砦にて ②
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魔物との戦闘が終わって帰って来たアスルスワード様を見晴台で出迎えた。良かった。多少服が汚れているけど怪我はないみたい。
「アスルスワード様!」
「エメライン?何故そんな所に?!クリス!ちゃんと安全な所へ連れて行くように言ったはずだ!」
今までに聞いたことのない怒鳴り声と険しい表情に体が震えた。
「隊長、申し訳ありません」
「ご、ごめんなさい!……私が勝手に見晴台まで戻ってきたんです。クリスさんは悪くありません」
「先程は怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした。しかし、本当に危険だったのですよ?」
砦の入り口まで戻って来たアスルスワード様の表情は元の優し気なものに戻っていたけど、口調は厳しかった。
「魔物の攻撃が砦に届くこともあるからなぁ。いつもは慎重なクリスにしちゃ珍しいな」
少し焼け焦げた跡のある上着を脱ぎながらケイン副隊長が後に続いて砦に入って来た。
「あ、でも、クリスさんの防御魔法ならそれも防げる訳で!そんなに怒らなくてもいいじゃないですか!」
隊員さんの一人が取りなしてくれたけどアスルスワード様の口調は硬いままだった。
「しかし、一つ間違えばエメラインが怪我をしていたかもしれないんですよ?命だって」
「申し訳ありません」
クリスさんがもう一度頭を下げた。クリスさんが咎められるのは申し訳ない。
「私が見たかったんです!アスルスワード様が王都へ帰ってこなかった理由を」
「!」
私よりも優先しなくちゃならなかったものを。見たから分かった。見られたから理解できた。当然だ。あんなものに襲われたら私達なんてあっという間に全滅されられてしまうだろう。こんな大切な仕事なら私なんかと比べるまでもない。あんな怖い戦いを何年もしてきたんだ。良かった。ゲームの通りに我儘を言わなくて。やっぱり正解だった。
「本当に大変なお仕事だってよく分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。どうかクリスさんを咎めないでください。私はもう帰りますし、二度とこちらへは来ませんから」
私は深く頭を下げた。
「エメライン?ちょっと待って……」
「きゃぁっ!」
戸惑う声に甲高い声が重なった。何?
「アリスター様!お会いしたかったですわっ!」
砦の入り口から華やかなドレス姿のメロディ・バーネット男爵令嬢が駆け寄って来た。アスルスワード様の腕にしがみつき、嬉しそうに笑いながら可愛らしく彼の顔を見上げた。え?何でメロディがここにいるの?
「バーネット男爵令嬢?!何故こちらへ?」
「嫌ですわ、この前ご招待くださったじゃないですか!お忘れですの?いつでも遊びに来ていいっておっしゃったでしょう?」
「それは……殿下や皆さんとご一緒に見学にと……とにかく、離れてください」
「隊長、やるじゃん!」
「ケイン!お前は黙ってろ!」
ケインさんはまたクリスさんに殴られてる。
…………何だ……招待されたのは私だけじゃなかったんだ……そっか。あれ?っていうか、私を招待してくれたのは隊員さん達でアスルスワード様じゃなかった。なんだ。そっか。そういえばそうだった。…………帰ろ。
砦の入り口に向かいかけた私をクリスさん達が止めた。
「待ってください!まだ」
「そうだわ!アンナを忘れてたわ」
「そうですよ!じゃなくて!外はもうじきに暗くなります。今夜はこちらへ泊って行ってください」
「そうですよ!街の中は守られてますが夜の街道にはごく稀に、はぐれ魔物が出ることもあります!」
何?その情報?そんなの聞いてない!ビクッとなって歩みが止まった。
「え?!隊長が来てからそんなこと一度も起こってないむぐ……」
ケイン副隊長の口をクリスさんが塞いだ。え?危ないの?違うの?どっちなの?
「そうですよ!もうすぐ夕食ですし、あのハーブ入りソーセージが出るみたいですよ!」
「それは楽しみだなぁ!一緒に食べましょうよ!」
「そうそう!女性がいてくれると場が華やぐなぁ!」
何とか帰ろうとしたんだけど、結局他の隊員さん達にも引き留められてしまった。アンナも夜道や魔物を怖がってたから仕方無く今夜は砦に泊めてもらう事になっちゃった。
砦の食堂の料理長さんの腕はピカ一だった。うちの食材がいいのも勿論あるけど、その他の料理も絶品だった。特にムスタ豆!普通の煮込み料理に使われてたんだけど、その味は物凄いバランスで豆の苦みすら旨味に変えられていた。一口食べて驚いて料理長さんに目を向けると、料理長さんがニカッと笑ってサムズアップ。あの人きっと只者じゃないわ。素人の私が言っても説得力ないかもしれないけど。ちょっとレシピを教えてもらえないかしら。
夕食後、用意してもらった部屋に戻ろうとアンナと一緒に暗い廊下を歩いていると、誰かがついて来てる気配がした。クリスさんが警護してくれてるのかなって思って振り返ったら、そこには意外な人がいた。さっきまでアスルスワード様の隣に座ってお茶を飲んでいたはずのメロディだった。夕食の時も当然のように隣に座ってたっけ。
「ベルデ伯爵家のエメライン様、でしたっけ?いつまでもしがみついてみっともないですわねぇ」
メロディは男爵家の令嬢なのに伯爵家の令嬢である私に話しかけてきた。これは完全にマナー違反。ルール違反でもあるかな?王立学園では比較的自由な交流が許されているけど、ここは違う。私は扇を取り出して口元を覆った。(私だって扇くらいもってるんだからね。あんまり使わないけど)貴女とはお話しませんっていう意思表示をしたつもりだったんだけど、届いてなかったみたい。メロディは得意げに話を続けた。
「貴女って学園でご自分が何て言われているのかご存知ないの?婚約者から相手にされない放置令嬢ですわよ?皆さんそうおっしゃってるわ。お可哀そうに」
ちっとも『お可哀そう』って思ってないメロディが意地悪く笑う。可愛い顔なのに台無しだ。それにそんなの言われなくても知ってる。何度も何度も何度も影でも面と向かっても言われてるもの。でも答えない。そっぽ向いて無視無視。部屋に戻ろうと何か言いたげなアンナの手を引いて歩き始めた。
「不愛想ね。お返事も出来ないのかしら?マナーってご存知?そんなんだからアリスター様にも嫌われるのよ!」
私は追いすがって来る彼女に視線も与えない。マナー違反はそっちでしょ。
「アイリス王国の英雄と領地に引きこもってる変な令嬢なんて釣り合うわけないのよ。それ!領地の匂いなの?変な匂いを付けちゃって気持ち悪いわね!アリスター様も早く婚約を解消なさったらいいのに。せめてご自分から身を引かれたらいかがかしら?」
そこは私も不思議だわ。何度もお願いしてるけど聞いてもらえないのよね……。本当どうして?やっぱり体面が大切なの?それにしても何でメロディはこんな事を私に言ってくるの?なんだか焦ってるみたい。何かあったのかしら。あと変な匂いって失礼ね。私が持ってる香り袋は変な匂いじゃないわよ。あ、でも香りって合わない人には本当にきついらしいから気を付けた方がいいのかも?
全く返事を返さなかったら焦れたのか、拳を握りしめて応接室の方へ戻って行った。でも。
「名無しのモブ悪役令嬢のくせに!」
去り際に呟いた声がはっきりと耳に届いた。え?今何て言った?モブの悪役令嬢?思わず振り返ったけど、高い踵の靴音を響かせて歩いて行ってしまってた。…………もしかして彼女も転生者?ちょっと話を聞いてみたい気もするけど、どうしよう。あまり関わらない方がいいのかな。どう考えてもメロディは私に良い感情を持ってない。
「エメラインお嬢様!あんな言われ方をされて何故黙ってらしたのですか?!あのような無礼な物言いを許すなんて!」
それまで黙っていたアンナが突然怒り出した。
「うーん、でも言われてたことは事実だし、放置されてたのも本当だし。学園どころか王都で私が何て言われてたかアンナも知ってるでしょう?」
「それは……っ!だからって……」
「町おこしで忙しくしてたから、社交もしない引きこもり令嬢とかって言われてたのも知ってるわ。アスルスワード様のお荷物とかね」
「そんな!どうしてそんなに呑気なんですか!酷い侮辱ですわ!寂れかけた土地の事を考えてくださるエメラインお嬢様は素晴らしい方です!アンナは悔しゅうごさいます!」
「それは自分の為でもあるから、あんまり威張れないわねぇ。でもありがとうアンナ。私の為に怒ってくれて。でも私は気にしてないからいいのよ。いつも一人なのはもう慣れたし。さ、あまり遅くならないうちに休ませてもらいましょう。明日は早いわよ!春のお祭りの企画会議に出なくちゃいけないんだから!」
「お嬢様っ!」
「お休みも終わるから学園の準備もしなくちゃいけないし。やることはいっぱいよ!」
なかなか怒りのおさまらないアンナの為にムスタ豆のココアを淹れてもらって、私達はようやく慣れない砦の寝台で眠りについた。
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「…………知りませんでした。学園で、王都でもか……彼女がそんな酷い扱いを受けていたなんて……。あんな思いをさせていたなんて……。これは……嫌われても仕方が無いですね」
廊下の隅で、真っ青を通り越して生気のない顔になったアリスターは顔を押さえて俯いた。
アリスターは部屋に戻ったエメラインと何とか話をしたくて、砦の秘密の通路を使って先回りしていた。やたら馴れ馴れしいメロディの事は部下の隊員達が引き留めておいてくれるはずだったが、どういう訳かそのメロディに先を越されてしまったのだ。
久しぶりに二人きりになったエメラインを緊張して上手くもてなせなかったことや、魔物との戦闘の後で怒鳴ってしまった事を詫びるつもりだったが、メロディとの会話(一方的)を聞いて出るに出られなくなってしまった。
「申し訳ありません、隊長。ご学友同士かと思い見守っていましたが、割って入るべきでした」
廊下の陰から出てきたクリスが悔しそうに拳を握り締める。
「どうか、今からでももう一度ベルデ伯爵令嬢とお話し合いを」
「……話し合い。何を話せばいいのでしょうか。何を言っても言い訳になってしまいそうで……」
「隊長は本当に頑張ってたんですから、王都の事まで気は回らないですよ!しかし女って、貴族って結構えげつないんすね……。あのピンク髪令嬢、性格悪すぎ。俺、間違ってたです……」
いつの間にかついて来ていたケインがメロディの去った方を心底嫌そうに睨んだ。
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