5話:ギルド結成
修練場の爆発が学校全体を揺らす。ドンドンと校長室の扉をノックする大きな音。
「校長先生、校長先生! 修練場が……!」
入ってきたのは禿げかけた頭が目立つ教頭だ。五十を超えた老いぼれだが、実力だけならブレイバー学院で三番目に強いだろう。一番は誰かって? もちろん、この私、校長に決まっているだろう。
「音を聞けばわかりますよ、教頭先生」
「そ、それは失礼しました。それはそうと、こんなものが学校に届けられていたのですが……」
教頭から渡されたのは一通の手紙だった。豪華な金色の線が入った白の封筒、シンプルな無地の便箋。これだけ紙をふんだんに使える者などは限られてくるが、私の知る限り一人だけだ。
「では、私はこれで失礼します」
教頭先生は校長室を去る。私は書かれていた手紙の内容に驚いた。
「ほう……そんなに彼が気になるのか……」
私は手紙を机の引き出しへとしまった。
この短時間の間で色々なことが起こった。黒魔竜の襲撃、修練場全壊。この状況を理解できた者はほぼいないだろう、呆然とステージで待機している者が九割と言ったところだ。残りの一割はと言うと……。
「えーみなさん! 実習は中止です、各自、教室に戻ってください!」
一人目は魔法学の先生、まあ、先生だからこのくらいは当然だろう。若干、顔に戸惑いが見受けられる。
「レイト、お前は残れ」
二人目はサキ先生。さすが『薔薇の騎士』と言ったところか、全く動揺していない。全員が修練場から去ったのを確認するとサキ先生は話し始める。
「あー単刀直入に言うとな、お前、黒魔竜の暗殺対象になったから気をつけろよ」
衝撃の事実だ。異世界に来て二日で暗殺されるって……嘘だと信じたい。
「そ、それってどういう意味ですか……?」
「黒魔竜がDOKの優勝を狙っているのは知ってるか?」
昨日、エレナとミオから聞いた話か。
「はい、知ってますけど……」
「優勝するためには奴らは他校の生徒を殺すことだって躊躇しないということだ」
「で、でも、なんで俺が……」
「第六魔法の使用、そして、賢者ファイス・ロークニルただ一人が使えた伝説の技、『魔法言破棄』の使用、充分、狙われてもおかしくないと思うが?」
「うっ……」
俺は返す言葉が思いつかなかった。心臓が強く脈打つ。初めて暗殺される側の気持ちを感じた。頭の中は怖いという気持ちで溢れかえっている。
「で、お前ら、そこで隠れてないで出てきたらどうだ」
「あ、バレてましたか……」
と、数人の生徒が顔を出した。
「レイト、お前は残れ」
サキ先生のその言葉を俺の耳は聞き逃さなかった。これは絶対何かあるぞ……。先生の結界により、爆破を免れたステージに隠れて二人の会話を盗み聞く。トントンと何者かに肩を叩かれる。急いで振り返った。
「あ、エイジくん。こんなところで何してるの?」
「なんだ、リュンか、おどかすなよ……あの二人の話、なんか面白そうじゃないか?」
「そ、そうかなあ……」
「お前も一緒に聞こうぜ」
俺はリュンの白い手を掴み、共犯にした。
「あれ、エイジじゃん。なにしてるの、ハルも混ぜてよ」
「ハルカか、別にいいけど静かにしてくれよ」
「了解」
ハルカの隣に橙の髪で片目を隠した二人の少女が立っている。右目を隠した少女は俺に軽く会釈する。とりあえず、俺も同じように軽く会釈しておく。
「それはそうとして、なんであんたまで一緒なの?」
ハルカの視線の先にはイリアがいた。
「別に構わないだろう」
この二人はとても仲が悪く、彼女たちの喧嘩で建物が壊されたことを何度も目撃している。危うく死にかけたことだってある。このままでは気づかれるのも時間の問題だ。
「お前ら静かにしろって、気づかれるだろ」
俺はなんとかこの場を治め、向こうの二人の会話を聞いた。黒魔竜に狙われているということにはさほど驚かなかった。あの戦いを見られていたなら当然のことと言える。話し終わったサキ先生はこちらを見る。
「で、お前ら、そこで隠れてないで出てきたらどうだ」
やはり、気づかれていたか。さすが、薔薇の騎士と呼ばれるだけのことはある。
「あ、バレてましたか……」
隠れて盗み聞きをしている奴がいたことにも驚きだが、さらに驚いたのがその犯人がエイジたちだったということだ。
「エイジ、なんで盗み聞きなんてしてたんだよ」
「いや、なんか面白そうだなって思ってさ」
サキ先生の前で素直にそんなことが言えるのだから度胸があると言うべきなのか。サキ先生はため息を一つついて話す。
「はぁ……まあいい。話を聞いてたんならちょうどいい。お前ら、ギルドには入ってなかったよな、護衛ついでにこいつと組め」
「「ええっ!」」
俺を含め、全員が驚く。
「って、ギルドってなんだ?」
「レイト……なんで、黒魔竜のこと知っていてギルドのことを知らないんだ……」
なんか、スミマセン。サキ先生を呆れさせたのも何回目だろう。
「じゃあ、だるいし説明はアイに任せた」
「あたしですかっ! えーっと……ギルドっていうのは、目的を果たすために作られた組織……ですかね?」
いきなりの質問に戸惑いながらもアイは答える。それを聞いてサキ先生は、
「なんか、重いな。一言で仲間って言えばいいじゃないか」
「それなら、先生が説明すればいいじゃないですかぁ……」
全く、その通りだ。
「来週までにギルド入れって言っても入らないお前らが悪いんだ。リーダーはレイトにしておくから頑張れよっ!」
無茶苦茶なことを言ってサキ先生は帰っていった。呆然と立ちすくむ俺たち。
「リーダー、指示を」
とハルカはからかう。
「とりあえず……解散で」
――そんなこんなで俺はエイジとともに寮に戻った。エイジは早速食事の支度をし始めた。その光景を見てあることを思い出す。
「あ、エイジ、俺に料理教えてくれないか?」
「料理か? 別にいいけど俺より適役がいるぜ、久しぶりにあいつの作った飯食べたいし呼んでくるよ」
適役か、どんな人だろうか。男子だろうか、女子だろうか。でも、あいつの知り合いって女子が多いイメージがあるんだよな……。などと、ベッドで横になりながらそんなことを考える。ん? 待てよ、女子だとしたら女子寮に入らないと呼んでこれないんじゃ、そんなことしたらあいつ変態扱いされるんじゃないか! 早く止めに行かないと! ドアを開けて追いかけようとすると、向こう側からドアが開けられた。そこにいたのはエイジとリュンだった。
「――ははは! 女子寮まで行くわけないだろ、さすがにそこら辺の常識は身に着けてるって」
いや、そんな風に見えないから心配してたんだよ……。俺たち三人はキッチンで早速料理を始める。
「えっと……じゃあ、まず材料の確認からするね」
リュンは冷蔵庫を開ける。これも魔力で動いているのだろうか。
「中は、グリーブルの肉、イエローオニオン、紅葉人参か……」
それらを腕の中に抱えてキッチンの空いているところに乗せる。リュンは窓の前に置かれた鉢植えをじっと見ている。鉢植えにはよくわからない謎の大きな草が一つ植えられている。
「ねえ、エイジくん、これなに?」
「ふっ、適当に生えていた草だ。俺はこいつには何かあると思ってな……」
エイジが言い終わる前にリュンが葉をブチブチとちぎっていく。
「じゃあ、飾りつけに使わせてもらうね」
「ああああっ! 俺の草が……」
葉のなくなった悲しい草を見てエイジは膝をついて、動かなくなった。
「エイジ、そんなにこの草が大切だったのか……」
「じゃあ、レイトくん、早速作っていこうか」
「あ、ああ……」
リュンは立てかけられたまな板と包丁を二つずつキッチンの上に出す。
「まず、材料を切っていくんだけど切り方わかる?」
「ああ、確か……こうか?」
適当にザクザクと切っていく。なんか切りにくいな。
「持ち方が違うよ、こう、左手は猫の手」
そんなやり取りをして材料を切っていく。材料を一通り切り終わるとちょうどエイジが目を覚ます。
「はっ……俺は一体……」
手に鉢植えを持ったまま話している。
「やっと目を覚ましたか、エイジも手伝えよ」
「ん? ああ、悪い悪い、今行くから……うおっ!」
エイジがバランスを崩し、手に持っていた鉢植えが勢いよく吹き飛ぶ。このままいけばリュンの顔面に直撃だ。リュンは後ろを向いていて気付いていない、俺は咄嗟にリュンを床に押し倒して助ける。後ろで鉢植えの割れる音がする。
「あ、あの……レイトくん、そろそろどいてくれないかな……」
「あっ、ごめん!」
顔が暑くなるのを感じた。何赤くなってるんだ、俺。相手は男子だぞ、そう男子だ。だから何も問題ないはずだ。落ち着け、落ち着け。
その後、リュンの完璧な指導とともに、カレーが完成した。カレーの香ばしい匂いが漂ってくる。スプーンですくって口に運ぶ。肉は口の中で溶けそうなほど柔らかく、玉葱は噛むたびに美味しくなっていく。
「俺、こんなに美味しいカレーは人生で初めて食べたよ」
「だろっ! レイト、俺に感謝しろよ!」
「いや、エイジくんは何もしてないけどね……」
こうして、楽しい夜が終わり、リュンは自分の部屋に戻っていった。俺は今日の疲れが出ていたのか、ベッドに入るとすぐに寝られた。
――ここはどこだ?
何もない白い空間。適当に彷徨っていると急に景色が白から黒へと変化する。黒い空間の中で何者かの呼ぶ声がする。
「――お前を貶めた世界を壊せ、こんな世界をお前は望んだのか?」
慌てて飛び起きる。窓から差し込む光が眩しい、そこは俺とエイジの部屋だった。どうやら夢だったらしい。隣のベッドにはエイジの姿はなかった。こんな早朝から何をしているのだろう。机の上には一通の手紙が置かれていた。




