」
新たに届けられるジョッキを一気飲みし、深く息を吐くと。
「それはつまりだ! 影でこっそりと救出する気満々だってことだ! 誰にも知られず救出して礼を受け取ることなく村から去る! そういう立ち振る舞いをやる気だったんだ! 騎士さん達が言わなきゃ誰も気付くことはできなかった!」
「いや、別にそこまで──」
「貴族じゃないなんて嘘だぜ! 失われたかと思った義を持った本物の貴族だ!」
迷わず堂々と声高らかに叫ぶ姿に感化されたのか周りの表情が変わっていく。
確かにアンナはそういうことをしようとしていた。情けない理由からできなかったが。
「その角も見方を変えれば他種族との理解と交流の証! 古臭い決まりが変わろうとしているかも知れねえ! 俺達程度の頭脳じゃ彼女の心の高貴さを理解しようなんて早すぎるんだ!」
言いたい事を全て吐き出して満足したのか晴々とした顔で椅子に座った。
少しの静寂の後──
「確かに! 確かにだ! 救われた事実は変わらないっ!! それに『まだ』ということはいずれは……」
「うおおおおおお!! クリスティナ万歳!! クリスティナ万歳!!」
宿に収まりそうにない熱気と歓喜が爆発した。酒と高揚感がより一層歯止めを効かなくさせているのかしまいには踊り出す者も現れていた。
「えっと、いや、あの……えぇ──?」
「こういうことがありうるから……酒は怖いんだ……」
「これが今の宴なんだなぁ」
ここまでの乱痴気騒ぎはアンナも体験したこと無いのか呆気に取られた顔をしている。セクリはセクリで学習しているような顔をしている。こんなの学ぶ必要はないだろうに。
もはや自然鎮火するまで何を言おうと届かないだろう。踊る阿呆と見る阿呆なんて言葉があるけれど、俺はあそこまで阿保になれるほどの行いはしていない。
平和的に宴が収まればそれでいい。
俺は俺で気にせずに食事に手を伸ばす事にした。




