74*ジェマ基金設立?
何事も無いように普通の声を出すように努める。
「いいえ、そんなに長持ちする野菜ではないです。アイテムバッグに入れてたからですよ」
「アイテムバッグに入れたって腐るじゃない」
「そうなんですか? この国のアイテムバッグはあんまり長持ちしないんですか? 私のは温度管理されてるから結構持ちますよ。ジェマ、今日のサンドイッチも野菜シャキシャキで美味しかったよね?」
急に振られたジェマだが、ボーナさんオーラでまだやられていて返事が出来ずにいた。とりあえず置いておこう。
はーっと、ボーナさんは大きなため息をつく。
「はったりは効かないか。なかなかやるわね、15歳のクセに。他の商人たちへのあしらい方を見てても、堂々たるものだものね。……まあいいわ。カノンちゃんが毎週日曜日に町を出て行くのは知ってるのよ。ビタミンCやら農具やらトマトやらクマグッズやら、港で取引してるんでしょ? 取引相手が誰か知りたかったのよね。でもルートを明かさないのは、商人として当然のことだから諦めるわ。だけどもし大きく取引したくなったら紹介して貰えないかしら? 私は口は堅いわよ」
えー、何か勝手に誤解して納得されてた。そういう話になってたの?
馬鹿でかいアイテムバッグの秘密を、遂にばらすことになるかと思っていたのに。
そっか、日曜に買ったトマトなら瑞々しくても不思議はないよね。
ビタミンCも来週持ってきますって言ったから、日曜に仕入れたことになってるんだ。
そうか、そうか、でかした、名も知らない影の取引先。
ここは逆に、日曜に私を町の外に出すきっかけを作ってくれた梶山船長にお礼を言うべきか?
もしかしたら日曜には尾行がついていたかもしれないな。バイクや車に乗り換えていたから尾行を巻いたのかも。
「しばらくは無いですね。これでも結構稼いでますから」
「そうね、噂には聞いてるわ」
冒険者ギルドかなー。一番の収入はやっぱり魔熊代だ。
トマトの種を多めに渡して、早く次の話題に急ぐ。
このままじゃジェマがボーナさんのオーラで蒸発しそうだ。
「それで新商品なんですけど!」
明るく元気に切り出す。
「そうだったわね。試食が本題かと思ってしまったわ」
ジェマ、早く正気に戻ってねー。
「ピアスなんてどうでしょうか?」
「ピアス?」
ボーナさんの耳には、さすが元貴族、お金持ちっぽい豪華なピアスがついている。きっと本物の宝石だろう。
「平民は5個位しか持ってないようです。それも専門店にある10種類位から選ぶだけだから選択肢が無くて、重いのしか無いって。なので、お守りピアスは別として、普段使いできる軽くて小さなピアスを低価格で売るのはどうかなと思いました」
「なるほどね。市場でピアス売ってるのなんて見たことないわね」
「ボーナさんは専門店で買ったんですか?」
「家に呼んで来て貰ったわね。30種類位はあったと思うけど、確かにそんなに選択肢が無かったわ。宝石屋もピアスは扱ってるんだけど、もっと大きくてパーティ向けな感じなの。普段着に合うピアスじゃないわ」
さすがお金持ち。でも平民より選択肢は広がっていても、実際は同じ感じだ。
安くて小さくて軽いが、逆に売りかな。
「お守りじゃないピアスを販売しても問題起きないですか?」
「お守りと云ってもそう信じられているだけで、特に何の魔法も付与されていないと思うわ。貴族の場合、最初のピアスは、店から購入した後で魔法使いに防護や治癒を付与して貰うこともあるけどね」
「へーえ、治癒魔法の付与って凄いですね」
「かすり傷とかを治す程度よ。5、6回使ったら終わりみたい。あくまでもお守りね。どこかの上級魔法使いみたいな大きな治癒魔法は発動しないわよ」
また何か知ってるな、この人。話を逸らそう。
「そうですか。じゃあ、現物出しますね。ジェマー生きてる?」
ジェマの前で手をひらひらさせたら反応があった。
「大丈夫です!」
良かった、現実に戻って来た。
昨日仕分けたピアスをテーブルに出す。
「すごい、沢山、可愛い」
ジェマが身を乗り出してきた。
「こっちから500、1,000、1,500デナリにしようと思ってるんですけど」
「カノンちゃんそれ本気で言ってる? 500デナリでなんて買えるわけないでしょう!」
私は一番シンプルなトップに金色の小さな球が付いたピアスを手に取る。
「そうですかー。前にも言いましたけど、金色ですが金じゃないです、安い金属です。安い金属だけで出来ているので、とっても原価は安いんですよ」
「それにしたって500デナリはあり得ないわよ」
ボーナさんが1,000デナリで売ろうと思っていたピアスを指差す。
「これと似たのを持っているけど、100万デナリしたわよ!」
ジャマが隣でひいっ!と声を上げる。
「それは貴族価格ですよ。本物の金ですよね。平民は金メッキで10万だそうです。これは金メッキでもなく金が一切使われていないので安くて当たり前なんです」
「うーん、それにしたってねえ」
「今うちで一番高い商品は手鏡の3,000デナリなんです。手鏡より安いと思いませんか?」
「うーん、でも宝石が付いているのはね、この宝石は本物なのよね?」
「本物です。でもすっごく小さいし、ルビーとかエメラルドみたいに希少価値のある石じゃないです。沢山色んなところで採れる鉱物ですよ。でも色がキレイでしょ」
「解ったわ。とんでもなく安いと思うけど、カノンちゃんがそう言うならそうしましょう。ただ倍付けにさせて貰うわ。左側の金色と銀色のシンプルな物が1,000デナリ、真ん中の宝石がついた物が2,000デナリ、右側の大きめな物が3,000デナリでどうかしら? もっともっと付けたいけど、確かに手鏡をもっと高くすれば良かったわね」
いやいや何を仰いますか。これ以上高かったら屋台じゃ売れないって。
「ジェマちゃんも500デナリとかだとお釣り面倒よね。1,000デナリ単位の方が計算楽よね」
何をジェマを味方にしようとしてるんですか。
「言っておくけどカノンちゃん、こんな安値でピアスを本当に売るなら、もっとクマグッズを用意しておくことね!」
他の商人にもっと目を付けられると言いたいようだ。
「アハハ、クマのピアス探しておきますね」
ようやく値付けが完了した。
トマトの話もしたので、すっかり遅くなってしまった。
冒険者ギルドに寄って、着替えてから外に出ると18時過ぎだった。
日が長くなってきたとは云え、街灯も無いのでもう薄暗い。
「ジェマ送っていくよ」
「大丈夫です。一人で帰れますから!」
またしてもジェマに走って逃げられてしまった。
家にはどうしても来て欲しくないようだ。
あ、イレーネさん自宅知ってるじゃん。冒険者ギルドに戻ってイレーネさんを探す。
「おっつー」
書類と睨めっこ中のイレーネさんの上から声を掛ける。
「びっくりするなー。何か用事?」
「忙しいの? いやあジェマに嫌われちゃって」
「あんた何したのよ」
怖い、本気の眼だ。
「未だに自宅を教えてくれない。遅くなったから心配で送って行こうとしただけなのに」
「まあ、ボロボロの家を見られたくないんでしょう」
「そうだと思うんだけど、その家の周りは大丈夫なの? 夜中に襲われたりする可能性は無いの?」
「ああ、隣に無茶苦茶怖いおじさんが住んでるから、誰も近寄って来ないみたい。別におじさんとジェマは仲がいい訳じゃないけど、ジェマが大人しいから気にされてないだけ」
「ふーん、おじさんって血縁者ではないんだ?」
「全然関係ないよ。元傭兵でギルドにも昔登録してた。怪我で仕事出来なくなってから、周りに怒鳴り散らすようになって、誰か家の前を歩くだけで怒鳴るから誰も寄って来ない」
しょーもないおじさんだった。
「ジェマは大人しいから怒鳴られないけど、カノンが来たらうるさくて怒鳴るんじゃないの? だから家を教えないんだと思うよ」
「そっか、ある意味守られてるんならいいか。一応、保護魔法かけてるし」
「ええ? そんなことまで出来るの? 私にもかけてよ」
「何故私があなたにそんなことをしなくちゃいけないんでしょう」
めっちゃ真顔で答えてみた。
「酷いわ! まあジェマだからなんだろうけど。でもさーカノン、もうすぐ町を出るんでしょう? あんまり優しくしすぎるのも酷かもよ」
「そうなんだよねー。雇うときからそれ思ってたよ。とりあえずご飯食べさせることしか出来ないから、せっせと太らせようとしてるけど、全然太らないのは何故だ」
「体質かもね。まあ、いなくなった後は私が見てるけど、毎日ご飯食べさせるほど給料貰ってないから無理だなー」
「ジェマ基金とか作ろうかな」
「何それ」
「うーん、ジェマに毎月一定額支払われるような仕組みが何か出来ないかなぁ。ここ出るときに魔熊いっぱい置いていくから、後で少しずつジェマに払って貰うとか出来る?」
「出来るとは思うけど、ギルドが困る。魔熊そんなに預けられても解体できない。腐らせると買取出来ない」
「そうだよねー。冒険者ギルドに預けたお金って、他の町でも引き出し可能なんだっけ? それなら他の町で預けた魔熊の代金を入金して、アリッチェで下ろしてジェマに払うとか出来ない?」
「でも、あのジェマが素直に受け取ってくれると思う?」
「だね。何かいいアイディアが無いか、ギルド長にも相談しておいて」
「自分が行きなよ、カノンの方がギルド長も喜ぶ」
「いや、魔熊の話になると困るし。私のことを喜んでいるんじゃなくて、魔熊のことを喜んでいるんだよ」
「それは勿論知ってるけど」
やっぱりかい。
答えは出ないので、次回アイディアを持ち寄ることで解散した。
値段も決まったので、明日からピアスも並べようと、魂さんたちにタグ付けやPOPの用意を頼もうとしたら、私がイレーネさんとグダグダ話しているうちにすっかり揃っていた。
もう屋台の上のディスプレイも仕上がっている。ピアスがあることで、とてもアクセサリーショップみたいになってきた。
何て出来る部下たちだ。
やっぱり上がぼんくらだと、下がしっかりするものかな。




