43*体力の限界です
それから2セット繰り返し、船の点検も一通りやってようやく、少しボートを動かしてみようかとなった。
もう期待しないぞ、動かすって言っても、5m位なんでしょう、きっと。
「じゃあまずは沖に向かってゆっくり発進するぞ」
わー動いてるー楽しいーなんて思ったのは最初の1分程度でした。
船長の梶山さん、今までは反復作業を要求する細かい人だと思っていたけど、ボートが動いた途端海の男になった。
「もっとスピードを落とせ! ふらつくな! バウを上げすぎるな! ちゃんと計器見ろ! 真っすぐ走れ! 遅せえんだよ!」
うわーうわーうわー無理無理無理。
思った方向に行ってくれないし、グラグラ揺れるし、もう無理だよー。
あれ? 酔い止め持ってきてたっけ? きっとBOXにあるけれど、今手を離すわけにはいかないから飲めない。
誰か助けてー
でも誰も助けてはくれない。これを終わらせるためには、自分で陸まで必死で戻る以外に道はない。
怒鳴られながらパニックになりながら泣きながらそれでも何とか耐えながら、やっと元の場所まで戻って来れました。
そんな状態でありながらも、アンカーから係留までもう一度やらされたことは、死ぬまで忘れない。
ロープを結び終えた直後、汚れるのもお構いなしで砂浜に倒れ込んだ。
ハーハーハーハー
自分の息遣いだけが聞こえる。
いつの間に泣いていたのか、顔がビショビショに濡れているが、波しぶきかもしれない。
5分位そのまま倒れ込んでいた。
こんなに波の無い穏やかな日に、ほんの少し走っただけなのに。
はぁ。ようやく気力が少し戻って上体を起こした。
「初めてにしてはよく頑張ったなあ。なかなか筋がいいぞ」
梶山さんの声がした。
うっそー、あれで筋がいいの? 鬼コーチがいきなり優しくして持ち上げる作戦?
解ってるのにちょっと嬉しくなっている私って、めちゃくちゃちょろくない?
「はー、ちょっと小屋で休憩してきていいですか?」
「カノンー、誰かにボート見られると困るからBOXに仕舞ってから行って」
戻ってきたらしいユイの声。
「あー解った」
「アンカーとロープ取らないと収納出来ないよ」
「……またかっ!」
めっちゃ重い足取りでボートに戻り、ロープとアンカーを収納する。
土魔法の桟橋に戻り、ボートをBOXに収納した。
「じゃあ今日はここまでにしよう。初日から頑張ったな」
ロボットの表情の乏しい顔で梶山さんが言う。
でも嬉しい。
「ありがとうございました」
終わったことが嬉しい。
「次は日曜日な、もっと沖まで出てみよう」
「平日は市場だもんねー。終わってからボートの練習だと夜になっちゃうしねー」
「いずれ慣れてきたら夜も練習しよう」
二人の言葉が全然聞こえない。耳もおかしくなっているようだ。
全無視して小屋に戻る。
全身に浄化魔法をかけてから、ベッドに倒れ込んだ。
「カノンーカノンー」
気持ち悪くて寝転がっていたが、すぐに寝ていたらしい。イヤーカフからのユイの声で起こされた。
「起きた? 大丈夫?」
「うーん、やっぱりまだダメ」
上体を起こそうとしたが、力が出なくてまたベッドに落ちた。
「寝かせてあげたいけどさー海岸だし、町に戻らないと」
「ああ、そうだった。今何時―?」
「今17時。もうすぐ日が暮れる」
「やばいじゃん」
町までバイクで戻らないとならない。着いたら18時で日が暮れているだろう。
「運転できるかなー。両手の感覚がないんだけど」
「あっは、わかるー」
「やっぱり治癒魔法早く習得しないと。覚えること沢山あるなー。今帰還魔法使えたら楽だったのに。でも小屋ここにあるからダメじゃん」
「がんばれー」
魔力を巡らせマッサージする。
「もう今晩ここで良くない? 屋台も持ってるから明日の朝そのまま市場に行けるし」
「門番のおじさんに今日帰るって言ったから心配するかもよ」
「いやー沢山通るのに覚えてないって」
「可愛い女の子は絶対覚えてるって」
「そうかー。可愛いから仕方ないか」
「自分で言うな」
「こんな外見にしたのはユイじゃん」
「いや、私じゃないよ。どっちかっていうと坂口さんだよ」
「ええ? そうなの? 坂口さんの好み?」
「んーそうなんじゃないかな。きっとこの会話も聞かれてるから、後で私がシバかれる。終了」
「こういうのが好きなんだー」
「だから終了」
グダグダ話していると、それだけ遅くなるので、気合入れて立ち上がる。
魔力マッサージのおかげで大分回復した。
小屋を仕舞って海岸にいた痕跡を消して、バイクで帰還した。
朝の場所でバイクを降りて徒歩に切り替える。
「お嬢ちゃん大丈夫だったか。遅いから心配してたんだぞ」
朝の門番さんがまだいた。本当に心配してくれていたらしい。戻ってきて良かった。
「ちょっと遠くまで行きすぎちゃって。すみませーん」
「この辺りは治安はいい方だけど、たまにタチの悪い奴らもいる。気を付けるんだぞ」
街灯の無い町の外は日が暮れると真っ暗になるから、18時すぎに大人でも出歩くことは滅多に無い。
ましてや成人しているとはいえ15の小娘、心配されて当然なのだ。
捜索隊が出されなくて良かった。
「はい、気を付けます。心配してくれてありがとうございました」
「うん、よろしい」
また朝と同じように、親戚の子供相手みたいに頭をぽんっと叩かれた。
私はちょっと明るい気分になる。地獄の特訓を終えた後なので、効果覿面だ。
明日から市場なので、今日はお風呂入って早目に寝よう。それにしても疲れたなー。




