思惑と想い
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※前半メロディ視点です
アイリス王国王城
「おかしいわ……」
豪華な作りの机の上には沢山の本。サイドテーブルには飲みかけのお茶のカップとポット。メロディ・バーネット男爵令嬢は勉強に適した作りの椅子に座って首を捻っていた。
数日前にこの国の第二王子エリオットとカルセドニー公爵家のユフィーリアの婚約が白紙に戻り、メロディが正式にエリオットと婚約することが決まった。二人が惹かれ合って以来、ユフィーリアは嫉妬するでもなく邪魔や嫌がらせをしてくるでもなく、自分達から距離を置いた。
「それが不思議だったし不安だったけど、結果的には良かったのかも!」
メロディは広げていた本を閉じ、ペンを置いた。もうすぐエリオットが会いに来る時間だ。メロディは立ち上がり鏡の前で髪を直した。
「断罪は出来なかったけどまあまあまあこれはこれで穏便に行ったから良かったのかも。これから私が王妃になって国を治めていくのに敵対勢力は作らない方がいいし」
ユフィーリアとエリオットの件はまだ公にはされていないが、ベルデ伯爵令嬢の噂はメロディの耳にも届いていた。
「エメラインもやっと婚約破棄を受け入れたみたいだし、あとはアリスター様を手に入れれば終了ね。それにしてもアリスター様ってエリオット様と双璧の為す美形よね。この二人が私のそばにいてくれるのは本当に嬉しい!」
これからの事を思って浮かれるメロディは今行われている王子妃の教育に全く身が入らなかった。少し勉強しては休んでの繰り返しで、早くも教師の一人が退職を希望するほどだった。
ノックの音がして執務を終えたエリオットがメロディの部屋へ入って来た。
「どう?頑張ってる?」
爽やかな笑顔はthe王子様、プラチナブロントの髪が歩く度にサラサラと揺れ、立ち居振る舞いも優雅、そして優しく人望も厚い。どこから見ても完璧な恋人にメロディは見惚れた。
「もちろんですわ!エリオットさま。でもあまり進んでいませんの。私には一度にこんなにたくさんは無理ですわ」
「…………そう。体を壊しても良くないし、あまり無理はしないようにね」
「ありがとうございます!やっぱりエリオット様はお優しいですわ!大好き!」
冷めたお茶を淹れ直させて、メロディは今日何度目かの休憩を取った。
「それはそうと、また砦へ行ったそうだね?どうして?」
エリオットの言葉に非難の色は無く、単純に疑問に思っているようだった。
「あ、えーと、それは……そう!いつも頑張って私達を守ってくださってる騎士団の皆様を労いたくて。女性がいると場が華やいで潤うそうですのよ?」
アリスターを落とすために行ったとは口が裂けても言えないメロディだった。
「そう。偉いね。でも北東の砦の先には危険な荒野が広がってる。今後は行かないようにね」
「そ、そうですわね。なんでもこれから大きな計画があるとかで、皆様気が立っていらっしゃるようでしたしね」
(そうなのよね。せっかく私の方からアリスター様に会いに行ってあげたのに、すぐに追い返すってどういうこと?!あり得ないんだけど。王妃教育も学園の勉強も攻略の後でゆっくりやればいいと思ってたのに……。おかしいわよ。あの方私の事が好きなはずよね?なのに全然話ができなかったわ)
「そう。そういうことなら尚更今は砦に行ってはいけないよ?そもそも貴族令嬢が何度も行くような場所じゃない。今は勉強に集中してね」
「ええ!承知してますわ。エリオット様」
優しい口調ながらも圧力のある言葉にメロディは頷くより他なかった。
(おかしいなぁ……なんか思ってたのと違う……)
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北東の砦
「申し訳ありませんが、近々大規模な作戦を控えておりますので、しばらく砦への立ち入りはご遠慮ください。バーネット男爵令嬢」
アリスターは少しやつれた顔で冷たく言い渡した。元凶が自分だったとはいえ、愛する少女に乱暴な言葉を投げつけて傷つけた人間を許すことは出来なかった。
「嫌ですわ、メロディとお呼びくださっていいんですのよ?」
「何故ですか?貴女は殿下の婚約者であらせられるのでしょう?そのような不敬は出来かねます」
目の前の少女が自分にだけと先程教えてきた。「まだ発表されてはいないが、自分はエリオット殿下の婚約者になった」と。嘘か真実か確かめる術は無いが、アリスターにとってはどうでもいいことだった。
「では。忙しいので失礼いたします」
「あ、ちょっと待ってください!もう少しだけお話を……」
「申し訳ありませんが……」
「ここからは立ち入り禁止だよ」
追いかけようとするメロディの前に騎士団員二人が立ち塞がった。
「なんですの?あなた達は!邪魔をしないでくださらない?」
「もうじきこの辺りでは大規模な戦闘が行われます。魔物達も気配を察して少々殺気立っています」
「そうそう!早く離れないと危険だぞ?」
「ケイン副隊長!言葉遣い!!」
「街に人が少ないのに気が付かなかったか?みんな一応避難を始めてるんだよ」
「え?!そうなのですか……?でもまだお時間はあるのでしょう?でしたら是非皆様に激励を……」
「お時間はないんですよ!さあ、帰った!帰った!」
ケインはメロディを無理やり砦の外へ追い出した。しばらくの間は外で甲高い声が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。
「何なんだ、あれ?分かるか?クリス」
「さあ。激励とはどういうつもりなのか……意味が分からない」
「自分が勝利の女神にでもなったつもりなのかねぇ?」
「知りませんよ……。でも隊長の女神様にはもう一度お話ししていただきたいですね……」
「あー、婚約解消してから見てられないもんなー。やっぱ無理なのかねぇ」
ケインとクリスはアリスターが向かった作戦会議室の方を見やった。あれ以来アリスターの口数は減り、厳しい表情を浮かべたままの状態が続いている。
「ヴェルデ伯爵令嬢には縁談が山のように舞い込んでるんだろう?もう決まっちまったのかな?」
「それ、隊長の前では絶対に口にするなよ?」
「分かってるよ。でもすげーよな。あのお嬢さん。他の連中が学校で遊んでる間に仕事してたんだもんなぁ。誰でもできる女を嫁にしたいよな。それに案外可愛いし」
「言ってることが前と変わってるぞ……。それに貴族の社交は遊びじゃない」
「お茶会にダンスとかだろ?ほぼ遊びみたいなもんじゃないか。いいねぇ。俺もあやかりたいねぇ」
「貴族は貴族で苦労があるんだよ」
「そんなもんかね。少なくとも命の危険は無さそうだけどな」
「とにかく、今は余計なことに煩わされないようにしなければ。さすがにもう無いとは思うけど」
「ああ、次に来たら門を開けさせないようにしないとな」
ケインとクリスは頷き合った。
自室の机の上には湯気の上がったココアの入ったカップと焼き菓子の皿。幼い子どものおやつのようだと苦笑する。
「寝る前にこれを食べろというのか……」
それには手を付けずに、アリスターは訓練で疲れた体を寝台に横たえた。最近食事の量が減っているのは自覚していた。必要な量は摂取しているつもりだが、それ以上は体が受け付けないのだ。部下達にも気づかれて心配をかけていたようだ。
「情けないですね……」
アリスターは両手で顔を覆った。脳裏に浮かぶのは愛しい少女の顔。最近久しぶりに顔を見て美しく成長した姿にもう一度恋をした。しかしエメラインの心からの笑顔は自分に向けられることは無かった。自分が悲しませた少女を苦渋の決断で手放した。それが彼女の願いであったから。
「でもこの作戦だけは成功させなくては……」
虚空に向かって腕を伸ばす。
「せめて約束だけは果たしたい……。貴女がどんな未来を選んでも……」
自分の言葉が胸に突き刺さる。
「その未来を守る為に」
終わりの無い戦い…………それでも一定の区切りをつけるための作戦の決行日は間近に迫っていた。
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