63*ヒス婆再び
女装商人を追い出して、他のお客さんを接客していたら、保護膜にピリピリするものを感じた。
顔を上げたら、客の列の向こう側におばさんがいた。
どこかで見たことがある……この間の万引きのおばさんだ。
あのときのことを恨みに思って、睨みつけられているようだ。
ちょっと風で髪を爆発させただけで、警備兵に突き出したわけでもないのに、私は大人の対応をしたと思うよ。
そのとき隣で、ひっと息を飲む音がした。
見るとジェマが真っ青な顔で固まっていた。
その視線の先にはさっきのおばさん。
でもおばさんが睨んでいるのは私の方だ。
ジェマの方は全く見ていないように思う。
「ジェマちょっと休憩しよう。奥の椅子に座ってお茶飲んで」
小声でジェマに話し掛けて、ジェマを隠すように前に立った。
お客さんたちは一生懸命商品の吟味中で、ジェマの真っ青な顔にも気付いていないようだ。
おばさんはまだ私を睨み続けている。髪を爆発させた程度で恨まれちゃかなわん。
万引きしようとした方が悪いんだ。しかしここから土弾とか撃つ訳にもいかないから困ったな。
無視してたらおばさんがようやく帰る気になったらしい。
歩き出したところを目掛け、足元に土弾を放った。急に地面に小さな穴が開いたので、おばさんが躓き、顔面から前のめりに倒れた。
急にダイナミックに転んだのを見て、周りの人たちが驚き助けてあげようと手を出すが、おばさんはそれらを振り払った。
「うるさい! 絶対あんたでしょう! こんなことして絶対許さないからね!」
顔は倒れて汚れているが無事みたいだ。
土弾が足を貫く危険もあったけど大丈夫だったようで、私の土魔法が向上していて良かった。
こっちの方を見て騒ぐおばさんがいるので、お客さんたちもお互いに顔を見合わせ、自分じゃないと確認をする。
私は丁度会計に追われていて、そっちを見る余裕も無かったから、何も出来る筈がない。
誰にも相手にされないので、そのおばさんは急ぎ足で去っていった。
「何だったんでしょうね」「石に躓いて転んだみたいで悪態ついてたみたい」「お酒飲んでたんじゃないの」
お客さんたちが話すなか、私はただにこやかに接客を続けた。
客足が落ち着いたので、後ろに座っているジェマに声を掛ける。
「大丈夫?」
「すみません。大丈夫です」
まだ顔が青い。大丈夫の表情ではない。
「もしかしてあのおばさんが、商店の人?」
一呼吸あってから、ジェマが頷いた。
「やっぱりそうか。安心していいよ、さっきおばさんが睨んでたのはジェマじゃなくて私だから。この間ここで万引きしようとしたから、軽いお仕置きをしたんだ。それで私を睨みつけてきたらしい。ジェマには気付いてなかったから大丈夫だよ」
こんなに可愛く変装させておいて良かった。
「それに悪いことしたから跳ね返ってきたんだよ。転んじゃっていい気味だね」
「あれってカノンさんですよね。魔法ですよね」
「えー私お客さんの相手してたしーそんなの知らなーい」
惚けたら、ジェマが少し笑ってくれた。良かった。
「カノンさんの指から何か出て行ったみたいに見えました」
え? 動体視力すごっ。それとも魔力の流れを感じたんだろうか。
この子もしかして魔法が使えるのかな。
「えー全然なんのことかわかんなーい。あ、お客さん来た。ジェマこのまま座ってていいよ」
「いいえ、もう大丈夫です。働けます」
「無理しなくていいよ」
「本当にもう大丈夫です」
今日はもうおばさんが戻って来ることは無いだろうし、動いてた方が気も紛れるだろう。
その後2時間働いて、今日の営業は終了した。
ジェマは着替えるために冒険者ギルドへ戻る。
私も特に用は無いが、何となくついていって顔を出す。
髪を解くのを手伝ってからジェマの夕食と明日の朝食を渡して、またいいですいいからを繰り返した。
ジェマの顔色も治ったようで良かった。
美少女から美少年に変身して帰って行った。
送っていこうかと声を掛けたが、頑なに拒まれた。家を見せたくないんだろう、無理強いはしない。
私は奥に進んで、部屋のドアをノックする。
返事があったので、ドアをちょっと開けて顔を覗かせる。
「ギルド長いる?」
「カノンさんじゃないですか。あんなに逃げてたのに、自ら来るとは珍しい。何か懺悔でもしに来ましたか?」
机の上に書類がうず高く積まれ、絶賛お仕事中だったらしいが、話し掛けられたので気にせずに入って勝手にソファに座る。
「懺悔は無いけど、今日市場でね」
さっき会ったブルーノ商店のおばさんの話をした。
「転んだのは偶然なんでしょうか?」
「そうでしょう。よそ見して歩いてたからだよ」
「そういうことにしておきましょう。過去にブルーノ商店の仕事に行った人に話を聞いたら、ヒステリーババアだったそうです」
いつも口調が丁寧なギルド長の口から、『ヒステリーババア』なんてパワーワードが飛び出てしまった。
おばさんと呼ぶのも沢山いるし区別つかないわと思ってたから、私も『ヒス婆』にしよう。
「もう話聞いてくれたんだ」
「今日ギルドに来た人だけなんで、二人しか聞けていません。二人とも大人で3日程度の仕事だったので、手は出されていないようです。ただすぐ怒鳴る嫌な女だったと言ってました。今働いている少年がいるので、連絡を取っているところです」
これ以上はお互いに情報は無いようだ。
「じゃあ、何か解ったら教えてね。お疲れ様です」
ギルド長室を退散した。
今日は早目に帰って来たので、小屋時間満喫だ。
最近何かと残業が多くてかなわない。
昨日作ったラピスラズリに金具をつけてネックレスにしようと格闘していたら、ユイに声を掛けられた。
「昨日やってた石の加工、こっちでもやってみていい? ジュエリー学校の先生とか螺鈿細工の職人とかネットショップでジュエリー販売していた人とか結構いてね、みんなやってみたいらしい」
「うちの魂さんたちかなり多才だよね。すっごいのが出来そう。こういう金具の扱い方とか、石の磨き方とかよく解らないから教えて欲しい」
「伝えとくよ」
「全部使わないで残しておいてよ」
「沢山あるからそれはないでしょ」
「いや、100倍速でチームで作業されたら、あっと云う間にパワーストーンなくなりそうだわ。それと偽造宝石は全て処分して欲しいの。偽パールは特に多いと思うから全処分で」
「偽パール? ヘアクリップとか小物に、ビーズのパールがついているの沢山あるよね。洋服にも襟のとことかに、よくついているじゃん。ああいうのも?」
「ダメ、全部処分」
「えー可愛いのに勿体ない」
「それは地球で売ってよ。地球では偽物だと解ってて買うけど、第7は偽物を知らないから売ったら私が捕まる可能性があるじゃん。ガラスやビーズはいいけど、宝石っぽく見せているのはダメ」
「そうかもねー」
「あとこの時代にも存在するメジャーな宝石にしてね。それ以外の石は地球で売って」
小さい頃と比べて最近の宝石は種類が増えている気がする。何でもかんでも色んな名前付けてないかい?
そういうのをこっちに持ってきても、鑑定が難しくて安く見積もられそうだからね。
それとローマ人は色石が好きらしくて、ダイヤモンドは人気ないらしい。ダイヤは地球で売った方が良さそうだ。
「そうだユイ、昨日不純物を除去したときに、ちょびっとだけど一緒に魔素も除去されたんだよ」
「え? 北海道に魔素があったってこと?」
「使ったのはクズ石のパワーストーンだったから、どっか外国のだと思う。アルプス山脈あたりで採れた石だったら、地球でも魔素含んでいても不思議ないじゃん。他の鉱物にも魔素あるかもよ」
「きゃー魔石ってことじゃない!」
「そう。魔石集めなくて良くなるかもしれない。まだ北海道の地下資源手付かずでしょう? あるかもよ魔素」
「北海道は新しい大地だから、魔素が埋まっている可能性は低いんだよね」
「そお? でも地下100kmなんて人類未踏だから何があるか解んないじゃん」
噴火した山のマグマを確認するため、北海道をコピペするとき地下100km位まで指定したらしい。
おかげでBOXの中にとてつもない量の土がある。
沿岸の海もある程度コピペされたので、海水の量も凄いんだけど、土とか海とかどうしたらいいのこれ。
大量に海水噴射したら、スエズ運河開通とか出来ないかね。
「魂さん千人じゃ足りないから、全員雇って」
「全員って何人だよー。超大企業になっちゃうよ」
「まずはパワーストーンや発掘された鉱石から魔素を分解しよう。そしてメジャーな宝石は職人チームが加工してジュエリーにする。マイナーな宝石はこっちで用途を考える。偽宝石は全て処分。で宜しい?」
「宜しいかな?」
「あと、カノン用に少しだけ残しておく」
「本当に少ししか残らない気がしてきた。土弾のための水晶は残しておいてね。しばらくは足りると思うけど」
「ダイヤモンドじゃなくていいの?」
「魔熊に突き刺さるダイヤモンド弾って、要らないビジュアルじゃない?」
「いらんな」
「カノンの作ったそれちょっと貸してよ」
話の最初からずっと手に持っている昨日加工したラピスラズリのことだ。
長さ2.5cmのドロップ形、自分で作ったからとてもキレイに見える。
「ん? 金具つけてくれるの?」
「いや、査定するだけ。自分でやりたいんじゃなかったの?」
「こんな小さいカンをペンチで留めるとかさ、多分私には合わない気がする」
「カノン不器用だからね」
キーッ、解ってるけど言われると辛い。
元々不器用でゴーレムが作れず、逃げた先がこれだった筈なのに。丸カンさえ付けられないとは情けない。
「とりあえず貸してよ」
頷いてBOXに入れる。
「おー、査定出たよ。20万だって」
「え? すごっ。高いの? 安いの? ラピスラズリの値段が解ってなかった」
「かなり高いと思うよ。地金入れない宝石だけの値段だからね」
「成形したのこれだけだから、まだまだいっぱいあるよ。それも持ってって職人チームに何か作って貰って」
「途端に自分でやる気失ってない?」
「いや石を合成して不純物分解するのは面白かったんだけど、アクセサリーに加工するのはね、やっぱプロにお任せしよう」
最初は面白そうと思ったんだけどね。やっぱこんな細かい作業は向いてない。
「カン付いたよ。見てみて」
BOXから出してみる。おお、これぞ私が1時間格闘していた奴。
サービスでチェーンも付けてくれていたが、それは取り外す。
「チェーンは、まだ時代が進みすぎてるんだよね。こんな細かいチェーン、手作業で作ろうとしたらすっごい時間かかるでしょう。こんなの付けてたらお姫様かと思われて誘拐されちゃうから、革紐にする」
「カノンも段々第7にも慣れて来て良かったよ」
慎重すぎる位だと思っているけれど、時々ダイナミックにやらかしてるので、反論できないな。




