95*ジェマ固まる
1階に降りると、お出掛け準備万端で、ジェマがウキウキで待っていた。
今日のジェマは町娘仕様だが、まずはボートに乗るので、私と同じように巻きスカートの下に動きやすいジャージを履いている。
髪も邪魔にならないように予め結ってある付け毛を付ける。水しぶきと共にポニーテールが顔面を叩くんだよ、邪魔で仕方無いんだよ。
襟元には冒険者バッジと商人バッジだ。これで町の外に出られる。
朝ごはんをさくっと済ませて、「さー行くぞー」。
北門を潜るジェマは大層緊張していたが、いつもの門番のおじさんが優しく話し掛けてくれた。
「その年で商人かー、えらいな、頑張って来いよー」
「はい! 頑張ります!」
「今日は他に泊まるので明日帰って来ますね」
「解った。二人とも気を付けてな」
「はーい!」
門番さんとジェマがずっと手を振っている。和む光景だ。
右に曲がり、しばらくジェマと歩く。
「おっと、ジェマびっくり第一弾があるんだった。ちょっと大きい物が出てくるけど、また叫ばずに大人しくしてね。私の後ろまで下がって」
索敵で他の人がいないのを確認してからBOXから車を出す。
ジェマは口を両手でしっかりと押さえて、急に目の前に出てきた大きな物に反応しないよう耐えている。
鍵を開けてジェマを助手席に乗せシートベルトを付けさせる。付け方と外し方の方法を教える。口から手は離したが、唇をぎゅっと噛んで黙ったまま頷いた。
発車すると、さすがに黙っているのに我慢ができなくなったようだ。
「うわあああああ」
音量は頑張って押さえている。
「喋っても大丈夫だよ」
「何なんですかー。動いてますよー。馬もいないのにどうやって動いてるんですか」
「私の秘密ナンバー3。3番だっけ? 4番だっけ?」
「もう15個位は秘密聞いてます。動いてるーこわいー」
「船と同じようなもんだよ。陸を走るの。海岸に着いたらボート出すから、それが秘密16ね」
「うううぅ。速い。転ばないですか? ぶつかりそうです」
「大丈夫だよー。運転結構馴れてきたからねー」
初めて第7で車を見たであろうジェマの反応はとても斬新だが、私もこっちで久々に車乗ったときは似たような感じだった。とにかくノロノロ運転をしていた。それを考えると運転も少しは上達したよ。
ジェマは風景を楽しむどころではなく、必死でシートベルトにしがみ付いていた。
ボートの反応もこれ以上だろうと予想できるから、今日は訓練どころじゃないだろうな。
でも大泣きされたら困るなぁ。
ちらりとジェマを見ると、目はウルウルしていたが、必死で前を見て耐えているようだ。唇を噛んで、シートベルトにしがみついている。
「あ、気持ち悪くない? 道が悪いから車酔いするかもしれない。吐きそうになったら早目に言ってね」
一応、お出かけ前に酔い止めは飲ませておいてある。治癒魔法かければ大丈夫だと思うけど念のためね。
微妙に首を横に振るジェマ。まだ大丈夫そうだ。
「もうすぐ着くから、もうちょっとだけ我慢してね」
長閑な田園風景が広がり良い眺めなのだが、ジェマにはその余裕はなさそうだった。
ようやく海岸について、車を降りる。
助手席に回ってジェマを降ろそうとするが、すっかり硬直しており、なかなか歩けずにいた。
とんでもなく力んで座っていたようだ。
車を収納して海岸に降りて、いつもの定位置に小屋を設置した。
「ジェマ、海だよー。ジェマの来たがっていた海だよー」
声を掛けると、初めて気づいたように、ジェマが顔を回して海を見詰める。
今日は気温も高く、波も穏やかだ。初めて海に出るには絶好のコンディションだろう。まあ、楽しめればの話だが。
硬直していたジェマの口が少しずつ開き、「わあ」と云う声が漏れた。
海に近い町に住みながら、海岸に来たのは初めてらしい。
近くの農場の収穫の手伝いで町を出たことはあるが、遠くにちらりと海が見えただけだったそうだ。
初めて間近で見る海。その広さに、キラキラした海面に、圧倒されているようだ。
この感情は私も知っている。
エルゼダンテの森でやっと小屋から出て初めて海を見たとき、圧倒的な迫力に、本当に異世界に来たことを知らされ、もう戻る場所は無いのだと解った。
その海の大きさに、美しさに、泣きそうになった。
ジェマもただ黙って海を見ている。
子供なんだから波と戯れに行くかと思いきや、砂浜でただ立ち尽くしていた。
5分位そうしていた気がするが、多分30秒位なのだろう。ジェマがこちらに戻って来た。
門を出てからまだ30分しか経っていないが、ジェマは既に色んな体験をしたので、少し小屋で休ませてからにしよう。
小屋に入るなり日常の小屋に戻って安心したのか、ジェマが再起動した。
温かいお茶を淹れてたら、
「カノンさんさっきの馬車って何なんですか?!」
と、怒られた。
「馬はいないからただの車だよー。うちの国の乗り物なんだ。ジェマ、ゴーレムって知ってる?」
「ゴーレム? 知らないです」
「土魔法であんな形のを作って、魔法使いが動かしてそれに乗るらしいんだけど。それみたいなもん?」
ゴーレム知らない人に、ゴーレムに似せていると言ったって意味がないだろう。つい私の説明も疑問形になってしまった。
ジェマが首を傾げるが、これ以上の説明は私には出来そうもない。
こういうとき、秘密なんだろうとジェマが勝手に解釈してくれるので助かる。実は私がよく解っていないだけなんだけど。
「カノンさんの国にはああいう馬が引っ張らない乗り物があるんですね」
「そうなの。海に浮く乗り物もあるの」
「解りました。秘密にします。でも怖かったです」
「車酔いは大丈夫だった?」
「それは大丈夫だったんですが、怖くてそれどころじゃなかったです」
「そんなにスピード出してなかったんだけどな。言っておくけど、車よりボートの方がすごいと思うから」
「そ、そうなんですか……頑張ります」
「うん、無理しないで、具合悪くなったらすぐに言うんだよね」
「でも船に乗れないと、レインディナに行けないんですよね、頑張ります」
「うん、さっきの車にもね」
「あー、そうでした。頑張ります!」
「まあ、無理しないで。そのうち慣れるから」
身支度を整えて、ボートの準備をして、最後にジェマを持ち上げてボートに乗せる。
既に緊張しているジェマが、「揺れてます」と慌てる。
「水の上だからね。逆にスピード出した方が安定するから。今日は穏やかな海面だから大丈夫だよ」
色々点検して回るが、再生魔法付与されてるし、これも実はいらないんじゃない?
でも省くと梶山船長に怒られそうなので、てきぱきこなす。もう何十回もやっている流れなので、記憶力の無い私でもさすがに覚えた。
今日は梶山船長はオブザーバーだ。ジェマに説明しようと思っても声も聞こえないので、何かあれば私が伝えることになっている。
もやい結びは家で練習させるからとユイが宥めてくれたそうだ。グッジョブ、ユイ。
船のDVDとか見られる様に、日本語とローマ語の翻訳アプリを作ってくれているそうだ。イタリア語だとちょっと違うので、イタリア語をベースに書き直しているらしい。
ジェマが日本語覚えても仕方ないので、出来るといいな。
「さあ、ジェマいよいよ海に出るよ。音がうるさいけど、そこにしっかり掴まっていてね」
「はい!」
緊張してるなー。
今日は南に行って、エルゼダンテの森を超え、前回行った村5も超えて先に行く。アールレイの森に近い海岸に行く予定だ。ウベールに行ったときより長い距離じゃないだろうか。
停泊する場所もユイが調査済なので安心だ。
村に見付かると、トマト教信者の泊まってけコールがうるさいので、今日は近寄らない。冒険者ギルドの森の調査の仕事もあるからね。
最初はゆっくりスタートする。ジェマを窺うが、まだ大丈夫そうだ。
「動いてるー海の上を動いてるー」
船酔いしないと良いけれど。
徐々にスピードを上げていき、船体が安定してきたところで、水を飲むついでにジェマを見たら、車のときと同様にガチガチに固まっていた。
「ジェマー、生きてる?」
ピクリとも動かない。あれ、死んだ?
「ジェマ、ジェマ」
何度も声を掛けると、ようやく少し反応が見えた。小刻みに震えている。
「大丈夫なの? 船酔いした?」
今ここを離れるわけにはいかないので、治癒魔法をジェマに飛ばす。
またピクッと動いた。
心配だけど、大丈夫だろう。
とにかく早く着いた方がいいだろうと、スピードを上げて、先を急ぐ。




