88*二人暮らしスタート
大欠伸をしながら1階に降りると、既に仕事着に着替えたジェマがスタンバイしていた。
「おはよう。早くない?」
「いつもと同じ位だと思います」
第7の朝は早い。5時の鐘で皆が起き、6時にはもう出社する。ギルドなんて6時から営業している。
屋台が朝10時からなのをいいことに、最近何も無い日は7時頃に起きていた。今日はいつもより早いが、6時である。ジェマは1時間前から起きていたと云うことだ。
「そんなに早起きしてたら、屋台オープンまで暇じゃなかった?」
「ギルドに早く行って、ギルド長が粘土板をくれたので更衣室で文字の勉強をしてました」
何この子、朝活?
向上心ある子って素晴らしい。私も見習わないと。
でもジェマが傍にいると、私の駄目さ加減が目立たないかな。
今までは餌付け効果で慕ってくれたけど、日常のだらしない私を見続けると辟易されてしまうかも知れない。
ヤバい、どうしよう、でもちゃんとした大人にはなりたくない!(オイ)
「偉いねー、もう文字は覚えた? 練習用の教材とかあったのかな」
「持ってきます!」
ジェマが2階へ走っていく。
その間に顔を洗って髪を結っていく。
ジェマはとっくに戻ってきているが大人しく待っていてくれた。
「大きな鏡すごいですね。玄関にもっと大きいのあるし、私の部屋にまでありました! やっぱりお姫様です」
「違うけどねー。ホッカイドーじゃ鏡は安いんだよ」
「そうなんですか?!」
「色々物価が異なるの。こっちで安い物が向こうで高い物もあるし、国に依って違うんだよ」
「そうなんですか。どうしてですか?」
「物を運ぶのは大体船でしょう? 遠くの国で安く買えたとしても、船で持ってくるのにお金がかかるから高くなっちゃう。船乗りさんの給料や食費、沢山の人が働いてるし日数もかかるから沢山お金かかるよね、船の燃料や色んな消耗品代もかかる。そして船を造るのに膨大なお金がかかっている。船がぶつかって壊れたときの修理代も。それを全部足したのが経費。安く買えた商品にも、経費を足して販売しないと赤字になっちゃうよね。だから100デナリの商品が、海を渡ると1万デナリになってしまうこともあるんだよ」
「わー、確かにそうですね。だからあんなに高いんだ」
「その点私は、船で運んでくる経費が一切掛かっていない。ホッカイドーの倉庫に繋がっているアイテムバッグを持ってるからね。だから他の商人が1万デナリで売る商品も、150デナリ位で販売することが出来るんだ」
「すごい! なるほど。よく解りました!」
話しながら、ジェマの髪も付け毛を付けてセットする。
「他の商人たちからすれば何ヶ月も苦労してお金かけて運んできた商品を、隣の店で150デナリで売られたらすごく損失だよね。自分のところは全く売れなくなるんだから」
「そうですよね。1万デナリと150デナリで同じ物が売られていたら、150デナリで買うに決まっています」
「だから私のことを恨むわけ。持っている商品を奪って、どういうルートで仕入れているのか聞こうとする。今は商業ギルド長のボーナさんが目を光らせてくれているから守って貰えているけど、町を出て味方がいなくなったら襲ってくるかもね」
「カノンさん危ないじゃないですか」
「危ないのはジェマもだよ。私の傍にいるだけで狙われるよ。保護膜かけてるからそう簡単に攻撃できないけど」
「そのために魔法の勉強しないとなりませんね」
「そう。昨夜考えたんだけど、土曜の屋台お休みにしようか。いつも日曜に船の訓練して町の外に出てるんだ。私の補佐でジェマもある程度船の動かし方を覚えて貰う必要あるし」
「はい! 頑張ります」
あくまでも補佐だから、梶山船長のスパルタは不要だよ。タブレットはジェマに見えないしね。
「門が閉まるまでに帰って来るのが結構しんどいんだ。この間村巡りしてて解った。だから土日泊りがけで町の外に行くことにしない? 森の傍で魔素浴びて訓練も出来るし、冒険者ギルドの依頼を受けてもいい」
「私町の外に出たこと殆ど無いので楽しみです」
「あ、そっか。土曜までに商業ギルドで仮登録出来ないと、町の外にも出られないのか」
こっそりジェマを持ち出しちゃえばいいんだけど。数日ってボーナさん言っていたから間に合うかも。
「まあ臨機応変で。はい、出来た。可愛いよ」
いつものキッズ用の可愛いヘアピンじゃなくて、今日は少し大人っぽくしてみた。
朝食はパン屋さんの惣菜パンに、惣菜をいくつかと、スープにヨーグルト。最近はこんな感じだ。私にコーヒー、ジェマには牛乳かジュースを。
寸胴に入ったスープや味噌汁が大量に発掘されたので、各家庭の物かと首を傾げたが、料理店の物だった。確かにスープや味噌汁は客が入る前でも作り置きしている。
カニ料理は無くても、カニの粗汁ならありそうだ。
ただ大容量の寸胴だけに一向に減る気配がなくて、一人で食べても全然量が減らない。一杯食べて、口に合うのと合わないのをフォルダに分けている。
口に合わないのは……いつか食べ物屋台やることがあれば出そうかな。私の口に合わないだけで、他の人の好みは解らない。
惣菜もそんな感じで、ホテルのバイキングやスーパーの惣菜や惣菜屋さんのおかずなど大量に発掘された。
料理をする必要が全く無いね。
米や生の肉や魚はいつ使えばいいんだろう。
「昨日は眠れた?」
「ちょっと心配だったんですが、ぐっすりでした。もうあのお布団すごく温かくて柔らかすぎです。一生お布団着て過ごしたいです」
あはは、でもその気持ちよく解るわ。お布団の国に住みたいよね。
昨日ズル休みしたせいで、「昨日来たのにー」と云うお客さんが多かった。
みんな許してくれたが、屋台無いときの立札に、月曜は営業と書いているのが不味かった。
これからは土曜も休みにするので、立札の変更を魂さんたちに依頼しておいた。
相変わらずの仕事の速さで5分後には納品されていた。それに何故か立札にイラストが描かれて可愛くなっていた。今までのは素っ気なかったもんね。可愛いのはOKです。
ピアス販売を始めたせいで、男性客も増えてきた。
女性客だらけでなかなか近寄り難かったらしいが、勇気ある男性の先駆者のおかげで、夕方には男性客の方が多い位だった。
その中には商人も紛れているが、大量買いはお断りしている。
それ以上絡んできたときは、温熱魔法の刑かクマグッズの刑を発動する。温熱魔法で大体引き上げてくれている。
一仕事終えて倉庫に引き上げたら、倉庫の管理室のおじさんが待っていた。
「早く帰って来て良かった。貼紙して帰ろうかと思ってたところだ」
「あーすみませんでした」
「そこの子は?」
「市場の屋台手伝ってくれている売り子なんですよ」
「ほう。小さいのに偉いな」
管理室のおじさんが、ジェマの頭を撫でる。意外とこのおじさん優しいのだ。
でもジェマのこと、もっと小さいと思ってるな。
「土地の賃貸の件ですか?」
おじさんと一緒に管理室の方に歩きながら聞く。後ろからジェマも小走りで付いて来た。
「ああ、上と話がついた。貸すのはOKだ。ただ賃貸期間が2年間のみだ。料金は100万デナリ」
「えー狭くなってるのに上がってるじゃないですかー」
「最初は2年で200万だったんだよ。俺が頑張って交渉してやったんだぞ。更地にする撤去費用で100万もぎ取った。だから2年で100万だ。普通に他で土地借りるともっともっと高いぞ」
「ブーブー。でも確かにー。ありがとうございました。それでいいです」
「カノンさん大丈夫ですか? 100万デナリなんて」
ジェマが心配した声で聞く。
「あそこの倉庫の土地を借りることにしたの。一ヶ月4万で土地借りられるなら安い方だよ」
「相当安いぞ」
「えーでも倉庫街だし、私じゃなかったら借りる人いないんじゃないですか?」
「お前がいないと大きな倉庫建てられるわ」
「でも誰が撤去するんですか? 業者頼んだら100万じゃ無理ですよねー」
「……これ以上まけられないぞ」
「それでいいです。賃貸契約書は?」
「ほら、貰ってきてやった」
事務所に入り、詳細に目を通す。日本の契約書と異なり、とっても簡潔だ。逆に書いていないことが多いので、どうとでも解釈されそうなことが多いが、わざわざ訴えてまで値切るつもりは無いからいい。
「支払いは商業ギルドの口座からでいいですか?」
「ああ、そっちの方が安心だな」
「再契約は両者協議の上2年後の期日までに決定する、と。2年後忘れそうなので、早目に商業ギルドに連絡貰えると嬉しいです」
「商人だったのか? 前は魔法使いだったろう」
「両方ですよ。ほら」
バッジを見せると、案の定の反応をされた。
「前見たときはそんなに大きいバッジじゃなかったろう」
「あのときはまだバッジ貰ってなかったかも。ギルド証だけじゃなかったかな。バッジ出来たらこんなに大きくって。で、これが商人バッジです」
「ほう、そうか。まー解った」
解ったんならいいや。
おじさんにまたお煎餅をあげて、さようならした。
拠点問題は解決して良かった。帰還魔法陣は運営の分析部が改良中で、もうじき出来上がるらしい。
「ジェマ、お腹すいた?」
「まだそんなに空いてません」
「じゃあ、まだ明るいからやっちゃおうかな」




