王立学園の特別室
来ていただいてありがとうございます!
「どうして私だけ補習なの?」
日増しに暖かくなり、満開を迎える木々も増え、学友達はみんな楽しそうに卒業パーティーについて話し合ってる。メロディが悲しそうに俯くと友人達が一斉にメロディの近くに集まって来た。
「僕達も勉強に付き合いますから、一緒に頑張りましょう」
濃い藍色の髪を切り揃えた、切れ長の瞳の宰相の息子が隣に座って教科書を開いた。彼には婚約者がいるが、彼女との仲はとうに冷え切っており婚約解消も間近だと噂されていた。
「そうそう!再試のヤマは張ってあるからこれをやっときゃ大丈夫だって!」
赤髪の公爵家令息が家庭教師に作らせた模擬問題の用紙をひらひらと振って見せた。
「そうですわ!今回は少し体調が悪かっただけなのですから、そんなに落ち込まないで!ね?メロディ様」
公爵家令息の婚約者で今はメロディの親友となったオレンジ髪の伯爵令嬢が隣で励ますように両拳を握った。彼女は婚約者の青年が自分をメロディの次だと公言していても気にしない心の広い人間だ。
「良かったら、僕が気分転換にピアノを弾きましょうか?」
水色の髪を三つ編みにした少年がグランドピアノの蓋を開け、楽し気な曲を奏で始めた。彼は侯爵家の令息で王立学園の一年生。まだ婚約者はおらず、エリオットの場所を虎視眈々と狙っている。
(本当ならここにアリスターもいるはずなのに……。せっかく婚約を解消したのに、戦いで死にかけて大変なことになってるらしいじゃない。本当に死んだら困るんだけど!どうしてくれるのよ!)
メロディはせっかくの模擬問題の用紙にイライラと文字を書きなぐった。そこにはもう嫌!ムカつく!とか〇ね!とか非常にお行儀の悪い言葉が並べられていたのだが、日本語だったのでその場にいた友人達には読むことができなかった。
(最近はエリオット様も会いに来てくれないし、つまんないわ。補習がお城に来なくていいって言われちゃったし……。エリオット様、早く来てくれないかな。また街へ行って宝石とかドレスとか買いたいのに!こんなに勉強ばかりじゃ頭が痛くなっちゃうわよ。だいたい私は主人公なんだから、勉強なんてしなくてもいいはずなのに!)
メロディの勉強は先ほどから1ページも進んでいないのだが、この場にそれを咎める人間はいなかった。宰相の息子などは教師や学園に裏で手を回して卒業させてやればいいとすら考えていた。彼らにとってメロディは自分達の悩みに気づいてくれて、話を聞いてくれて、解決の糸口が見つかるまで寄り添ってくれた優しい女神のような女性だったのだから、勉強が苦手なことなど些末なことだった。
「そろそろ休憩にしてお茶にしませんか?」
ワゴンを押して長い銀髪の令嬢が部屋へ入って来た。メロディ達がいるのは学園の特別室。生徒会役員達の部屋の続き部屋になっていて、本来なら次の生徒会役員達の為の場所だ。だが二年生達の中にもメロディの心棒者が多く、彼らを追い出すようなことは誰もできなかった。
「メロディ様に教わってお菓子を焼いてみたんです。メロディ様みたいにはできなかったけど、今話題のムスタ豆粉が手に入ったから。良かったら食べてくださいませね」
銀髪の男爵令嬢はメロディの幼馴染で親友の一人だ。彼女にとって引っ込み思案な性格の彼女を引きこもりがちだった屋敷から連れ出してくれたメロディはかけがえのない友人だった。
「へえ!良く手に入ったな。まだ生産量が少なくてあまり市場に出回ってないって聞いてるぜ」
「ベルデ伯爵領でしか採れない貴重な豆なんですよね。伯爵は作付面積を増やしているとか」
「わたくしの父がベルデ伯爵と昔馴染みなもので……。そのつてでほんの少し譲ってもらえたのです」
公爵令息と宰相の息子の会話を少し面白くない気持ちで聞きながらも、メロディは親友の焼いて来たお菓子を堪能した。
(エメライン・ベルデ伯爵令嬢か……。ゲーム通りにアリスターに執着しまくってたみたいだけど、……ふふっ、結局婚約解消されたしざまぁだわ。無視してくれちゃってムカつく子だったけど……まあお菓子に罪は無いもんね。チョコってこの世界だと滅茶苦茶高いのよね。あー美味しい!でも、私の方がもっと上手に作れるけど)
勉強を中断する理由ができたメロディは気分が良かった。ただ、親友同士の次の会話は聞き捨てならないものだった。
「ベルデ伯爵令嬢と言えば、縁談がたくさん来ているらしいですけれど、どれも断っていらっしゃるとか」
(へぇ……勿体ないわね。せっかくなのに。なんか隣国の王族からも申し込まれてるって聞いたけど。……まあまさかただの伯爵令嬢にさすがにそれはないわよね)
メロディがお茶を飲み干すとすぐにピアニストの少年がお代わりを注いだ。メロディのそばにはいつも男性陣が張り付いていて、その様子を二人の親友達が微笑ましく見ているのが常だった。
「まあ!ありがとうございます!」
「メロディ嬢、次の曲のリクエストは?」
「そうね、じゃあ次は……」
「そうだわ!今アスルスワード様が王都に帰っていらしてて、エメライン様の所へ日参なさっておられるらしいですわ」
「まあ、あの美しい騎士様が?情熱的ですわね!でも一度婚約を解消なさったのにどうしてかしら?」
「なんでも、エメライン様はお忙しいアスルスワード様を慮って身を引かれたらしいんですけれど、アスルスワード様が諦められずに再婚約を申し込まれてるそうなのです」
「まあ!お互いにお忙しくてすれ違ってしまわれてたのね。エメライン様も領地のことで在学中からお忙しかったみたいですから。お気の毒だわ」
「でもそれを乗り越えてもう一度歩み寄られてるのですね!素敵です!そうそう、アスルスワード様が魔物討伐に心血を注がれたのも、エメライン様の為なのですって!」
「ええ?どういうことですの?」
「幼い時に魔物を怖がるエメライン様にご自分がお守りしますってお約束されたそうなのです!」
「まあ!なんてロマンティックなの……!」
「お二人は今やっとお二人の時間を取り戻されてるのですね……」
(は?なにそれ?アリスターは私に一目惚れして婚約を解消したはずでしょ?怪我なんて大したこと無かったわけ?王都に戻って来てるならどうして私に会いに来ないの?なんでエメラインに行ってるのよ……。こんなのおかしいじゃない!)
メロディは勉強を放り出して特別室を出て行った。メロディがふらっと姿を消すのはいつものことだったので、すぐに戻って来るだろうと誰も気に留めなかったが、とうとうその日は教師が定めた補習の授業時間にも戻って来なかった。
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