54*クマとビタミンC
アイテムバッグから大きな籠を出す。籠いっぱいにある物が入っている。
「それは?」
ボーナさんが籠の中を覗く。
籠からいくつか取り出しながら話した。
「この町はクマの被害が多いので、クマが人気が無いんです。ほら、こんなに可愛いのに」
男の目の前に、クマがついたヘアピンを見せつける。
ついでに他の二人にも目の前で見せてあげた。
色んな格好をした、色んな表情をした、可愛いクマグッズたち。中には可愛くないのもいるが、それも個性だ。
「可愛いでしょう? 村を襲う魔熊じゃなくて、可愛いキャラクターとしてのクマなんです。うちの地元ではクマは大人気なんですよ。だからクマ被害が無い町なら大丈夫です。おじさんたちが他の町に行くなら、これを売ってきてください。町で売れない物を捌いてくれるって話でしたよね? どうですか? 可愛いでしょう? 使い方解ります?」
滅茶苦茶早口で、各商品の使い方を説明する。
男たちは虚ろな目で私の話を聞いていた。
隣に長い髪があったので、モデル代わりにクマのクリップを挟んだら、ボーナさんがギャッと声を上げた。
「これなんですよ。この町の人はクマの可愛さを全然解ってくれないんです。本当のクマじゃないですよ。こんなにデフォルメされた可愛いクマじゃないですか」
「可愛い絵にしたってクマはクマだからね! 何で可愛いと思えるのか解らない。早く取ってよカノンちゃん!」
ボーナさんが狼狽えるのを見るのは初めてだ。この人にもこんな感情があったのか。
「今のところクマを怖がらないのは、冒険者ギルド長だけです」
「あれは別だわ! 可愛いと思ってるんじゃないくて、食料としてしか見てないだけだから」
「魔熊の煮込み美味しかったですよ」
「あの人以上のヤバい女だったわね、あなたは」
優しいボーナさんにまでヤバい女認定されてしまった。
いたいけな美少女なのに。
「でもおじさんたちは外国の人だから、怖くないですよね?」
「ああ、魔熊は怖いが、このクマは怖くないな」
他の二人にも同意を求める。二人も微かに頷いたような気がする。
「じゃあこの町をしばらく離れられない私の代わりにお願いします! 是非この世界に可愛いクマを広めましょう!」
「……ああ……」虚ろなおじさんの声と、「広めないでよ」小さく呟くボーナさんの声。
「では分類しますね。これは市場では1,000デナリなので、半額で500デナリ、これは半額で1,000デナリ……」
テーブルにぶちまけて、金額別にまとめていく。
少し立ち直ったボーナさんが横で数えてくれる。直接触りたくはないらしく、定規で触って数えているが。
そんなに無理なのか。
紙に明細を書いて、請求書を作成する。
全300点で合計257,750デナリになった。
「端数はおまけしますね。25万デナリでいいです。これでお取引よろしいですね」
「ギルドの口座から払う? じゃ、これで引き出し処理お願い」
ボーナさんが職員を呼んで男の口座からの引き出し処理を依頼する。
男は微かに頷いていたように思うが、本当に肯定したのか定かではない。
ボーナさんと私の流れるような作業が執り行われている様を、呆然と見ていただけだった。
気づいたら終わっていたと云うあれだ。
向こうは念願のヘアアクセサリーを5掛で購入出来て、私は不良在庫が捌けたので、良い取引と言えるのではないだろうか。
出来ればもっとふんだくってやりたかったが、単価が安いので致し方ないね。
職員が現金を持ってきたので、領収書にサインして、男たちにクマの入った籠を押し付ける。
「はい、お買い上げありがとうございます!」
「これで解ったと思うけど、この子はヤバい女だから変な気は起こさないように。虫も殺さないような顔してるけど、冒険者ギルド長をも震え上がらせる上級魔法使い様だから、あんたたちなんて指先一つであの世行きよ」
色々突っ込みたかったけど、ボーナさんが折角釘を刺してくれているので、隣で微笑んでみせた。
美少女の笑みなのに、ひぃーっと男たちが怯える。
あれ? 美少女と思ってるのは私だけなのかもしれない。国に依って美意識はまちまちだから、ローマ帝国ではあまり可愛くないのかも。
「みんなは船に乗るの?」
ちょっと怯えさせちゃったかなと思って聞いたら、男たちは小さく頷いた。
「長期間乗ったりする?」
コクコクと全員頷く。
「じゃあ、折角仲良くなったので、記念にいいものを上げるね」
仲良くはなってはいないが、怖がらせたのと、クマを押し付けた、ほんのお詫びだ。
でもクマを怖がらない貴族の娘さんとかがいたら、クマグッズはきっと高値で買ってくれると思うよ。
周囲からは見えないタブレットをタップして、アイテムバッグの中をごそごそする。そして、アイテムバッグではないBOXから取り出した。
銀色のアルミパウチだが、素材は気にするものか。聞かれたら鉄を薄ーく伸ばしたものとか言っておこう。
3袋出して、1袋ずつ男たちに押しつけた。
「これはビタミンC。船に乗ってるときの栄養不足にいいよ」
「ビタミンC?」
「壊血病とかの予防になる。壊血病ってこの国でもある?」
全然ないなら意味ないな。でもビタミン不足になることもあるだろう。
「壊血病に効く薬なのか?!」
全然喋らなかった左側の男が大声を出して立ち上がった。
「うん。壊血病多いのかな?」
「弟が壊血病で死んだ」
さっきまでの呆然としていた顔から一変、急に悲痛な顔つきになってしまった。
ありゃー、やり過ぎちゃったかー。
「……そう……もっと早く会ってたら良かったね」
「いや、死んだのはもう十年前だ。嬢ちゃんは生まれたばっかりだから、どうしようもない」
そこまでは若くないが、この体の5歳のときの記憶も無いので口は挟まない。
「長い航海になると、今も死ぬ奴が多い」
最初に私を脅してきた商人も、真面目な顔になる。
「半年前のダリーラ号は、みんな亡くなったそうよ」
ボーナさんも真剣な顔つきで話に加わる。
「生き残りがいるって話じゃなかったか?」
「上陸したときはまだ何人か生存していたんだけど、どんどん弱っていって、だめだったみたい」
ボーナさんが私に向き直る。
「それ私にも貰えるかしら? 予防になるの? 船に乗る前に飲めばいいの?」
「どうぞ。一日に一粒ずつ、船に乗っている間は毎日飲んで。30粒入ってるから一袋で一ヶ月分です」
「効果は実証されているのかしら?」
「えーと、壊血病はビタミンC不足で起きる病気で、体内に必要なビタミンCが一定値を下回ると、症状が出てくる。ビタミンCは野菜や果物に含まれている。一番いいのは、なるべく港に寄って野菜や果物を沢山買って生のまま食べること。この辺りだとお勧めはレモンね。そのまま食べるのは酸っぱいけど、料理に絞ったりドレッシングで使ったり、紅茶に入れたりするといいよ。この薬は生野菜が食べられないときに飲んでおくといい。あ、野菜だけじゃないよ。穀物も肉も魚も野菜も豆も全部バランスよく食べないと、脚気とか別の病気になるからね。それと、喫煙者はビタミンCが減るスピードが速いらしいから、煙草も控えた方がいい」
知識がかなり微妙なので、タブレットを見てカンニングしながら説明した。周囲には、手帳を捲りながら読んでいるように見えているらしい。
「カノンちゃん、あなた物凄いこと話している自覚ある?」
え?
タブレットから顔を上げると、目の前の男たちが涙ぐんでいた。
弟さんや仲間たちのことを思い出しているのだろう。
地球の大航海時代にはかなり被害を出して、治療法が見つかるまでに相当年月を要した病気だったから、第7でも同じことがあるかもと軽い気持ちで出しただけで、泣かせるつもりはなかったよ。
クマ押し付けてごめんねのおまけサプリだったのに。
「今の話が本当なら大変なことよ。多くの船員の命を救うのよ。証明はできるの?」
「できませんよ。私が作った薬でも私が研究した訳でもないですから。ただ地元でもずっと原因が解らず、何百年もかけて研究されてきたことなので、信用できる率は高いと思います。軽症の人は毎日飲ませることで、少しずつ緩和すると思います。重症者は別の合併症も起きているだろうから難しいでしょう。それと壊血病だけの薬ではないので、野菜不足で肌荒れになっているような場合もいいです。これも即効性じゃないので徐々にですけどね」
「カノンちゃん、その薬はどの位売ってくれるの?」
ボーナさんの目が据わっている。
「あれ? 壊血病の話ですよね?」
肌荒れの方に反応したような気がするな。
「ギルド長! 船員に回してくださいよ! 俺も仲間にやりたいから、もっと欲しいんだけど。買わせてくれ。いくら払えばいい?」
「あー、値段のことはボーナさんと話し合って決めますねー。とりあえずそれはプレゼントで、追加で売るかは決まってからまた。と云うことで、今日はどうもありがとうございましたー。クマをよろしく」
話の途中から、グイグイ腕を捕まれてボーナさんに奥の部屋に連行されていく。
曲がり角で顔だけ出して、商人たちに最後の『よろしく』を伝えた。




