夜明け前
来ていただいてありがとうございます!
馬車の中は重苦しい空気だった。
王都まで走って来たクリスさんとケインさんの馬を休ませて、ベルデ伯爵家の馬車で二人とアンナと一緒に砦へ向かった。
「あの……本当に私が行ってもいいのでしょうか……」
つい当たり前のように来ちゃったけど、恐らくご家族やメロディが呼ばれてるんだろうから私は邪魔なんじゃ……。でも会いたい。いろんな気持ちが渦巻いて混乱してた。どうしてこんなことに……。
「まだそんなこと言うのかよっ!」
「やめろ、ケイン。ベルデ伯爵令嬢お願いします。アスルスワード隊長に会ってあげてください」
再び重苦しい沈黙が落ちた。
アイリス王国領最後にして最大の魔物の巣を掃討する作戦は成功した。小規模なダンジョンと似た魔物の巣の中には最下層に一番強い魔物がいて、その瘴気が小さな魔物を生み出しそれらが成長していく。ラスボスが強ければ強いほど、生み出される魔物が増えて巣の規模も大きくなっていく。最初に調査隊が入って内部を調査する。それから魔物の種類や数に合わせて作戦を立て部隊を編成する。今回は魔物の数は多かったものの、討伐は順調に進んだらしい。最下層のラスボスを倒すまでは。戦闘が終わって一息ついたその時に、ラスボスがもう一体現れたのだそうだ。仲間達が混乱する中、アスルスワード様が指揮を執って何とかもう一体のラスボスを倒した。だけどその時、アスルスワード様は突然の事態に混乱した仲間を庇って魔物の攻撃受けてしまった。
砦全体が暗く静まり返っていた。もうすぐに夜明け。今が一番暗い時間帯だった。医務室と書かれたプレートが掛かった部屋へ入ると、部屋の奥の寝台にアスルスワード様が横たわっていた。メロディの姿は無く、医療師の姿もない。ただ、アスルスワード様の苦しそうな呼吸の音だけが聞こえてきてた。
「さあ、中へ。どうか隊長のそばに」
クリスさんに促されて恐る恐る部屋の中へ入った。近づくと綺麗な顔は汗と苦悶に歪み、左肩に巻かれた包帯からは血というにはあまりにも黒い何かが滲んでほぼ真っ黒だった。一部はシーツにも染み出し始めてる。
「……どうしてこんな……」
「最後の魔物が未知の攻撃を仕掛けてきたのです。恐らく毒かと。傷がずっと広がり続けているのです」
「未知の?」
「我々の医療師や白魔法師の治癒ではもう、手の施しようがないと……」
「そんな……!」
「…………ああ、いい香りだ。エメライン?」
掠れた声が私の名を呼んだ。
「アスルスワード様!」
「やっぱり……エメラインだ」
弱々しく伸ばされた手を握り、寝台のそばに膝をついた。薄く目を開けて私の方を見てるけど、たぶん焦点があってない。
「アスルスワード様……どうしてこんな……」
「最後にヘマを……しました。けど……約束は果たせましたね」
アスルスワード様は小さく微笑んだ。
「約束?」
「約束したでしょう?最初のお茶会の時…………魔物は全て倒すと……」
最初のお茶会…………?必死に記憶を辿る。たしか、そう、魔物の話で盛り上がった気がする。
『アリスター様、この世界には魔物がたくさんいるのですって!恐ろしい姿をしてるのですって!』
『ええ。そう聞いていますね』
『お兄様が仰ってたの。うちの領地は魔物がいる場所が近いんですって』
『怖いですか?』
『はい。とても。でもアイリス王国には強くてカッコいい騎士様がたくさんいらっしゃるから、大丈夫とお兄様がおっしゃってて……』
『私が魔物を全部倒してみせます!』
『え?』
『実は私は魔法が得意なんですよ』
『すごい!魔法は限られた人しか使えないって聞いたことがあります!アリスター様はお強いんですね!』
『ええ。だから安心してくださいね』
『…………』
『…………』
「…………っ!」
思い出した……。確かそんな話をした覚えがある。思えばその後からだった気がする。アスルスワード様が剣術の稽古に本腰を入れ出してお忙しくなったのは。でも……まさか……。
「へえ……そんな約束してたんだ。だったら隊長を強くしたのはお嬢さんだったってことだな」
「まさか、そんな子どもの頃の約束の為に今まで戦ってこられたのですか?」
驚くケインさんと少し呆れたようなクリスさん。でも私の頭の中は混乱でいっぱいだった。え?だっててっきりアイリス王国の為に、みんなの為に……そう思ってて。まさかそんな……。
「私の……為……?」
恐る恐る尋ねると、激しい痛みの最中でも優しく微笑んでくれた。そしてまた苦しそうに顔をしかめて瞳を閉じてしまった。
「そんな……」
本当にその約束だけで魔物の巣を全て掃討して、こんな大怪我までして、命を失いそうになってるの?こんなのゲームのストーリーには無かった。アリスター様が死んでしまうのは私がゲームのストーリーと違う行動をとったせいだ。こんなことならいっぱい我儘を言ってアリスター様を王都に何度も呼び戻しておけば良かった。
「ごめんなさい、アリスター様。私のせいでこんな……」
「貴女のせいじゃありませんよ……エメライン……」
私はアリスター様の手を強く握りしめた。どうしよう……どうしたらいいの?こんなの取り返しがつかない。
やがて重苦しい夜が明け朝日が差してきた。私はアリスター様の汗を拭いたり、声を掛けて励ましたりして必死に看病した。たぶんもうじきアリスター様のご家族も到着されるだろうし、メロディも来るかもしれないから。せめてそれまでは……って思ってた。
急に握っていたアリスター様の手から力が抜けてゾッとした。
「アリスター様……?」
声を掛けても反応が無い。……う、嘘でしょう?
「どうしたっ?!……あれ?隊長、もしかして血が止まってないか?」
覗き込んだケインさんが不思議そうに呟いた。確かにベッドのシーツに染み出していた黒い血はもう広がっていないように見える。
「本当だ。先ほどよりも呼吸が穏やかになってますね……」
同じく覗き込むクリスさんが考え込んだ。
「え?え?」
穏やか?呼吸が止まりかけてるんじゃないの?
「すぐに医療師を呼べ!」
どうやら部屋の外には他の隊員さんがいたらしく、慌てたように石の廊下を走る音が聞こえてきた。
「眠っておられるようですね。呼吸も心拍も安定しています。傷口も塞がり始めてるようです」
呼ばれて慌ててやって来た医療師さんも不思議そうに首を捻ってる。大規模な作戦の後で怪我人がたくさん出ていて手がいっぱいらしく、目の下にクマが出来ていた。
「恐らく命の危険は去ったと思っていいでしょう」
「…………え?本当に?」
もう大丈夫なの?信じられなくてもう一度聞き返したけど、答えは変わらなかった。落ち着いてアリスター様をよく見ると土気色だった肌の色は、血色良くとはいえないまでも少し白さを取り戻しつつあった。その後にやって来た白魔法師という人も同じように驚いていた。魔物の毒(?)がアリスター様の体から消えているとのことだった。
「あの状態から……信じられませんね。奇跡が起きたとしか思えません」
クリスさんは涙を浮かべて笑ってる。
「すげーな。これって愛の力ってやつ?」
ケインさんも同じだった。二人や医療師さんや白魔法師さんの様子からしてアリスター様が危なかったのは本当みたいだけど、一体どういうこと?訳が分からないよ。でも……。
「アリスター様が死ななくて良かった……」
「ようございましたね、エメラインお嬢様」
気が付けば私は小さな子どもみたいに泣いてしまってて、アンナはそんな私の背中をずっとさすってくれていた。
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