66*トマト教の教祖になりました
村長さんがほくほく顔で一輪車を押しながら寄って来た。
「いやあ、良かった。こういう農具を売ってくれる店が無くて困ってたんだ。まだ在庫はあるのかい? 良かったら今度、周りの村にも行ってやってくれ。お嬢ちゃんだから信用しない奴らもいると思うから、私が一筆書いてやるよ」
「あ、ありがとうございます。それじゃこれにお願いします」
紙と鉛筆を渡す。ちょっと書いてから興味深げに鉛筆を見ている。
「この辺は村がいくつ位あるんですか?」
「ああ、この道をまっすぐ行くと、海に出るまでにあと4つある。村長たちはみんな字が読めるから大丈夫だ。あと食料もあるって言ったか?」
「お嬢ちゃん。金物はない? 鍋が欲しいんだけど」
お、クラリッサさんに教えてあげたい。
「靴はないの?」
靴かー、いっぱいあるけどサイズとか大変だし、材質もどこまで出していいやら。こっちの靴と外見が違いすぎるもんな。
「すみません、靴は持ってきてなくって。鍋はあります。食料も色々」
「じゃあ雨だし集会場に行こうよ。中で色々出して貰おう」
ずっと傘を差したままだったので良かった。お金を受け取るのも大変だったのだ。
「お嬢さんは外国の商人さんなの?」
歩きながらおばさんに聞かれる。
「そうです、東の島国から来ました」
「へー、そこではそれ流行ってるの?」
傘を指されて聞かれる。流行っているって訳ではないんだけど、流行ってるのか?
「あーそうですねー。故郷ではみんな傘差してます」
一応浮かないように透明のビニ傘ではなく、臙脂色の木の取っ手の傘だったが、傘を差している時点で浮いていた。
着いた集会場は広くて沢山物が置けた。
鍋やフライパン、食器やカトラリーなどを出していく。どれも鉄や木の簡素な物だ。市場で売っているものを意識して、似たような物にした。
もう来ないかもしれない村なので、あんまり他の商人や貴族のことを心配する必要も無いだろう。ちょっと位変わった物でも話題にはならないだろう。
「食べ物は何が足りないですか?」
「何もかも足りないわよ」
「でも、この村でも作ってるんですよね?」
「小麦や野菜は作ってるけど、村に残る分なんて殆ど無いのよ。去年は不作だったしね」
「そうなんですか、じゃあ色々出しますね」
長持ちする小麦粉、乾燥パスタ、雑穀、米、野菜を適当に並べる。
「これ何? こんな赤いの食べられるの? 毒じゃないの?」
よくぞ聞いてくれました。
この土地に広めたいナンバーワンの食材、それがトマト。
まさかトマトを紹介する機会がこんなに早いと思わなかった。
「外国の野菜でトマトって云います。生でも食べられるし、煮込んでも美味しいんです」
水魔法でちょっと洗って、切って皿に並べる。
奥様達が取り囲むが、みんなまだ手を出さない。
ついでにパスタソースのミートソースを皿に出した。温めずこのままでも十分美味しい。
奥様達にスプーンに乗ったミートソースを少しずつ配る。
「トマトとタマネギを肉を細かく切って煮込んだものです。美味しいですよ」
みんな恐る恐る口に入れた。
「美味しいじゃない!」「びっくり!」「すごくコクがあるのね」「フォカッチャに載せてもいいんじゃない?」
「そうなんです。パンに塗ってチーズ載せてちょっと焼くと絶品ですよ。あと、パスタを茹でて和えてみてください。最高です。トマトだけの元々の味も食べてみてください」
赤い実を口に運ぶのに、先程よりは抵抗が無くなったようだ。みんなでせーので食べてくれた。
「思ったより爽やかな味ね。果物じゃない?」「酸味もそんなに無いから生でも食べられるわね」「さっきの煮込みよりは美味しくないけど、果物と思えばいいんじゃない?」
なかなか好評だ、良かった。
「これ頂戴」「うちも」「私も」
「アリッチェに行ったらまた手に入るの?」
私は残念な顔をしてみせた。
「外国の食べ物だから、持っている分だけなんです」
「あらー残念」
「でも種を持ってます。暖かい土地で育つので、この辺の気候は丁度いいですね。種と栽培方法差し上げるので、良かったら作ってみてください」
一人に渡すと、私も私もとみんな手を出してきた。
よし、最初の紹介は上手くいった。
これだけで根付くとは思っていないが、トマトへの偏見が無くなるだけで構わない。イタリア中でせっせと布教活動を行おう。
実際地球でもこの辺はトマトの一大産地なので、上手くいけば根付く筈である。大々的に植えるには領主の許可が必要になるけど。
とりあえず今日は、トマト沢山と簡単な料理のレシピを置いていく。
地球の歴史に依ると、イタリアではトマトは長い間観葉植物だったらしい。トマトによく似た植物に毒があったのと、当時のトマト自体にも微量の毒があったせいだ。食用になるまでに長い時間が必要だったらしい。
その点日本のトマトは品種改良で毒もない甘いトマト。当時伝わったトマトと比べると雲泥の差だろう。今すぐトマトの虜になってもおかしくないのだ。
ジャガイモやパプリカも広めたいところだが、今日のところはトマトのみ。
「これもトマトから作ったソースです。甘酸っぱくて美味しいですよ。料理に足して使ってください」
ついでにトマトケチャップも渡しておく。トマトの虜になるんだぞー。一応容器は瓶の方にした。瓶でもスクリューキャップはこの時代で画期的だと思う。
パンにケチャップを塗ってチーズを載せて、火魔法でジリジリ炙る。
どうぞと渡すと、食べるなり腰砕けそうになる奥さんたちが続出した。
村長や男性陣もわっと寄って来る。この地にトマト教を布教した。
ほんのお散歩のつもりで寄った村で、トマト教の教祖になってしまい、村人たちが離してくれなかった。
あちこちから料理が持ち寄られ、私もBOXの中のトマト料理を供出して、賑やかな食事会が催される羽目になった。お酒の方は弱いのでお断りする。
車で帰らないといけない。飲酒運転で捕まることは無いが、酔って道を間違え気付いたらエルゼダンテの森で魔熊と対面していたなんて羽目にはなりたくない。
「泊っていけばいいのに」と何度も引き留められたが、それはお断りした。
18時すぎに何度目かのお暇の挨拶をしてようやく解放された。
気づけば50万の売上だ。魔熊と同じ金額だ。これだけ売れればもういっぱしの商人と言っても良いのではないだろうか。
村人たちは自分たちを貧乏と言っていたが、意外に現金を持っていた。農具とかは必要経費だもんね。新しい農具購入のために頑張って貯めていたのが、十分の一の値段で手に入ったから、他の物も購入する余裕が出来たようだ。お互いに良い取引が出来たのだろう。
南門の方が近いが、南門から小屋まで歩くのが遠い。
北門の門番もまた心配していると困るので、アリッチェの外周をぐるっと回り、北門近くで車を降りた。
今日一日で結構車の運転にも慣れた。時速も30km位出せるようになったよ。
遅いって? でも道は真っ暗だし、人を轢くと怖いじゃない。
雨はすっかり上がって空に星が出ていた。地球じゃ都会だったし、視力0.01じゃ一等星しか見えなかったが、こっちは違う。
5.0の眼に明かりの少ない町、見上げると満天の星空が広がる。
これを見るだけでも第7に来た甲斐があった。
「こらっ、遅くまで心配しただろう。どこ行ってた」
門番のおじさんが心配してくれていた。こっちから帰って来て良かった。
「近くの村まで行ったら、何故か歓迎されて帰してくれなくって」
「イトニ村か? あそこ結構閉鎖的だけどな。よっぽど気に入られたんだな」
村の名前まで聞いてなかった。村長さんに紹介状貰ったから、ここにいる間に、他の村にも行かないとならなくなってしまった。
「泊ってけってしつこくて、やっと帰してくれました。でもみんな優しかったです」
「嫁候補にいいと思われたんじゃないか? 農村ではどこも嫁不足だからな」
「そういえばご飯のときに若い男子に沢山挨拶されました。危なかったです。気を付けよう」
「そうだ。嬢ちゃんは可愛いから気を付けろ」
えへへ、可愛いって言われた。
でも本当に危ないときは水弾撃つから大丈夫。
土魔法で囲うとか、風魔法で引き寄せたり吹き飛ばしたり、殺傷しない技も身に着けたから平気。
「ありがとう。じゃあ、おやすみなさーい」
「はーい、おやすみー」




