心配させないで
来ていただいてありがとうございます!
はっ、はっ、はっ……
この世界に生まれて二度目の猛ダッシュ。そういえば前世でも今も走るのは苦手だった。
「お嬢さん、意外と走るの早いなぁ」
後ろを走って来るケインさんがのんびり呟いた。
「アリスター様っ!ご無事ですか?」
ノックもせずに診療所のドアを開けた。中にいる人達の驚いた顔が一斉にこちらを向く。
「エメライン?それにケインも……一体どうしたのですか?」
「ケインさんがアリスター様が大怪我をしたって……」
「ケイン?エメラインに何を言ったのですか?」
「いやまあ、隊長がお怪我をって言ったかなぁ……」
「ケイン、お前なぁ……姿を見かけないと思ったら……」
クリスさんが呆れたように壁にもたれてた体を起こした。サムズアップしてるのは何故?
ちょうどアリスター様は指先に小さな包帯を巻いてもらってるところだった。他に大きな怪我は無さそう。……あれ?
「後処理の時に少し火傷をしてしまいまして。王都に出現した魔物の巣は片付きましたよ。さほど大きなものでは無かったのでもう大丈夫です」
片手で頭をかきながら笑うアリスター様。その手は怪我してる方だったから、痛いって涙目になってた。その姿を見たら足から力が抜けてその場に座り込み涙が出てきた。
「エメラインっ?!」
慌てたアリスター様が駆け寄って来て立ち上がらせてくれた。
「……心配させないでっ!」
「すみません。……でもそんなに心配してもらえるなんて思ってませんでした」
砦で大怪我をして死にかけてたアリスター様の姿を思い出して、涙が止まらなくなる。あんな姿、知らない人でも見ているだけで辛いのに……。
「心配するに決まってるでしょう?!まだ前の怪我も完治してないじゃないっ!バカ!」
アリスター様の胸に拳を見舞ったけど全然堪えてないみたい。悔しい。
「ごめん。心配してくれてありがとう」
アリスター様は優しく私の背に腕を回した。何度も何度も叩いたのにそれでもずっと離してくれなかった。
城で報告を終えた後、アリスター様達はうちの屋敷へも事件のあらましを説明しに来てくれた。詳しいことは調査をしてみないと分からないけれど、今回王都に現れた魔物の巣は前回の北東での大掛かりな討伐の残滓だったとみられてるらしい。部外者の私にそんなことを言ってしまっていいのか尋ねたら、一応私も関係者だから大丈夫とのことだった。
「やっぱり、アリスター様は危なっかしいので、騎士団をやめてください!!私が養います!」
「いや、それはちょっと。騎士団を辞めるのはいいとしても、エメラインに苦労はさせませんよ」
「え?騎士団を辞めるんすか?隊長」
ムスタ豆粉を使ったケーキを頬張りながら、ケインさんが酷く驚いてる。
「流石に今すぐには難しいでしょうが、そのうちに北東の砦は規模が縮小されるはずですからね」
「ええっ?!そうだったんですか?!」
「ケイン、お前騎士団長の話をまともに聞いてなかったんだな」
アンナが淹れてくれたお茶を飲みながら、クリスさんは呆れたようにケインさんを睨んだ。
「エメライン様のおかげなんですよ」
「…………え?私ですか?」
クリスさんは私ににっこりと笑いかけてくれたけど、訳が分からずにアリスター様を見た。アリスター様も微笑んで私を見てる。どういうこと?
「トゲトゲハーブでしたっけ?あのハーブが北東の荒野に移植されることになったんです」
「上手く繁殖してくれれば、恐らく魔物の出現も最小限に抑えられるようになるでしょう。ノールタウンと北東の荒野は気候も土壌もさほど変わらないのでたぶん大丈夫ですよ。エメラインのおかげで平和になりますね」
「ただ、南東の方は気候が合わず、今のままでは根付かないと植物学者が言っているようですね、隊長」
「ええ。それに関しては品種改良が待たれるところですが、改良したハーブに同等の効果が見込めるかは不確実だそうです」
「それは残念ですね。しばらくはアロマランプとキャンドルで様子見でしょうか」
「ですが、人間には対魔物より効果が幾分落ちるとか」
「やはり専門家の検証が待たれるところですね」
「…………」
「…………」
「なあお嬢さん、隊長とクリスが何の話してるか分かるか?」
クリスさんとアリスター様の会話にケインさんはついていけてないみたい。私も似たようなものだけど、何とか説明を試みてみる。
「えっと、つまりノールタウン原産のハーブには魔除けみたいな効果があるから、それを植えてアイリス王国に魔物が来ないようにするってことだと思います」
「…………ええっ?!トゲトゲハーブを?じゃあ魔物がいなくなっちまって俺ら用済みじゃないか!」
「平和になって良かったじゃないか。何でガッカリしてるんだ、ケインは……」
「だってさあ……」
もしかしてケインさんは魔物討伐が好きだったの?!あんな怖いものと何度も対峙できるなんてやっぱり騎士様って凄い人達なんだ。
「今回の魔物の巣騒動もエメラインのおかげで、全く被害無しで終わったんですよ」
「ど、どういうことですか?」
「あのアロマランプやアロマキャンドルですよ。王都であれが流行っていてあちらこちらでハーブが焚かれ、出現してきた魔物達の力が弱められていたようです」
そんなことある?!確かに、透けてて実体が無いみたいな魔物だったっけ。そういえばユフィーリア様の所で香り袋を近づけた時にも魔物が消えそうになってたような……。つまり地面から湧き出てきた魔物が香りを吸って弱体化してたってこと?なんだか蚊取り線香で弱る蚊みたい……。
「そうだったんですか……」
やはり恐るべしトゲトゲハーブの威力!
「あのハーブって凄かったんですね……」
だったらもっとカッコいい名前を付ければ良かった。悪いことをしたわ。例えば聖なる香草とか光のハーブとか賢者の光草とか?考え込んでる私をアリスター様とクリスさんがちょっと呆れたような顔で見てる。うわ、変な事考えてたのバレてる?
「やっぱり私のエメラインは素晴らしいですね。では結婚式の準備に入りましょうか」
「…………はい?」
アリスター様の話題の切り替えにちょっとついていけない……。
あれ以来アリスター様は私の王立学園卒業後、できるだけ早く結婚式を挙げる為に猛スピードで準備を始めた。
例えばドレスショップで、
「アリスター様!一度にこんなに沢山のドレスは必要ありません!」
「でも私が貴女に贈りたいのです」
「必要に応じて買い揃えればいいじゃないですか!」
「私はエメラインに色々なドレスを着て欲しいのです!」
それから宝飾店で、
「それにこんなに沢山のアクセサリーも要りません!勿体ないです!」
「私は貴女を飾り立てたいのです!全部似合っていますし選べません!全部買いましょう!」
「ですから……!」
もう!急にどうしちゃったの?何か変なスイッチが入っちゃったみたい……。更には王都に新築のお屋敷を建てるとか言い出して実際に土地を探し始めるし、本当に困ったわ。全力で止めたけど。
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「だから言ったでしょう?」
ベルデ伯爵の屋敷を辞した後、アリスターとケイン、そしてクリスは王都の下町の酒場にいた。
「エメライン様はちゃんと隊長を想ってらっしゃると」
クリスが度の弱い赤紫色の酒を一口飲みながら隣のアリスターを見た。
「心配して無かったらそもそも大怪我した隊長に会いに砦に来ねーよなー」
ケインは泡の出る琥珀色の酒をあおった。彼の前には空のグラスがもういくつも置かれている。
「今日のケインはよくやった。少しエメライン様には気の毒だったけれど、これで隊長も安心できたでしょう?」
「ええ。エメラインが私との婚約を嫌がってないと分かって本当に安心しました。……それにしても二人には苦労を掛けますね。第八小隊のみんなにもですが」
酒場のカウンターに並んで座った三人が酒を酌み交わすのはこれが初めてではない(アイリス王国の貴族子女は王立学園卒業で成人とみなされる)。いつもならここに砦にいる十数人の仲間達が加わる。
「何を言ってるんですか!私達はそれぞれに隊長に恩義があります。苦労だなんて思ってませんよ」
「そのとーり!隊長の魔法に守ってもらったのは一回や二回どころの騒ぎじゃねー!!」
「おい、ケインいきなり飛ばしすぎだ。もっとゆっくり味わえよ」
「ちょっと早いけど祝い酒だよ!なあ、隊長!いい嫁さん貰ったよなぁ……。いいなぁ。俺も結婚しようかなー」
「お前、相手がいないだろう?」
「クリスだって相手いないだろ?」
「一応婚約者はいるよ」
「えっ?!そうだったのかっ?この裏切り者!」
「誰が裏切り者だ、誰が」
「クリスは子爵家の三男だったね」
「ええ。家を出なくてはならないので、身を立てるのが大変ですよ。でもそろそろ私もいい頃合いかもしれません。北東も落ち着きそうですし、おかげさまで結構お金も貯まりましたしね」
「そうですか。クリスも身を固めるのですね」
「それもこれも隊長とエメライン様のおかげです。ですからお二人には幸せになってもらいたいんです」
「ありがとう」
「俺も隊長に幸せになってもらいたいですー!!」
「ケイン、お前飲みすぎだぞ……」
酔いつぶれてしまったケインを二人で支えながら、騎士団の宿舎に戻る。砦の街では見慣れた日々もこれからは失われていく。
(寂しくはあるが王国が一つ平和への道を進むのなら、騎士としてこれほど喜ばしいことは無い)
アリスターとクリスは笑い合いながら王都の夜を歩いた。
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