今さら何?
来ていただいてありがとうございます!
新しいお話を始めました。よろしくお願いします。
「はぁっ?エスコート?今さら何?!」
「エメラインお嬢様、はしたないですよ」
「だって!この三年間ほぼ音沙汰なしだったのに」
「それは……このアンナも存じておりますが」
王都に雪が舞い散り始めた頃、アイリス王国のベルデ伯爵家の長女である私、エメラインは思わず大きな声をあげて立ち上がった。いけない、いけない。私は淑女。落ち着いて。ドレスを整えて座り直す。暖炉では炎がパチパチと爆ぜていて、テーブルの上にはあったかいミルクティー。なのに握りしめた手紙だけがとても冷たく感じる。
「これ見てよ、アンナ」
アンナは忙しいお母様の代わりに幼い頃から私の世話をしてくれてる優しい人。私はアンナに全く飾り気のない白い便箋を手渡した。
「まあまあこれは……随分と素っ気ないお手紙ですわね」
アンナはため息をついてその手紙を返してくれた。それは私の婚約者である侯爵家四男からのかなり、かなーり久しぶりの手紙だった。
『来月の建国祭の舞踏会に合わせて帰ります。是非エスコートさせてください。ついては後日ドレスを送ります』
「昨年の五月の誕生日に贈り物が届いて以来ですから……七か月ぶりでしょうか?」
アンナは困ったような諦めたようなため息をついた。
「八か月ぶりよ……」
今は一月。新しい年が始まってわずかしか経ってない。
「まあ、予定通りと言えばそうなんだけど……」
「予定通り、とは?」
「あ、ううん!なんでもないわ。いつも私のことは放置なのに突然どうなさったのかしらねー」
訝しむアンナを慌てて誤魔化した。危なかった。アンナにはあのことは話してないんだから、気をつけなくちゃ。
「お返事はどうなさいますか?お嬢様」
「書くわ。面倒ごとはすぐに済ますに限るもの」
「えーっと……『お気遣いいただきありがとうございます。ですが大切な用事があり、忙しいので舞踏会には出られません。ですのでエスコートは結構です』っと。これでよし。じゃあアンナ、悪いけどなるはやでこれを北東の砦に送っておいてね」
私は持ってる中で一番地味な便箋と封筒を使ってこの三年間顔を見たことがない婚約者に手紙を書いた。
「エメラインお嬢様……本当によろしいのですか?」
「いいのいいの。ずっと、ずーっと忙しいっていう向こうの都合に合わせてきたんだから、一回くらい問題無い無い!それにこっちは婚約破棄上等ですからねー」
「お嬢様ったら……」
私の事情や気持ちを分かってくれてるアンナはそれ以上強く止めてはこなかった。
「さあ、明後日には私の領地へ出発よ!頑張らなきゃ!」
私はテーブルの上に広げた裁縫道具に手を伸ばして、刺繍の続きを始めた。三年前に入学した王立学園でのことを思い出しながら。
『えっと、メロディ・バーネットと申します。これから三年間どうぞよろしくお願いします』
全ての始まりは三年前、十五歳の時に王都の王立学園に入学した時だった。同じクラスになった薄桃色の髪の美少女がはにかみながら自己紹介をしてる。その姿を見た時に突然よみがえった記憶。私はこの世界を知っている。前世、日本で生きていた頃、この学園と同じ設定のゲームをやりこんでいたことを思い出したのだ。同じ名前の王国、王立学園の制服も同じ。彼女はたぶんそのゲームの主人公だわ。どうやら私はその世界に転生していたみたい。それからは私の周りの事柄を少しずつ思い出す記憶と照らし合わせていった。
愛らしい笑顔と明るい性格でたちまちクラスの(特に男子生徒達)人気者になったメロディ・バーネット男爵令嬢。彼女に癒され、惹かれてそばにいる男子達は次々と増えていった。そして同じ学年のアイリス王国第二王子殿下とメロディが惹かれ合っているという噂が私の耳にも届くようになる。
これは私が前世で遊んでいたゲーム、『アイリス王国恋物語』のトゥルーエンドと全く同じ展開だった。この先恐らく主人公は王子妃、ひいては王妃になって攻略対象全員に愛され、支えられながら国を治めていく。だったらこの先に起こることって……。そのことに気付いたと同時に絶望した。だって私の婚約者の名前もそのゲームの中に出てきていたから。
アリスター・アスルスワード様。それが私の婚約者の名前。侯爵家の四男で現在二十一歳。騎士になる為に王立学園を一年で卒業し、そのまま騎士団入団。今は魔物からアイリス王国を守る為に北東の砦に赴任してて、王都にはここ三年間一度も帰ってきてない。つまり私は在学中は一度も彼と顔を合わせてない。
「今年帰って来るってことは……やっぱりゲームのストーリー通りになるんだ……」
予想はしていたけどやっぱり少しショックだった。記憶の中の婚約者はいつも優しく微笑んでいたから。
「え?何か仰いましたか?」
「ううん、なんでもないの」
アンナには前世やゲームのことは話してない。もしかしたら信じてくれるかもしれないけど、お医者さんを呼ばれて終わりな気もする。
前世のゲームの通りなら、彼はこの冬に王都に戻り建国祭でメロディと出会う筈。そして彼女に一目惚れしてメロディを生涯独身で守り抜くと誓うことになる。確か、何度も我儘を言って王都へ戻ることを強制する婚約者(私)に振り回されて疲れ切ったアスルスワード様がメロディの穏やかさに癒されるっていう展開だったはずだ。つまり当然私との婚約は破棄になる。っていうかゲームには私の名前すら出てこない。私は完全なるモブなのだ。
だったらと、何とか婚約を解消してもらって新たな縁談をって思ったんだけど、案の定全然ダメだった。お父様に何度も婚約解消を申し入れたのに、何を馬鹿なことをって全然聞き入れてもらえない。
「アスルスワード様に何度お手紙を出しても返事は来なかったのに、本当にどうして今さらエスコートだなんて……」
どうせ放置するのなら、最後まで貫いてくれればいいのに。
「仕方がありませんわ。アスルスワード様は王国を守る為に魔物と戦っていらっしゃる立派な方ですから。とてもお忙しいのですよ……」
アンナが苦笑いしながらお茶のおかわりを入れてくれた。
「ありがとう。アンナ」
この世界には魔物が存在する。アイリス王国の北東の地には瘴気溢れる魔の地が広がってて、北東の砦は魔物の侵入から王国を守る為の大事な拠点だ。アスルスワード様はそこに派遣されて多くの魔物を倒してる。
「……そうね、アスルスワード様は英雄ですものね」
そう。彼は悪くない。傍から見ればただ私が我儘を言ってるだけだから。大変なお仕事をしてるっていうのも良く分かってる。凄く忙しいんだろうなってことも良く分かってる。
でもね。この三年間一度も帰って来ないどころか殆ど手紙も来ない。ただ放置されてる。同じ騎士団の人達は婚約者や奥様に会うために休みには王都に戻って来てるのに。
「あの方は私に会いに来たくないってだけのことよね」
「また、そんな……。アスルスワード様にもきっと何か御事情がおありなんですよ……」
アンナの励ましの言葉はだんだんと小さくなっていく。もう何度この会話を繰り返したことか。アンナも、もう分かってるみたい。彼が私に全く興味が無いってことを。
「婚約なさったばかりの頃はあんなにお優しかったのに、どうして……」
アンナは暗い表情で俯いてしまった。最初のお茶会の時には魔物が怖いって話で盛り上がったりしたっけ。あの時はまだ何も知らなくておしゃべりするのも楽しかったな……。将来はこの優しい男の子と結婚するんだって、嬉しかった。
思えば十歳の時に十三歳のアスルスワード様と婚約してから、当時一か月に一回のお茶会が段々と二か月に一回、半年に一回に減り、最終的には手紙だけの交流になった。理由は「忙しいから」。その手紙も騎士団に入団してからはほぼこちらが送るだけになって返事もあまり帰って来なくなった。誕生日に贈り物の箱が届くけど、短い一文が添えられるだけ。当時は嫌われてしまったのかと悲しんだけど、王立学園に入学して全部分かったの。アスルスワード様はそもそも私に興味が無かったんだって。だってゲームの通りになるのなら、主人公が好みのタイプってことでしょう?正反対の地味な私なんて元々眼中に無かったってこと。そりゃあ煩わしく思って当然だよね。
だから私は決めたんだ。お父様達にも言われたことだけど、婚約破棄された貴族令嬢の行く末は暗く、この先ろくな縁談は来ない。だからどうせ婚約破棄されるのなら、自分の居場所を作ろうって。嫌な相手と結婚しなくても独りで生きていけるようになろうって。でも私には取り立てて特技も無いし、前世でも何かを専門的に学んだ訳でもない。私みたいな凡人がそう簡単に独り立ちして商売なんてできるはずもない。そこまで考えてちょっと絶望しかけたけど、一つだけあったんだ。希望の光が。私は窓の外に降り積もる雪を見つめた。
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「エスコートを断られてしまいました」
「え?それって建国祭の舞踏会ですか?アスルスワード隊長」
「はい……」
手紙を手にションボリする金髪の美青年隊長の姿に言葉を失う隊員達。いつもは澄んでいるその青い瞳には、明らかに落胆の色が浮かんでくすんでいる。
ここはアイリス王国の北東にある砦の街。街は堅固な石壁に囲まれており、この砦の向こう側には魔物が出現する荒野が広がっている。ここ数年の騎士団の活躍のおかげでかなりの魔物が討伐され、街が賑わいをみせるようになったが、それでもまだこの地が危険の最前線であることは変わらなかった。
「えっと、それって婚約者のベルデ伯爵令嬢からの手紙ですよね?」
「確か蜂蜜色の髪の清楚なご令嬢でしたよね」
「若草色の瞳が印象的な方だとか」
信頼する隊長のデスクの周りに隊員達がわらわらと集まって来る。
「はい……。ここ最近は会えていませんが……」
アリスター・アスルスワードは悲し気に、でも大切そうに婚約者からの手紙を丁寧にたたんで引き出しにしまった。
「でも、手紙のやり取りや贈り物はしているんでしょう?」
「毎年誕生日には贈り物をしていますよ」
「手紙は……?」
「…………」
「まさか」
「ここ最近は…………何故か婚約解消をお願いされていて……返事が全くできていません。どうしたものかと……」
アリスターは困ったように微笑んだ。
「こっ!…………」
思っていた以上に深刻な事態に騎士団第八小隊の待機室の温度が一気に下がった。暖炉には赤々と炎が燃え盛り、部屋の反対側ではストーブの上でやかんがしゅんしゅんと湯気を立てている。季節は真冬だけど、部屋の中は十分に温かい。それなのに外の氷点下の世界が侵食してきたようだった。
「ちなみにどのくらい返事をできてないんですか?」
隊員の一人が恐る恐る尋ねる。
「……ここ三年程でしょうか……」
「さっ……」
「え……?」
「俺達に譲って休みも殆ど取ってませんよね?じゃあ、婚約者のご令嬢とは殆ど会ってないんですか?」
「……はい」
「いや……それはちょっと……」
「あああああっ……」
室内にいた十名ほどの隊員達がそれぞれに絶望のポーズをとった。
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