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新たな出発

来ていただいてありがとうございます!




「お嬢様、本当によろしかったのですか?」

「ん?何が?」

アイリス王国北東の砦を朝早くに出発した時、見送ってくれたのはクリスさんとケインさん。そして何故か食堂の料理長さんだった。

「アスルスワード様にご挨拶もなさらずに出発なさってしまって」

「一応昨夜の内にこの時間に出発することは伝えてあるわよ?」

「それはそうですけれど……。それにしたってお見送りにくらい来てくださってもいいのに……」

「仕方ないわよ。体力勝負のお仕事ですもの。こちらの都合で振り回せないわ」

昨日みたいな戦いがいつあるのかも分からない。私に時間を使って眠れなくて怪我したら大変だわ。だから見送りなんて別にいい。クリスさんとケインさんには悪いことをしてしまった。


「それにしても料理長さんから封筒を渡されたんだけど、何かしら、これ」

私は前世でも見覚えのある茶色い封筒を開けてみた。

「まあ!これって昨夜の煮込み料理のレシピだわ!ムスタ豆の下処理の方法も書いてある!なるほど!一度下茹でしてから、更にミルクで一度茹でるのね!へえ!こんな方法があるのね。あら!この料理法で商売してもいいんですって!」

「そうなのですか?!随分とご親切な方なんですねぇ」

「いっそムスタ豆専門のレストランでも開こうかしら……。まずは王都に。ゆくゆくはノールタウンにも一軒出せたら素敵ね」

とりあえず小さなカフェから始めてみようかな。色々と考えていたら馬車は昼過ぎにはノールタウンに到着した。ジョン君達と春のお祭りについて軽く打ち合わせをしてから、王都へ戻った。かなりの強行スケジュールだったから、ちょっと疲れたわ……。




「おかえり、エメライン!遅かったじゃないか!」

王都のベルデ伯爵家(うち)に戻ると、夜遅いのにお父様とお母様とお兄様が揃って出迎えてくれた。

「ただいま戻りました。遅くなりまして申し訳ございません。てっきりもうお休みかと思ってたのですが……?」

なに?なに?何かあったの?三人とも飛びかからんばかりの勢いでこちらへ向かってくる。

「大変だぞ!エメライン!」

「大変なのよ!エメライン!」

「凄いぞ!エメライン!」

「……どうかなさったのですか?」

「ムスタ豆を王宮で使ってもらえるかもしれないのだ!!」

「…………え?」

青天の霹靂。


お父様達の話を聞いて驚いた。どうやらスノーフェスティバルに王宮の料理人が来てたらしく、ムスタ豆の粉を使ったお菓子を試作したらしい。なんでもその料理人は王子様と仲が良かったらしく、王子様がその試作品を偶然口にされ、大層お気に召したらしい。そんな偶然(こと)ある?!


それから王妃様にもお話されたみたいで、結局王家の方々がそのお菓子を口にして皆さんに気に入って頂けたとのこと。更にカルセドニー公爵家(ユフィーリア様のお家ね)でも奥様とご令嬢様(ユフィーリア様の事ね)がムスタ豆粉を使ったスイーツをよく召し上がると聞いたらしく、王家の皆様のご希望で検討されてるとのことだった(ほぼ決定らしい)。ユフィーリア様、感謝です!


「嘘みたい……」

「現実だよ、エメライン。よく頑張ったね」

「今朝から私の元に問い合わせがたくさん来てる」

「わたくしのお友達からも頼まれてしまったわ」

「これからはノールタウンだけでなく、その周辺でも耕作地を増やさねばな」

「王都の主要な飲食店にも売り込みをかけましょう」

お父様とお兄様はすでにこれからの栽培計画と事業計画を練り始めてるみたい。ヴェルデ伯爵領にとっても嬉しいニュースだ。ただ、残念ながら私にとってはちょっと寂しいニュースでもある。大規模な事業となると、私は関わることができなくなるから。ムスタ豆粉に関してはお父様とお兄様に一任する形になった。

「勿論エメラインにも一定の利益が配当されるからね」

つまりムスタ豆が売れれば、私が働かなくても一定の収入を得られる未来が確定したのだ。これからもちゃんと働くけどね。


ベルデ伯爵家が喜びのニュースに沸いた翌日のこと。アスルスワード侯爵家から一通の手紙が届いた。内容は『アリスター・アスルスワードとエメライン・ベルデとの婚約解消についての協議』についてだった。


婚約解消の理由としてはアリスター様が大変忙しく、王都へ戻ることが著しく難しい状態であること。だった。私の方もずっとお願いしていたことだったので、両家が特に揉めることなく婚約解消が決まった。逆に侯爵夫人からお手紙で謝られてしまったくらいだった。

「なんだかあっけなかったわね」

「そんな、他人事みたいにおっしゃって」

「だって全然実感が湧かないから。さーて、明日から学園再開だし今日はのんびりしちゃおう」

「……ではアンナはお茶を淹れて参りますね」

アンナはそっと私の部屋を出て行った。


「あーあ、明日からまた色々言われるんだろうな。今度は捨てられ令嬢とかかなー?」

やっと解放されたのに、世界から切り離されて閉じ込められたような気分。一人になった部屋の中で、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ泣いた。





「なんでよ……」

流石にまだ噂が出回ってないのか、平穏な学園での一日を終えて帰って来た私を出迎えたのは、たくさんの釣書だった。

「何って、全部貴女の為の縁談よ?」

温かな居間で寛ぎながら、お母様が豪華な額に入った絵姿を一つ手に取った。

「今注目の令嬢ですもの。このくらい当然よ?」

「注目って……」

「ほら!見てごらんなさいな!この方!物凄い美形よ!どう?伯爵家のご令息だけど南の温暖な地方に領地を持ってらしてね。今二十歳なんですって……」

「見たくありませんわ、お母様。私はどなたかと婚約するつもりはありません」

「まあ!何を言ってるのエメライン!こんなにいいお話がたくさん来てるのに勿体ないわ!中にはすごい身分の方もいらっしゃるのよ?」

「とにかく!今は何も考えられません!」

「それはそうかもしれないけれど……。そうね、心の傷はそう簡単には癒えないものね……」

お母様はパタンと絵姿を置き、悲し気な表情になった。違う。私は傷ついてなんてない。……そうじゃないけど、今はそういう事にしておこう。

「どうかこれはお返ししておいてください」

全部断るつもりだから絵姿なんて見ない。お母様にそう告げて私は自室へ戻ったのだった。



次の日も学園生活は平穏そのものだった。てっきり嫌味を言ってくる令嬢とかがいると思ってたけどそんなこともなく拍子抜けした。

「お久しぶりね、エメライン様」

「ユフィーリア様!お久しぶりです!」

昼食の時に声をかけていただいて一緒に食事をさせてもらえることになっちゃった。嬉しい。

「ムスタ豆粉のこと聞いてるわ。貴女の発案だったんですってね。凄いじゃない!」

「ユフィーリア様にも宣伝していただけたおかげです!ありがとうございます!」

「うふふ。私は美味しいお菓子を美味しいって言っただけよ」

ユフィーリア様はいつも優しい。ゲームではいつも意地悪く笑う姿ばかりだったのが信じられないくらい。

「この後少しお時間いいかしら?」

「?はい!もちろんです」

少しだけ雰囲気の変わったユフィ―リア様に戸惑いつつも、学園の裏庭にある噴水まで二人で歩いて行った。人気のないその場所でそっと耳打ちされた言葉に驚いて、思わず口を塞いだ。


「私もね、婚約を解消するの。国王陛下からの許可は頂いてるわ」


「ユフィーリア様……そんな大切な事……私なんかに……」

「まだ秘密にしておいてくださいね」

でもおかしい……。本来なら卒業パーティーで断罪されて、婚約破棄の流れになるはずなのに。ユフィーリア様はメロディに嫌がらせもしてないし、何ならエリオット様とメロディにはなるべく関わらないようにしてるくらいだから、断罪は無理だろうけど。

「一年生の時に必死になって止めてくれたでしょう?あの時に目が覚めて色々と準備してたの。私を見てくれない方に執着するのはやめようと思って。今は別の方とのお話が進んでるのよ」

「そう、なんですか……」

頬を染めて微笑むユフィーリア様は前よりずっと美しい。それにとっても強い人だなぁ。諦めただけの私とは全然違う。

「ユフィーリア様がお幸せそうで良かったです。私ももっともっと頑張ります!」

「ありがとう。エメライン様も幸せになりましょう?私で良ければいつでも相談に乗りますわ」

ユフィ―リア様の綺麗な両手が私の両手を包み込んだ。その手の温かさが心に沁みて、また少しだけ涙が出た。

「ありがとうございます、ユフィ―リア様」


もっと幸せに……なれるように町おこしをもっと頑張るわ!









ここまでお読みいただいてありがとうごさいます!

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