砦にて ①
来ていただいてありがとうございます!
アイリス王国北東の砦、厨房にて
「…………(パキッ)」
「…………(ゴクリ)」
私の目の前でスキンヘッドの料理長さんがソーセージを噛みしめてる。緊張の瞬間だ。
「うん。いいね!」
「っでは!」
「ああ、このソーセージを是非うちで扱わせてもらいたい!」
「ありがとうございますっ!」
ガシッ!
砦の料理長さんと固い握手を交わした。やったわ!商談成立っ!!私とアンナはホクホク顔で砦の石の廊下を歩いた。アイリス王国の騎士団の砦だけど、食材の仕入れはこの料理長さんに一任されてるらしい。よっぽど信任が厚いのね。その分目も厳しいって聞いてたから緊張しちゃった。
「ムスタ豆の方も使ってもらえるし、本当にラッキー!でも、挽いた粉だけじゃなくて豆本体も欲しいって言われたんだけど、どうやって料理するんだろう?」
前世の記憶があるからちょっとなら料理もできるけど、正直あの豆を粉以上に美味しく料理できる気がしない。プロは何かが違うのかもしれない。
「ようございましたわね、エメラインお嬢様!」
一緒に来てもらったアンナも嬉しそうにしてる。アンナはノールタウンの出身だから、故郷のものが認められて誇らしいんだと思う。
「ええ!ノールタウンの皆も喜ぶわ!さ!用事も済んだし帰りましょう!」
「ちょっと待ったー!」
「帰らないでください……」
「あれ?」
私の後ろに立っていたのは、スノーフェスティバルの夜にアスルスワード様と一緒にいた騎士団員さん達だった。ん?廊下の向こうの端に見覚えのある金髪の人がいるような?
「ほらっ!隊長!ぐずぐずしてると帰っちゃいますよ!」
「どうしてそんなに遠くにいるんです?」
あ、やっぱりいた。騎士団員さん達に呼ばれてトボトボとやって来るアスルスワード様。まるで小さな子どもみたい。失礼だけど、本当にこれで隊長が務まってるの?
「だから知らないんだろうけど、隊長はほんとーーーに!凄い人なんだって!おい、聞いてるか?」
「はぁ……」
ケイン副隊長が拳を握りしめてまくし立ててる。
「ケイン副隊長!言葉遣い!!」
「痛っ!」
あ、ケインさん殴られてる。副隊長って聞いたけど部下から殴られてるのってどうなの?
それにしても私、どうしてこんな所にいるんだろう。ここは騎士団の第八小隊の待機室という所。アスルスワード様達の部屋なんだって。事務机や筋トレマシーンやごつい斧みたいな武器や大小様々な剣、それにちょっと何に使うかわからない怪しげな道具達が所せましと並べられていてちょっと怖い。アンナは物珍しそうに部屋中を眺め回ってるけど大丈夫なの?私はと言えば暖炉の近くの椅子に座らされて、あっという間に第八小隊の人達に囲まれてしまった。マグカップに熱いお茶を淹れてもらったけど、飲んでる暇がないほど話しかけられて困ってる。
「魔法を使わせたら右に出るものはいないんですよ!」
「炎魔法と水魔法、それに付加魔法も!」
「そうそう!他の小隊の援護に呼び出されることも多くて!」
「砦はアスルスワード隊長頼みなんです!」
「この前はうちの母が急病で、休みを代わっていただいて本当にいつも助かっていて……」
「隊長のおかげでかなりの魔物が討伐されてるんです!」
「隊長は…………!」
「隊長が…………!」
「えっと、はい。お噂は王都にも届いております」
知ってる。王都にだってアスルスワード様の噂は聞こえてくるから。他の人からよく聞くもの。強くて頼りになる人格者だって。アイリス王国の為に頑張ってるって。でもそれと私と全然顔を合わせないのは別の話だと思う。ちらっとアスルスワード様を見ると彼は目を逸らして俯いてしまった。ほらね。やっぱり迷惑だったんじゃない?
それからも隊長自慢(?)のお話は続いたけれど、噂は本当なんだなって感想しか抱けなかった。
「私はほとんどお会いしたことが無かったのでお話が聞けて良かったです。ありがとうございました。これ以上はお仕事のお邪魔になっても申し訳ありませんので、これで失礼いたします。ごちそうさまでした」
「ちょっ、まだ全然隊長と話してないじゃないですか!」
「ほら、隊長!!こっち来て!!」
「そうですよ!あとは二人で」
「砦の中をご案内してはいかがですか?」
「その後は街も。最近は魔物の出現も減って栄えてきているんですよ」
「え?」
「え」
私の前に引き出されてきたアスルスワード様の嫌そうな声と私の声が重なった。私、もう帰っちゃダメかな?
カツンカツンと薄暗い砦の中を靴音が響く。
「えっと、ここが厨房です。その隣が食堂で」
「先ほどご案内いただいて料理長さんとお話させていただきました。この度は私共の商品をお使いいただけるということでお口きき感謝いたします」
商談の時ってこんな感じの言葉遣いで良かったわよね?一応お世話になったんだから、そこは感謝しないといけないものね。婚約問題とは別よね。
「…………」
「…………」
その後も隊員の宿舎とかお風呂とか団長のお部屋とか(今日は留守でご挨拶できなかった)鍛冶屋さんのお部屋とか貯蔵室とか……色々案内してもらった。でも会話は全く弾まない。雑談すらしてくれないし、私だって何を話していいのか分からない。婚約を解消しないって言ってたけど、この先が見えないのにどうしたらいいんだろう。
「ここは見晴台です。そこの櫓で交代で見張りをしています」
き、きつかった……。アスルスワード様は流石というか息も切らせずに登って行く。長い長い階段の先にあったのは北東の荒野を見晴らせる場所だった。寒々とした大地に雪が積もっていて遠くの空は黒い雲が立ち込め、大気は灰色に霞んで見える。
「あの灰色のは瘴気ですか?」
「ええ。この辺りは大分薄まりましたが、私が赴任した当時は酷かったですよ」
「アスルスワード様が頑張ってくださったおかげですね」
「いいえ、私だけではありません。砦の皆の力です」
寂しい場所。今は魔物の姿は見えないけれど、昔はこの砦のすぐ近くに魔物の巣があり、砦の街に住む人はごくわずかだったと聞いてる。さっきこの街に到着した時はけっこうな数の人々で賑わってた。騎士団の方々が王国を守ってくださってるおかげなんだろう。感謝はしてるつもりだけど、アスルスワード様に対しては素直になれない。やっぱり会わなかった時間が長すぎたんだと思う。王立学園に入ってからはある程度納得してたとはいえ、それでも私だけ一人きりなのはやっぱり寂しかったから。
「あれは……何でしょう?」
遠くで何かが動いた気がした。何だか嫌な感じがする。
「え?」
「黒い粒のような……動いてる?」
アスルスワード様が見晴台の縁に手をかけるのと、高い櫓の上の騎士団員さんが声を上げたのが同時だった。
「敵襲っ!!!」
「貴女は中へ。決して外に出ないように」
「アスルスワード様?」
彼の雰囲気が変わった。いつもの優し気な表情が消えて見たことのない鋭い目つきに。その青い瞳は地平の彼方を睨み据えていた。なんだか全然知らない人みたい。私の手を取り砦の中へ連れて行く。そういえば手を繋いだのは本当に久しぶりだ。小さい頃とは全然違う大きな硬い手。
「クリス、頼んだぞ」
「はい、隊長。お任せください」
私を見晴台の入り口にいた騎士団員の一人に預けるとアスルスワード様は風のように走り去っていった。
魔物が出現しこちらへ向かってくるという。危険だから安全な場所へって言われたけど、どうしても心配で見晴台に戻ってきてしまった。そこで目の当たりにした光景は思っていた以上に恐ろしいものだった。
「魔物ってあんなに恐ろしい姿をしているの?」
本なんかで絵を見たことはあるし、前世でもそういうアニメやゲームを見てたから知ってるつもりだった。でも自分の目で本物が動く姿を見るのとは全然違った。砦からはかなり離れた場所で戦闘が行われてるけど、魔物の異様なグロテスクさはよく見て取れた。
「あんな大きくて怖いものと戦ってたなんて……」
知ってるつもりで全然分かってなかった。ここから見てるだけでも体が震えてくる。
「あ、アスルスワード様、強い……?」
大きな魔物の周囲を守るように取り囲むたくさんの小さな魔物を彼の剣が一掃していく。彼が剣を振るうと炎が巻き起こり、次々に魔物が黒い欠片になっていった。
「ええ。アスルスワード隊長は砦でもトップクラスですよ」
答えてくれたのは第八小隊の隊員の一人だった。確かお名前はクリスさんだったかな。スノーフェスティバルにも来てて、砦へ招待してくれた隊員さんの一人だ。
「私は今日一日貴女の警護を任されておりますので、ありがたいことに戦闘は免除なんです」
「ありがとうございます」
だから料理長さんとのお話の後、すぐ後ろにいたんだ。
「もう終わりますよ」
「え?!もう?!」
あんな大きな魔物をもう倒してしまったの?驚いて瘴気の荒野を見ると、アスルスワード様とケイン副隊長が揃って剣を振るい、魔物が消し飛ぶ所だった。凄いっ……。
「隊長が来てから、砦の怪我人は激減したんだそうです」
「そうなんですか……」
私の婚約者は優しくて綺麗なだけじゃなくて、とても強くてかっこいい人だった。
私って本当に何も知らなかったんだ……。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




