即応群、出撃
「緊急通告!防空司令部より最優先指令! 全搭乗員は臨戦態勢のまま、ブリーフィングルームに集合せよ」
翌日、けたたましいサイレンに叩き起こされたエリシャは、眠い目を擦りながら飛行服を身につけて走る。
廊下は朝のひんやりした空気に包まれ、エリシャの目を覚まさせる。
砂漠の夜は寒いんだな、と今更ながらに実感するエリシャは、慣れない基地の構造に戸惑いつつも、たどり着いたブリーフィングルームのドアを開けた。
「来たか」
「すみません!遅れました」
「構わん、座ってくれ」
着いた部屋には、すでに多くの人員が集結していて、早朝にも関わらず皆完璧に飛行服を身に付けていた。
「全員揃ったな。ブリーフィングを始める」
部屋の最奥には、エリシャたちのコマンダーがスクリーンの前に立っている。
もうすっかり、この基地の指揮官として様になっている。
「先日付で当基地、TAB-25の副指揮官となったアレクセイ=カラマーゾフだ。さて、先程ラーシャ防空司令部より、緊急の作戦飛行指令が出た。内容は、東部沿岸地域に孤立している味方地上部隊の撤退援護だ」
「...殿か、肝が冷えるな」
隣に座るグレイズが、緊張した顔で静かに呟く。
敵に囲まれて孤立した部隊の、その撤退援護は危険な任務だ。
その任務はつまり、殿を務めるだけでなく、敵からの囮にもならなければいけない。
先の戦争を生き延びてきたエースであるグレイズは、その意味をよく理解していた。
だがこの基地、グリフィスとフェアリィの2小隊の面々だけは、特にそれを気にするでもなくただ聞いている。
まるでいつもの事のように。
「現在、臨時編成の東部沿岸防衛隊は上陸してきたカトリア軍部隊と交戦。現状、我が方が圧倒的に不利であり、沿岸防衛隊は撤退準備中だ。味方の撤退が完了するまでの間、彼らを守ってやってほしい」
「...敵の戦力構成は?」
ゆっくり静かに聞く南十字星に、コマンダーはキッパリ答える。
「不明だ。だが先発して無人AWACSが情報収集中だ。恐らくは対地攻撃機が主編成の部隊だろう」
「護衛戦闘機は?」
聞いたのは、今度はグレイズだ。
「現状では未確認。だが十中八九いると見ていい」
「了解。それと、支援パッケージは?」
「無い。東部の空軍力は既に壊滅しているからな。君たちだけでやってくれ」
「分かってはいたが...クソ」
「尚、所属機欠となっているワイバーン隊の4名は当基地予備機の偵察機を以て情報収集支援任務につけ。パイロットはRF-4Eの経験があるグレイズ大尉とフィッシャー大尉に任せる。観測員はグレイズ大尉にグランデ少尉、フィッシャー大尉にシイナ中尉を付ける。以上」
案内されたバンカーには、もう燃料を満載した偵察機、RF-4Eが待機していて、エリシャはグレイズに続いてその機の後席に収まる。
「...エリシャ、ファントムの経験は?」
出撃前の計器チェック中に いきなり聞かれ、少し引き攣った声で答える。
「あ、ありません。索敵なら、一応練習生の頃に訓練で...」
「うん、まあそうか。アビオニクスは最新の物になっている。訓練機と大した差は無い筈だ」
言われてみれば、エリシャが今触っている計器盤は、訓練生時代によく見たものとよく似ている。
そんなつい最近の出来事も、今では随分昔のことのように感じられてしまう。
「は、はい」
「安心しろ、俺らは索敵補佐だ。大体の事はサムたちがこなしてくれるさ。あ、それと俺らのコールサインはレコン2だ。間違えるなよ?」
「了解です」
「Recon 2, this is tower. Taxing to runway 01.」
「Recon 2 copy.」
ふと横を見れば、アフターバーナーを全開にして離陸する3機のF-22。
尾翼には、南十字星。
「Griffith 1,2 and 3 take off. Griffith 4 and 5. You are clear to take off.」
「Griffith 4 copy.」
「5 copy.」
そんな慌ただしい離陸風景を横に、エリシャの乗ったRF-4Eはタキシングする。
途中、動翼と排気ノズルをチェックしながら、離陸シークエンスのいくつかを省略して。
「Recon 2, you are second line.」
「Roger.」
サムとシイナのレコン1と並んで滑走路に着くと、グレイズは計器の調子をざっと確認して管制塔に離陸を宣言する。
「Recon 2 take off.」
「Recon 1 take off.」
「Tower copy. Good luck.」
グレイズはスロットルを離陸位置にまで叩き込むと、アフターバーナーを全開にして離陸する。
機体がふわりと浮かんだ瞬間、グレイズは操縦桿を引き、力強く上昇する。
途中、「重いな...」と不安げに呟いた声を、エリシャは聞かなかったことにして、眼前の上官と任務を見据える。
撤退する味方地上部隊に迫る敵の偵察。
自分たちのもたらした情報に、味方の生死がかかっている。
「落ち着けエリシャ。息が荒いぞ」
突然、ヘルメットのスピーカーから流れた声に、びくりと体を震わせる。
酸素マスクのマイクは、結構息遣いの音を拾ってしまうんだと、今更気づいた。
「す、すみません。任務に集中します」
「ん...いや」
妙に言葉を濁すグレイズを、エリシャは怪訝な顔で伺いつつも、計器盤のレーダーディスプレイを見る。
エリシャたち偵察編隊は巡航速度に達し、目標を若干迂回する進路を取ってゆっくり上昇する。
兵器倉に空対地誘導爆弾を満載したグリフィスとフェアリィの2小隊は、F-22持ち前のステルス性能に物を言わせ、強引に爆撃コースを突入するが、エリシャたちにはそれが出来ない。
電波吸収剤による塗装こそしているものの、エリシャたちのRF-4Eは原型機の設計がかなり古い。
他国では最早訓練標的と成り果てた機を、強引に改修して運用しているものだから、とにかく敵に見つかるわけにはいかない。
よって、敵が迎撃し得ない超高空を飛行することによって敵SAMを回避する。
限界高度ギリギリまで登れば、カトリアの持ち込んだ簡易的なSAMサイトでは迎撃できない筈だ。
...HIMADでも持ち込まれていたら最悪だが。
「無線チェック」
「チェック、OK。ロングキャスターからの中継です」
しばらく飛んで、AWACS経由で地上部隊の無線を拾える様になった。
ロバルトから事前に通知された無線周波数に合わせると、飛んできたのは悲鳴と怒号、そして銃声。
『CP!こちらミスフィット指揮官!敵は大隊規模!こちらの数では抑えきれない!至急、支援を要請する。オーバー‼︎』
『CPよりミスフィット指揮官。現在全戦線が逼迫しており、支援は困難。その場で持ちこたえろ。アウト』
『クソッ!戦車だ‼︎』
『ミスフィット1-3よりミスフィット指揮官!当隊は対戦車兵装が不足している!近接高空支援を‼︎オーバー!』
『ミスフィット1-3!今向かってる、それまで現状を保持しろ!アウト‼︎』
『アンヴィル2-5がやられた!2-5は大破炎上中‼︎』
「酷い......」
聞こえてくる地上の混乱に、エリシャは絶句する。
まだ視認圏外だが、地面を這う部隊は相当酷い有様なのだろう。
無線で聞こえてくる声の後ろから、負傷者の悲痛な叫びが聞こえる。
『...い!衛生兵‼︎』
『出血が止まらない!』
『腕が!僕の腕が無い‼︎』
『うおっ!クソッ誰の足だ⁈』
「...Long caster. This is Recon 2. I’m on staging area.」
「Copy that Recon 2. Start your mission.」
「Roger.」
そんな地上の混乱を頭から締め出し、エリシャは目の前の任務に集中する。
これ以上死人を増やさぬためにも、今は人間性を捨てよう。
良い兵士は、敵を人間だと思わず撃ち殺す事が出来るらしい。
そのようになりたいとは思わないが、そのようになるしか無い時もある。
今がそうだ。
「Recon 2 to Long caster. Enemy ground units are coming close to Misfit 1. 2 tank and 1 infantry platoon.」
味方地上部隊は市街地にまで後退し、敵上陸部隊に対する遅滞戦闘の構えだ。
いや、実際のところ、遅滞戦闘すら怪しい。
赤外線カメラで捉えた、迫り来る敵機甲部隊をAWACSに伝えつつ、エリシャは光学カメラで海岸線を見る。
夏には海水浴客で埋まるその海岸にいるのは、今はカトリア軍の上陸用舟艇とLCAC。
そこからアリのように流れ出る戦車や装甲車、そして人。
その圧倒的な物量に、ラーシャ軍はすでに崩壊寸前だった。
「Recon 1 to Recon 2. Enemy tanks are moving on King George street. Can you see them?」
「This is Recon 2. Yes I can. Ah... 5 LVT. Long caster, did you here?」
「Long caster copy. Misfit 3...」
サムのレコン1からの知らせに、慌ててカメラを確認する。
気づけば、何両かの水陸両用装甲車が防衛戦を突破して市街中心部へ侵攻し始めていた。
「Recon 2 to Griffith. 5 LVTs are getting close to HQ. Grit BG47529837.」
「Copy that. I gonna attack.」
直ぐに、一番近いグリフィス隊を呼び出して攻撃を指示する。
幸い目標を攻撃可能な位置に居たらしく、即座に攻撃開始の合図が返ってきた。
「Drop, ready... Now. Bombs away.」
投下の報告から間を置かず、赤外線カメラの映像に閃光が走る。
グリフィス1がウェポンベイからスマート爆弾の1本を投下したのだ。
従順に目標に突っ込んだ爆弾は、密集して侵攻していた装甲車を一掃し、道路にクレーターをこしらえる。
その1弾を皮切りに、グリフィス隊とフェアリィ隊は、猛禽類の如く地上の獲物に襲いかかった。
「Recon 1 to Long caster. 2 infantry platoon...」
「1 friendly squad can’t move back...」
「Griffith 4 engage!」
「Guns guns guns!」
「Misfit 1-3. Danger close...」
地上からの無線は未だに悲鳴と怒号のオンパレードだが、グリフィスが航空支援を始めたエリアでは、すでに余裕が出始めている。
というのも、彼らは一度攻撃を始めると、弾薬か敵が尽きるまで、驚くほどの的確な支援を行ってみせる。
教本では回避を推奨されるような対空陣地にも恐れず突入し、火の海にして帰ってくる。
爆弾を投下し、機銃をばら撒いて上昇。
超音速でビルの間を縫うように飛び、衝撃波で瓦礫と敵歩兵を吹き飛ばしながら味方の退路を切り開く。
「...流石と言うべきか、恐ろしいと言うべきか」
呟いたグレイズの声には、彼らへの尊敬とともに、畏怖の念も混じっていたに違いない。
爆撃コースを通過し、リカバーするグリフィス隊を赤外線カメラで捉えると、エリシャはロングキャスターに指示された目標の沈黙を報告するべく、回線を開いた。
短い雑音の後、繋がった回線にまず名乗ろうとした、その時。
「Caution! Bogeys inbound. Recon 2, your behind!!」
ロングキャスターの、明らかに慌てた声が飛び込んできた。




