休みの前日
来ていただいてありがとうございます!
「建国祭、楽しみですわね」
「今回はどんなドレスですの?」
「うふふ、実はアトリエブリリアントでデザインしていただきましたのよ」
「まあ!それは素晴らしいですわね」
アイリス王国の王都にある王立学園のクラスルームでは明日からの約一月のお休みの話題で持ちきりだった。
明日から王立学園は建国祭前後の一か月の休暇期間に入る。今日登校したら次は二月の半ばまで学園はお休み。建国祭の舞踏会は二月の初め。クラスではどんなドレスを送られたかとか、婚約者とのお茶会がどうのとか、隣国からのお客様を迎える話だとかで盛り上がってる。私は話題についていけずにカバンを持ち、そっと教室を出た。
「エメライン様はどんなドレスでご出席なさるの?」
「ダメよ!そんなことをお聞きしては。お可哀そうじゃない」
授業も終わったしさっさと帰ろうと思っていると、クラスでもそんなに仲が良くない女子生徒達がわざわざ私に話しかけてきた。彼女達は私よりも身分は下だけど、学園内では一応自由な交流が認められてるから話しかけられるのは問題ない。問題ないけど、その意地悪な微笑みは決して友好的なものじゃない。……こういうのはこの三年間でもう十分に慣れたけど、不快にならないわけじゃない。他人のことなんて放っておけばいいのに、わざわざ嫌味を言いに来るんだからよっぽど暇なんだろうね。
「残念ながら、舞踏会へは出席しないのでドレスはありませんわ」
送られてきたドレスは送り返すように頼んだから見てもいないしね。身分が上の方に対する態度ではないけど、こっちは喧嘩上等なのだ。今まで無視されてたぶんのせめてものお返し。
「あらぁ、出席しないのではなくて、できないのでは?」
「婚約者様は今回もお戻りじゃないのねぇ。どうしてかしら?よほど貴女の事が……」
いつもなら話を聞かずに立ち去る所だけど、今日は何故か通せんぼされてるし、廊下は人でごった返してるしで中々通り抜けられない。
「あら、エメライン様、今お帰りなの?よかったらご一緒しませんこと?」
「ユフィーリア様!」
困ってる私に声をかけてくれたのはカルセドニー公爵家のユフィーリア様だった。この方は王子殿下の婚約者で、このゲームでは悪役令嬢になる人だけど、今の所悪い噂は全く聞こえてこない。それもそのはずで、実は三年前に私がダメ元で忠告したのを聞き入れてくれたんだよね。嫉妬からメロディに嫌がらせをしようとしてた所を偶然見ちゃって、必死で止めたらわかってくれたんだ。今でも本当に不思議。頭のおかしい令嬢扱いどころか、不敬罪で逮捕だってありえたのにね。記憶が蘇ったばかりのあの頃の私はパニック状態で暴走気味だったから、本当にユフィーリア様がお優しい懐の深い方で助かったわ……。それ以来何かと話しかけてくださったり、良くしてくださったりする本当に素敵な方なんだ。
私に嫌味を言ってきた女の子達はそそくさと逃げて行った。さすがに公爵令嬢様に喧嘩は売れなかったみたい。私ならいいんかいって思わないでもないけど、まあいいや。
「ユフィーリア様、助かりました。ありがとうございます」
「皆さん暇なのね。他人のことにかまける時間があるなら自分磨きでもなさればいいのに」
ユフィーリア様は白くて細い綺麗な指先を頬にあてて、呆れたようにため息をついた。それからユフィーリア様は本当に私を公爵家の馬車に乗せて屋敷まで送って行ってくれた。
「エメライン様はこの後また領地へ戻るの?」
「はい!今年も建国祭に合わせてお祭りをするので」
「そう、準備が大変そうね。わたくしは王宮での行事があって行けないけれど頑張ってね」
「はい!私の将来がかかっているので頑張ります!」
「…………アスルスワード様はまた帰ってこられないの?」
「いえ、建国祭に合わせて帰ってこられるそうです」
「え?じゃあ……」
「私はもういいので」
「…………そう」
「はい!」
ユフィーリア様は痛ましそうな顔をしてたけど、私は敢えて明るく笑い返した。
「そうだわ!エメライン様から頂いた香り袋、香りが弱まってきてしまったから今度新しいのを頂ける?」
「そうなんですか?ちょうど今、昨夜作ったものを持っておりますから、お渡ししますね」
私はユフィーリア様にハーブを使った香り袋(刺繍入り)を手渡した。
「まあ、これもとてもいい香りね」
「ベースは同じハーブなんですけど、ちょっとアレンジを変えてみたんです」
「ありがとう。これお品物代ね」
「いえ!いつも良くして頂いているユフィーリア様からお金なんていただけません!」
「駄目よ。大切な商品なのでしょう?」
ユフィーリア様はいたずらっぽい笑顔を浮かべて私に銀貨を渡してくれた。
「ありがとうございます」
この香り袋は私の希望の光の一つ。私はユフィーリア様に送っていただいたお礼を言って、銀貨を握りしめて自宅の屋敷へ戻った。
翌日私はアイリス王国北方にあるベルデ伯爵家の領地へ向かう馬車の中にいた。
実は現在の私は本当に忙しいのだ。未成年は参加自由な建国祭の舞踏会に出る時間なんてない。お父様やお母様、成人済みのお兄様は参加必須だけどね。友人達は毎年婚約者と一緒に参加してるけど、私はまだ一度も建国祭の舞踏会へは行ったことがない。理由は婚約者が王都にいないから。
「……今年も華やかね」
馬車に揺られながらぼんやりと王都の街並みを眺めた。街はすでに建国を祝う花や飾りつけがされていて真冬でも人が行き交ってて楽し気な雰囲気だ。馬車の窓からそれを眺めながらこれからとこれまでの事を考えた。馬車の中でランチのサンドイッチを食べながら、また窓の外を見た。アイリス王国の中心よりもちょっと北にある王都を出て更に北へ北へ。どんどん雪が深くなっていく。
「エメラインお嬢様、見えて参りましたよ!」
アンナが馬車の窓から身を乗り出した。
「アンナったら、危ないわよ」
見えてきた私の居場所。亡くなったおじい様から相続した土地。そこまで目立った特産物のない、冬は雪深いだけの北の大地が。町の入り口の大きな横断幕には『歓迎!ノールタウン!スノーフェスティバルへようこそ!!』の文字。ここが私の希望と未来の地。
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「送ったドレスが返されてきました」
隊長であるアリスターの言葉に動きが止まる隊員達。魔物の襲撃が無い時には待機部屋で筋トレなどをしてる者もいるが、そういった隊員達はその動きのまま止まっている。書類仕事をしていた隊員が恐る恐る隊長の顔を覗き見た。どうやらアリスターは薄っすらとその青い瞳に涙を浮かべてるようだった。
「…………」
何か言いたいけれど、言葉が出ない隊員達。
「もう、建国祭を待たずに帰った方がいいですよ!」
一人がやっと口火を切ると次々と隊長を気遣う声が上がる。
「そうです!こちらは何とかしますから」
「ベルデ伯爵令嬢様としっかり話し合った方がいいです。絶対!」
「話せばわかってもらえるでしょうか……。正直とても会いたいけれど怖いですね」
顔を押さえ、悲し気に目を伏せる隊長は美女と見まごうばかりの美貌だった。
その時、部屋の外の廊下をバタバタと走る音が響いた。続いてドアが乱暴に開かれる。
「隊長!魔物が出ました!見張りからの報告では巨大型二体と中型三十体程だと!こちらへ向かってくるようです!」
「すぐに出ましょう」
いつもの温和な表情が一変、アリスターは瞬時に騎士の顔つきになった。各々立ち上がった隊員達もそれぞれの愛用する武器を掴み、信頼する隊長の後に続いた。
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