55*イレーネさんが気に掛ける子
またギルド長室へ連行された。よくある展開だな。
「肌荒れの件はともかくとして、壊血病の予防薬は、うちの国だけじゃなく周辺国でも喉から手が出るほど欲しがる筈よ。高値で売れるわよ。いくつ用意できるの?」
「えーと、高値で売りたくないです」
「は? 何言ってるの?」
バカなの? この子? と云う顔をされた。バカなのは本当なので否定できませんけどね。
「高値だと薬効の証明が必要ですよね? それの対処を持ち合わせていないです。それに高値だと偉い人の口にしか入りませんよね。下っ端の船乗りを死なせるのは嫌です」
「まあ、そうね」
「小まめに寄港して野菜や果物を買って毎日生で食べると、壊血病のリスクが減ると云う話を広めてください。それでも野菜や果物の摂取が難しいときに、ビタミンCと云う栄養補助食品がありますよって。さっき薬と云う言葉を使いましたが、これ本当は食品なんです。要はレモンや野菜に含まれている体に良い成分をぎゅぎゅっと固めたものだと思って下さい。下っ端の船乗りにでも買える金額にしたいです」
「確かに高いと、本当に効くのか疑われるわよね。うるさい貴族が、効かなかったら金返せって言ってくるでしょうし。そうね、毎日レモンを食べるとすると、食べない日はレモン代がかからないってことよね。レモン1個程度の金額にするのはどう?」
「いくら位ですか?」
「最盛期だと1個120デナリ位かな。1か月だと3,600デナリ。それじゃ安すぎじゃない?」
「その位でいいと思います」
原価は0円なので大丈夫。
「販売は商業ギルドに任せて貰った方がいいかもね。カノンちゃんが屋台で売ったら、大変な騒ぎになりそうだわ」
「是非お願いします。今日の対処だけでもきつかったので」
「全然余裕だったじゃない。心配して見に来たけど、私いらなかったわね。逆に売りつけるって発想が凄くて笑ったわ」
「クマが少し捌けて良かったです」
「まだあるの? どれだけクマ持ってきたのよ」
「いや、ネコとかもありますけどね」
「一度全部見てみたいものだわ。じゃあこの薬……じゃなくて食品ね、もう2~3個貰ってもいい? ちょっと軽傷者に試してみるのと、本部への説明用に」
同じ物を出して、ボーナさんに渡す。
「出来れば私の名前も内緒にして頂けると助かります」
「ギルド内ではそうもいかないわね、手続きもあるし。なるべく外には漏れないようにしたいけど、真似する人も出てくると思うわよ」
「真似したくても出来ないですよ。真似できるものならして貰いたいです」
「あら、言うわね」
「いいえ本当に。だってレモンからビタミンCを取り出すって、どうやるのか全く解らないですよね? 水や熱に弱い成分だったら、火にかける訳にもいかない。何か粉末が取り出せても、それがビタミンCなのか解らない。でも研究を続けたら、方法に辿り着く人が出てくると思うんですよ。この商品よりもっと効果があって、もっと安くて、もっと簡単に作れるものが出来たなら、そっちの方がいいです」
それが文明を速めてくれる。
「じゃあ、今日はこれで。冒険者ギルドに顔出さないとならなくて」
16時にここに来たが、もう18時だった。
「これから別の仕事?」
「いいえ、一人じゃ屋台回らなくなってきたので、売り子募集かけたんです。毎日顔出せって言われてて」
「あら、そうなの。いい人が見付かるといいわね。私もカノンちゃんのせいで大忙しよ」
「あはは、すみませーん、宜しくお願いします」
ビタミンCのせいで、非常に厄介なタネを撒いてしまった。これならおまけにネコのヘアクリップでもあげれば良かった。
でも壊血病で亡くなる人を少しでも防げるなら悪いことじゃないよね。
イレーネさんが帰ってしまうと困るので、足早に冒険者ギルドへ向かった。
「遅ーい、帰っちゃおうかと思ってた」
開口一番に文句を言われる。
確かに、朝の6時前から働いているから、随分と長い勤務になる。冒険者ギルドも大変だ。
「ごめーん、因縁付けてきた商人がいたから、商業ギルドでお仕置きしてきた」
「めっちゃ本当のことに聞こえる」
「いや、そこまでのことはしていません。最後仲良くなったし」
「それは嘘だと思う。向こうは笑顔の裏で怯えているに違いない」
「私ってどういうキャラ? あーもういいよ。で、求人出してくれた?」
求人票を見に行こうとしたら、イレーネさんに通せんぼされる。
「え、何? まさか求人票に変なこと書いたんじゃないでしょうね。クマ好きとか書いてないよね? 私はクマじゃなくて、パンダが好きなんだから」
「パンダって何?」
「パンダ知らないか、ならいいよ。求人票は?」
「それについて、ちょっとご相談がありまして」
私の腕を引っ張って、部屋の隅に連れていく。
さっきも同じパターンがあったと思うけど、ボーナさんの方が力強かった。
でもイレーネさんも、私を投げ飛ばす怪力なので、第7女性はみんな強そうだ。
後で忘れないように、腕にも治癒魔法を掛けておこう。明日腕が上がらない可能性がある。
隅の椅子に座ると、イレーネさんは声を潜めて話し出した。
「求人票は朝提示して、すぐに応募がありました」
「嘘、早い。良かった。どんな人?」
「カノン、子供ってアリ?」
「子供?」
「子供って云ってももう12歳で、商店のお手伝いをした経験もあるから、お金の勘定も出来るし、私より計算早い位なの」
「優秀な子なんだ。男の子? 女の子?」
「女の子!」
「そっか。会ってみないと解らないけど、わざわざ小声で話す理由を知りたいな」
イレーネさんはちょっと俯いてから、話し出した。
「ジェマって云う子で、お母さんが早くに亡くなって、お父さんと二人暮らしだったんだけど、二年前にお父さんも亡くなって、今は一人暮らししてるんだ」
「12歳で一人暮らしなの? 10歳からってこと? 親戚とか孤児院は?」
「親戚はこの町にいなくて、孤児院は小さい子でいっぱいだから10歳の子なんて入れて貰えなかったんだよ」
「この町そんなに孤児が多いんだ」
ガラの良くない地域で、薄汚れた服を着た子供たちを見掛けたことがある。少し大きな子と一緒だったので兄弟かと思っていたが、もしかしてあの子たちも孤児だったのかもしれない。
「5年位前に魔獣が町の近くまで来たことがあって、そのときの被害で親のいない子が大分増えたんだよ」
「じゃ、その子もそれでお父さん亡くなったの?」
「お父さんは仕事中の事故だから、それとは違うけどね。それで孤児院がいっぱいだったから、当時10歳のジェマは一人暮らしするしかなかったの。食べていくためには仕事をしなきゃならないんだけど、15歳にならないとまともな仕事が無いんだよ。ギルドでも短期の仕事しか紹介できない。だから、カノンに雇って貰えると嬉しいんだ。大人しい子だけど計算は出来るし覚えも早いし、大丈夫だと思うよ」
「なるほど。イレーネさんが気にしている子なんだね。昔から知ってるの?」
「お父さんの方は冒険者登録してたから知ってたけどね。亡くなったときに借金があって、それで前に住んでいた家は取られちゃって、今はボロボロの家に一人で住んでるんだよ。冬は薪もなくてボロボロだからすきま風が凄いんだ。ギルドのメンバーでお金出して毛布プレゼントしたけど、あんなものじゃ寒さ凌げなかったと思う」
「ちょっと泣かせる話しないでよ」
今の私なら薪も羽根布団もあげられるし、家を建ててあげることも出来る。
でもたった1ヶ月半の売り子のバイトだ。まだ15歳になるまで3年もある。3年も面倒を見続けることは出来ない。
私には私の仕事もあるし、情が移ってしまったら困るなー。
「うーん」
悩んでたら、イレーネさんが心配そうな顔をした。
「ダメ? 12歳の子じゃダメかな?」
「いや12歳だからダメとは言わないよ。ちゃんと仕事が出来るかは、やってみなくちゃ解らないし。全く使えそうにない子だったら断るかもしれない。それは言っとく」
「商店の手伝いしたことあるし計算も出来るし覚え早いし、いい子だし」
「うんうん、さっきも聞いたよ」
「でも仕事に相性はあるから、断るのは仕方ないと思う。そこは勿論カノンが決めることだし」
「うん、採用するかどうかは会ってからだけど。あー、私が心配してるのはたった1ヶ月半だけだってことだよ。長い間雇ってあげられればいいけど、そうはいかないし」
「ダメなの? カノンもずっとアリッチェにいればいいのに。うちのギルド長も喜ぶよ」
「そんなにずっと魔熊狩らせないでよ。一緒に来た人がレインディナにいる筈だから探しに行かないとならないもん」
と云う設定だ。自分でもたまに忘れる。
ローマへも最先端の魔法を仕入れにいかないとならない。
「レインディナに行っちゃうんだ。いいなー私も行きたい。大都会らしいよ」
話がレインディナに移ったので、しばらくおしゃべりしてから、お暇した。
12歳の子かー。
いい子なら別にいいんだけど。家庭事情とか聞くと辛いなー。




