カルセドニー公爵家でのお茶会
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天にも昇る気持ちというのはこういうものか。
エメラインが私との再婚約を受け入れてくれた。嬉しかった。もう他の男に攫われるのを恐れることもない。けれど私もそこまで愚かではない。エメラインはまだ傷ついている。私が傷つけてしまった。そして私が想うほど彼女が私を好きではないことを良く分かっている。それでも、いやそれだからこそ、失った時間を取り戻したいと切に願っている。それなのに……。
「ですから、お体の事を考えて騎士をやめられても大丈夫です!贅沢はさせて差し上げられないかもしれないけど、私が養いますので!」
「いえ、エメライン、それは頼もしいですが心配いりません。確かに私は侯爵家を継ぐことはありませんが、それなりに資産はありますし、まだ働けますよ」
「とんでもありません!私もしっかり働きます!アリスター様にだけご苦労をおかけする訳にはいきません!帰って来たら早速次のイベントと商品開発の打ち合わせを……」
すっかりたおやかな貴族令嬢からステップアップしたエメラインは眩しい程美しい。けれど私は彼女に要らない苦労をさせたくはない。
「苦労だなんて……。私は貴女との未来の為ならどんなことでも辛いとは思いません。どうか貴女のそばで貴女に私の全てを捧げさせてください」
私が跪いて希うとエメラインは頬を赤くして唇をかみしめて黙りこんでしまった。これは怒らせてしまっただろうか。
どうしてもエメラインの気持ちは私よりもノールタウンへ向いてしまうようだ。これが私が仕事にかまけて彼女との時間を疎かにしてしまった報いなのだろうか。寂しいけれど仕方が無い。彼女が婚約を受け入れてくれた今、もう彼女が他の誰かに掠め取られてしまう可能性はほぼ無くなったのだから。それを良しとしよう。
ノックの音がしてベルデ伯爵が居間に入って来た。
「エメライン、馬鹿なことを言ってないでさっさと支度をしなさい。もうすぐ出発の時間だよ」
「もうとっくに支度は済んでますわ、お父様」
「すまないね。こんな娘だが、よろしくお願いするよ」
「いえ!私には勿体ないくらいの方です」
ベルデ伯爵は呆れたようにエメラインを見つめた。頭を下げられて恐縮する。少し前までは伯爵の私に対する態度はやや儀礼的だったが、最近ではかなり柔らかいものに変わって来ていた。愛娘をないがしろにして悲しませてきた男との再婚約を認めてくれた伯爵はかなり寛容な方だと思う。
「ユフィ―リア様とお会いするのは久しぶりだわ。今日は楽しみ!」
エメラインの卒業式まであと一週間。今日はお茶会に招待されて、二人でカルセドニー公爵家へ行く予定になっている。エメラインはいつの間に公爵令嬢と仲良くなったのだろう。そういえば私は学園での彼女の様子を殆ど知らない。カルセドニー公爵令嬢の事を話すエメラインは楽しそうで、よほど彼女を好きなんだろうと思われる。…………正直、少し妬ける。エメラインは私の前ではあんな屈託のない笑顔を見せてはくれないから。ゆっくりでいい。いつかきっと私にもあんな笑顔を向けて欲しい。そうは思っているが早くと焦れる自分もいて本当に情けなくなる。
それにしても何故私までお茶会に呼ばれたのだろうか。カルセドニー公爵令嬢とはあまり面識が無いし、エメラインとの婚約はまだ正式に発表していない。エメラインと一緒にいられるのは嬉しいが、そこは不思議だった。
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王家に連なるカルセドニー公爵家でのお茶会だけど、ユフィーリア様が身内だけでって仰ってたから気楽な気持ちで行ったらちょっととんでもなかった……。
奥まった庭(ほとんど森)の中に建てられたガゼボに案内されて待っていると、ユフィーリア様とサラサラ銀髪の美青年が現れた。
「ローレンス第一王子殿下……?」
アリスター様が驚いて立ち上がったから、私も同じように立ち上がった。今、王子殿下って言った?この方が第一王子殿下なの?初めて見た……。この方がユフィーリア様の婚約者なのね。綺麗な人。美男美女でとってもお似合い。お二人で並んで座ってるのを見てるだけでうっとりしちゃう。同じご兄弟でもエリオット様とはタイプの違う月のような男の人だ。王子様の後ろには立派な白いおひげを蓄えたおじいさんと、何故か砦にいた白魔法使いさんがいた。これってどういうお茶会なの?緊張しちゃって勧められたお茶の味が全然わからない。
ユフィーリア様からそれぞれご紹介いただいたんだけど、ますます私がここへ呼ばれた理由が分からなくなった。おひげのおじいさんはアイリス王国の魔法大臣様だった。どこかで見たことがあると思ったら、お国王様の超側近だった。でもどうしてそんな人がここにいるの?
「騙すような形になってしまって申し訳ない、アスルスワード公爵令息、ベルデ伯爵令嬢。今日来ていただいたのはこれについてお聞きしたかったからなのです」
ローレンス王子殿下は私に向かって優し気な微笑みを向けてきた。
「どうぞそんなに緊張しないで、ベルデ伯爵令嬢。僕が未来の妻の友人とお会いしたかったのもあるんですから」
殿下がテーブルの上に置いたのは私が作ったあの香り袋だった。
「まずはこちらを見ていただきたい」
魔法大臣様の指示で運ばれてきたのは小さな鳥かごのようなものだった。被せられていた布が外されると中には小さいながらも恐ろしい顔をした魔物が入ってた。こちらを威嚇してくるのを見て、アリスター様が立ち上がり私の前に片腕を広げ、魔法をの光を反対の手のひらに浮かび上がらせた。怖くなってアリスター様の背中に隠れて服をぎゅっと握ってしまった。やっぱりあのグロテスクさには慣れないよ。こんな近くで見たくなかった。怖気持ち悪い……。
「大丈夫です、アスルスワード隊長。この中にいれば魔物は外に手出しできない。これは我々が長年の研究の末に開発した魔物専用の檻なのです」
魔法大臣の後ろに立ったままの白魔法使いさんが魔物の檻をそっとワゴンの上に置いた。アリスター様は手の魔法の光を消したけど、まだ警戒を緩めてはいないみたい。
「確かにそれは低級な魔物で力も弱い。ですがこんな場所で王家の方やかよわい女性達に見せるものではないでしょう?」
アリスター様はかなり怒ってるみたい。魔法大臣様って物凄く偉い人なのに大丈夫なの?
「それは申し訳ない。しかし、試したいことがあるのだ」
魔法大臣様が促すと、白魔法使いさんはおもむろに香り袋を手に取り、檻の中で暴れる魔物に近づけた。
「え?どうして?」
「一体何が……?!」
私とアリスター様、同時に声が出た。驚くのも当然だよ!だって魔物が急におとなしくなって檻の中で倒れちゃったんだから!
「私からご説明させていただきます」
そう言って話し始めたのは砦にいた白魔法使いさんだった。
最初に不思議に思ったのはアリスター様が大怪我をした時だった。命も危ぶまれていたのに回復が異様に早かったからだ。白魔法使いさんは私がものすごい魔力を持っててそれでアリスター様を癒したと考えたらしい。けど私は魔法なんて使ったことないし、魔力があるなんて言われたこともない。だからあの時スカウトを断ったんだよね。
次の違和感はユフィーリア様。ユフィーリア様は元々ローレンス殿下とは幼馴染で時々お見舞いに行っていたらしい。でもある時から、ローレンス様のいる離宮でお茶や食べ物を食べるとおかしな苦みを感じるようになったそう。それまでは本当にたまに離宮を訪れるだけだったのに、メロディが現れてからは頻繁にローレンス殿下の所に顔を出すようになって、お茶や食事がおかしいと気づいたんだって。
「それってもしかして……」
「ええ。ローレンス様は故意に病気にさせられていたの」
私の質問にユフィ―リア様が悲しそうに答えた。それはつまり毒が盛られてたってこと?
「ごめんね。詳しい事は言えないし、この事は他言しないでもらいたいんだ」
ローレンス殿下がユフィ―リア様の肩を抱き寄せ微笑んだ。
「でね、私、一度食事の違和感が分からなくなったことがあったのね」
「もしかして、それはその香り袋に関係があるという事ですか?」
「正解だよ、アスルスワード公爵令息。君の婚約者は凄いね。ムスタ豆粉も素晴らしいが、とんでもないものを見つけてくれたようだ!」
魔法大臣様が目を見開いて髭を撫でた。その後ろで白魔法使いさんがうんうんと頷いてる。
「そうだった!あのムスタ豆粉のお菓子は僕もお気に入りなんだ。ありがとうね、ベルデ伯爵令嬢」
ローレンス殿下のお口にも入ってたのね。ムスタ豆。
…………そしてつまりはどういうこと?私一人が全然理解できてないみたい。なんかその場にいた皆さんが一斉に私に注目して笑ってるから、ちょっと怖いんですけど……?
申し訳ありませんが、丁寧に分かりやすく説明してってお願いしたらようやく理解できたよ。ふう……。
私が香り袋に使ったハーブに悪意や敵意のあるものを排除できる成分が含まれてるってことみたい。私の予想ではたぶんあのトゲトゲハーブ(正式名称は知らない。あくまで私が付けた呼び名だから)なんじゃないかって思う。少しずつ配合は変えてるけど、ベースの香りはトゲトゲハーブだから。その証拠にアリスター様の香り袋でも魔物はおとなしくなったし、私が持ってる香り袋(ちょっとサイズ大きめ)では魔物の体が一部消えたりしたから。結構凄いぞトゲトゲハーブ!
「私の傷は魔物の体液がかかってしまい、全然塞がらなくなってしまったんです。まるで強い呪いのように治癒魔法を受け付けなかった。エメラインが来てくれなかったら私は今頃ここにはいなかったでしょう」
アリスター様はそう言って私を優しく抱きしめた。
「あ、あの!皆様見ていらっしゃるので……!それに私じゃなくてトゲトゲハーブのおかげだと思います!」
「いいえ、貴女のおかげよ!エメライン様。貴女のおかげでローレンス様が助かったの!」
「そんな……!ユフィ―リア様、それは本当に偶然そうなっただけで……」
本当にただの偶然だったんだよー!そんなキラキラした瞳で見つめないで欲しい。だって私はただ自分の為に町おこししてただけなんだから。
「そんなことないわ。あの時エメライン様が止めてくださらなかったら私はローレンス様をこんなに好きになることもなかったわ。今、とても幸せなの。本当にありがとう」
ああ、なんて可愛らしくて綺麗なんだろう。美女の心からの笑顔って。あの時勇気を出して良かった。わっ!今度はユフィ―リア様にも抱きしめられちゃった。女の子同士なのになんかくすぐったくて恥ずかしい。
「ユフィ―リア様のお役に立てたのなら、良かったです」
振り返ると、アリスター様が少し寂しそうに笑って私達を見ていた。
「アリスター様?どうかなさいましたか?」
「いえ。私のエメラインは素晴らしいですね」
アリスター様は私の手をそっとすくい上げ、指先に口付けた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
※7/5と7/6は投稿をお休みします。




