65*はじめての村訪問
今日は珍しく雨だった。朝から雨が降るなんてアリッチェに来てから初めてじゃないだろうか。
さすがにボート練習はお休みでしょうと思っていたら、悪天候だからこそ練習するそうだ。
重い体を引きずって門まで歩く。
門番さんに「なんだそれ」とからかわれる。
どうも傘を差しているのが不思議なようだった。確かに周囲は皆フードを被っているだけで、傘を持っている人はいない。
「そんなのお貴族の奥様しか見たことないぞ。あれは太陽を遮るためだから、雨の日は見てないけどな。布じゃ濡れたら終わりだろう」
「これは雨を弾く布だから大丈夫なの。まあでも風が強いと、横から雨が入って来て、結局濡れちゃうんだけどね。うちの国じゃこれが一般的なんだよ」
「片手が塞がるから危ないだろう」
「そうだね。でもフードも布だから濡れるでしょ?」
「この程度の雨ならいいけどな、大雨のときはしんどいわ」
「お疲れ様です。風邪ひかないでね」
「そっちこそ気を付けて行けよ。早く帰って来い」
バイバイ、手を振って歩き出す。
門を出てしばらく歩いたとき、衝撃的なことにやっと気付いた。
雨だとバイクじゃ辛いじゃないか!
久し振りに車の出番かー。練習以来乗っていなかったので、ちょっと不安だ。
こんな誰もいない道じゃ事故を起こすことも無いと思うが。
濡れるのよりはマシなので、大人しく車を取り出して乗り込んだ。
雨は邪魔だが、歩く人も全くいないので走りやすい。今日ならゴーレム好き男子に会わずに済みそうだ。
梶山船長との待ち合わせまでには結構時間があったので、ちょっと方向を変えて周囲の散策に出掛けた。
北へ進むと港があると云う。外国の商人たちはみんなこの港からやって来る。
商人が馬車で通るのである程度広さのある畦道、信号で止められることも無いので、意外と快適に進みすぐに港に着いた。
小さな村の漁港をイメージしていたが、思っていたよりは十倍も大きかった。
私の乗るボートより5倍位大きい帆船や大きめの手漕ぎボードが何台か停まっている。
帆が大きいので迫力があるが、全長はそんなに長くない。この帆船じゃあまり荷物は運べないだろうな。
多分近隣の国からやってきた船だろう。まだ大航海時代手前、手漕ぎと帆船の中間地点と云ったところか。
地球の歴史だと、北欧あたりの造船技術が発達していたが、こっちはどうなんだろう。
将来的には造船技術も発達してくれないと困るけど、地球の二の舞の歴史は通って欲しくない、難しいね。歴史を変える力は私には無いけれど。
船を見て歴史に想いを馳せていたら、船から人が降りてきたので、車が見付からないように慌てて港から退散する。
またアリッチェの門が見えてきたので、左に曲がり海岸へ急ぐ。
海岸への道はさっきより狭くアップダウンがあるので、少しオフロード感を実感出来た。バイクよりダイレクトに伝わらないので、スイスイ運転できている感じがする。
思いの外快適なドライブだった。
いつも通り海岸に小屋を出して、身支度を整える。
ボートの上で傘と云うわけにはいかないので、丈夫なレインコートを着込み、上に救命胴衣を付ける。
体をぐるんと保護膜で囲っているけれど、水は100%防ぐって訳にはいかないんだよね。
ボートに乗ってても水しぶきが結構ある。
でも街中で100%雨を弾いたら、それはそれでかなり怪しい人になりそうなので、まぁいいか。
今日のルートは北側、さっき行った港の方向だ。
港から見つかる可能性があるので、少し沖合を走る。ボートもプロジェクションマッピングで身を隠しているとは云え、近いと音や波でバレてしまうので、殆ど見えない場所を進む。
しかし、運転席の前と左右と天井が囲われている筈なのに、水しぶきに加えて雨が押し寄せてきて、ボートの上も水でびしょ濡れになってしまった。
雨の日は絶対にボートに乗らないってことでいいのではないでしょーか、梶山船長。
レインコートの中にも沢山雨が入って来て、ガタガタ震えてくる。ドライヤー魔法を纏わせて乾かしながら体を温める。
雨の日の対応を各種学んで、雨脚が強くなってきたので、さすがに午後はお開きにしてくれた。
すっかり濡れて寒くなってしまったので、海岸に小屋を置いたままお風呂に入る。
ほーっ、暖かいって幸せだね。久しぶりに歯がガチガチするほどの寒気を感じたわ。体丈夫なので風邪をひいたりすることはないと思うが、身の危険は感じるものだ。
ボートは濡れたままBOXにぶち込んだが、再生魔法や浄化魔法が効いているので大丈夫らしい。
BOXの中に入っている他の物も濡れたりはしないらしい。北海道丸ごと入るBOXだし、かなり物の位置も離れているんだろう。
お風呂上がってランチを食べてユイと馬鹿話をする。
このまままったりしていてもいいが、いずれにしろアリッチェまでまた戻らないとならない。雨が酷くならないうちに大人しく撤収することにしよう。
周囲を片付けて小屋もBOXに片づけて車に乗り込む。
まだ時間も早いので、今度は南に行ってみようかな。
こんな日でも無ければ気軽にドライブにも行けない。
最悪上空からのナビがあるので、迷子になることはないだろう。森まで行かなければ大丈夫。
森を出てから一ヶ月も経っていないのに随分経った気がする。
懐かしいが戻りたいと云う意味ではない。
森の思い出なんて、殆ど引きこもりだったので、後半の水弾撃ちまくった記憶しか無いから。それも殆ど変わらない緑の景色だったし。
周囲の村に行ってみようかな。
南門への道に合流して、森を出たときの道を遡る。
牧場や農地があって、その手前に小さな村があった筈だ。
村らしきものが見えてきたので、早めに車を片付ける。水たまりを避けながら傘を差して歩いて行く。
村の入り口に入ろうとしたら、男に止められた。
小さな村でも門番はいるのか。小さな村だからこそ警戒するか。
「こんにちは。アリッチェの商人です」
バッジを指差して言う。
門番は怪訝な顔をして、
「まだ子供じゃないか。何しに来たんだ。商売しに来たのか?」
「えーと散歩のつもりだったんですか」
「雨の日に散歩だと?」
まず散歩と云う言葉が理解出来ないらしい。
みんな生きるのに一杯で朝から夜までずっと仕事をして、空いた時間は寝ていたい。せいぜい家族と過ごす時間に充てるから、余暇にのんびり散歩なんて考えられないのだ。わざわざ疲れてどうする。
ふらっとお散歩に来たつもりで、牧歌的な農村を期待していた私が甘すぎた。
地球の観光地じゃないんだから、第7の小さな町に食堂とか雑貨店とかあるわけない。
それに車だから忘れていたが、アリッチェからここまで徒歩だと2時間位かかる。
そこを雨の日にのんびり散歩してくるのは、相当にいかれた女だろう。
そっかそっか、私またやらかしたんだね。
「えーと、何か欲しいものありますか? アイテムバッグに色々入ってますが。足りない物とかあればお売りすることも可能ですよ」
「やっぱり商売に来たんじゃないか」
不本意だけど、いかれた女と思われるよりも、そういうことにしておこう。
「でも町から近いから物資は足りてますよね」
「そうでもない。この村には行商が来ないんだ。買いに行っても小さな馬車じゃあまり詰めないしな」
ちょっと話を聞いてくれそうな感じになってきた。良かった。
若い娘に期待はしていないだろうけど、若い娘だからこそ警戒の必要は無いと思ってくれたようだ。
商人バッジの上のでっかい魔法使いバッジはスルーしてくれて良かったよ。
「食料ですか? 沢山ありますよ。それとも農具とか?」
「農具もあるのか? ちょっと村長に聞いてきてやる。そこで待ってろ」
農具ってどんな種類があるのか解らないけどなー。
丁度左手の畑の横に農具が立てかけられていたので、そこまで行って確認してきた。手作業で使う農具ばかりだ。
タブレットを見て同じような農具一覧を検索する。
鍬とか鎌とか熊手とかスコップとかレーキとか、そんな感じかな。鍬にも色々種類があるようだ。木と鉄で出来た感じの地味なものをいくつか出して並べる。
バケツとかジョウロとか一輪車も必要かな。
トラクターは要らないよね。
向こうからさっきの門番と村長っぽい人が歩いて来た。門番は20代後半、村長は60位かな。
「おおっ凄いじゃないか。こんなにあるなら是非欲しい。ちょっと勉強してくれないかな」
並べたものを見て、村長がいきなり食いついて来た。
「この鎌見たまえ、凄く切れそうだ。試してみてもいいか」
「どうぞどうぞ。すみませんが、農具は全然詳しくなくて質問されても答えられないんです」
「使い方は一緒だろう。造りもかなりしっかりしている。それなのに随分軽いなー」
村長は一つずつ入念に調べて見ている。
村の入口でガヤガヤしていたので、遠くにいた他の村民たちも近付いて来た。
「丁度鍬が壊れたところだったんだ」
「これ何かしら。お姉さんこれどうやって使うの?」
「ああ、すみません、使い方がちょっと解らなくって」
「あれだろ。こうやって使うんだ、雑草取る奴だ。他の畑で見たことある」
「なるほど。あると便利かもしれない」
「これいくら?」
「ちょっとそれは俺が買おうとした奴」
「まだ同じのあります」
金額は解らないので、魂さんたちが査定してくれた日本円の倍で吹っ掛けてみる。そこから交渉しよう。
「え? 本当? 安いな。買うわ」
あれ? すぐに成立してしまった。
「昔買ったのなんて10倍はしたぞ」
ちょっと勿体ない気もしたけど、あんまり高くてもね。
「こっちも頂戴。まだあるの?」
同じものを出して並べる。
あれ? 日曜で休みの筈なのに、忙しくなってる。ジェマにも来て貰った方が良かったかも。
まったり村観光の予定だったのに、気付けば村民たちに囲まれていた。
わずか30分程度で30万デナリも売り上げてしまった。
屋台より儲かったぞ。行商に切り替えた方がいいのかも?




