42*いつボートに乗れるの?
門を出た商人たちは道をまっすぐ進む。その先に交易港があるようだ。
そんな場所では船の練習は出来ないので、人目に付かない海岸を目指す。
すぐ右に曲がって、畑を踏まないように避けながら畦道を歩いていく。
人気のない道に出たので、巻きスカートを取ってヘルメットを被り、バイクを出した。
ほんの数日前だが、町についてからの日々が濃かったので、久しぶりのバイクに感じる。
海に向かってブロロロロと進む。
坂道を登るとすぐに海が見えた。水面がキラキラ光って、エメラルドグリーンの海がキレイだ。
そういえば森の切れ目で海を見たときは、岩場の上だったので海までは近付けなかった。すぐ後ろに魔獣が沢山いる状態では、満足に海を堪能できなかった。
まだ春なので、水は冷たいだろう。
泳ぐ季節ではないが、海はずっと眺めているだけでいいものだ。
学生時代水泳部だったが、プールでは泳げるが海では泳げない。大体海で泳いだ経験なんてほんの数回だ。
浅瀬でチャプチャプするだけで、遠泳したりはしていない。波やしょっぱさを考えると、特に海で泳ぎたいとは思わない。
「そこを曲がってまっすぐ」
イヤーカフからユイのナビが聞こえる。
そういえばユイは、ナビゲーターという役目だっけ。いつも適当なことばかりおしゃべりしていたから忘れていたが。運転しながら地図を読めない私の代わりにカーナビも務めてもらわないと。
目的地らしい静かな砂場に辿り着いた。
「はい、お疲れ様―」
バイクとヘルメットをBOXに戻した。
「じゃあ、まずその辺りに土魔法で30cm×30cm×100cm位の穴を掘って」
「深さ1m? ここでいいの?」
「うん、その辺でオッケー」
砂浜かと思ったが、その下はかなり固い感触がした。でもこの程度の穴掘りなんて、私にかかれば全く問題なしである。
一気に柱が飛び上がって穴が開いた。砂は周囲に飛散する。
「そこに杭を打ちます。BOXの直下にある杭を出して、嵌めてください」
ああ、そういうことか。
ユイが用意した杭を突き刺すと、ボラードになった。船を繋ぎ止めるための柱ってことね。
丁度ぴったりと入った。土魔法を頑張ったおかげだね。周囲を砂で固定する。
「じゃあ。BOX直下のを出してくれる?」
ボートかー、昨日散々動画で見たから期待が高まる。どんな船かな。モーターボートって言ってたから小さいのだよね、きっと。可愛いのだったらいいな、ワクワク。
「えっと、これって何?」
「テーブル。そこに置いて。で、そこにタブレットを開いて置いて。そう、こっち向きに、オッケー」
ボートが出てくるかと期待したのに、テーブルかよ。
で、いつも通りユイの顔が映ってるだけじゃん。
もう一つあったのがロープ。
急にユイの顔がおじさんに変わった!
いや、おじさんじゃないな。男だとは思うけど、何だかコピーロボットみたいな表情の無い顔。バイクのゴーレム顔に似ている。
「こちら梶山さんです」
ロボットの横からユイの声がする。
「梶山さんは前世漁船の船長さんだったので、船の運転はお手の物です。今回色々教えて頂くことになりました」
「梶山です、よろしく」
何だか声も機械っぽい。
「よろしくお願いします。カノンです。あのーえっと前世?」
「魂さんだよ。この体は作業体なの」
おおーっ、これが作業体だったのか。私が雇った千人の魂さんたちが着ている体か。
「男性モデルと女性モデルがあって、どっちがいいか自由に選べるようになっているの」
時代的に運営もそういう配慮をしているのね。
「ちなみに梶山さんは男性モデルです」
「男です」
うん、多分それは解ってた。
「じゃあ梶山さんよろしく。向こうの部屋にいるから何かあったら呼んでください」
ああ、ユイが行ってしまった。
「では始めよう。まずはそこのロープを持ってくれ。俺の前にもボラードとロープがあるが見えるか?」
「はい、見えます」
「ボートを係留するときなんかのロープの結び方を教えるから一緒にやろう。簡単だぞ。まずは、まき結びからだ」
「はい!」
梶山さんの手元を見ながら一緒に作業すると出来るんだけど、一人ですると何故か出来ない。
右から? 左を下に傾ける? 知恵の輪じゃないんだから!
結局午前中ずっと、まき結び、もやい結び、8の字結び、こま結び、クリート結び、ひとえつなぎ、ふたえつなぎ、アンカー結びを練習させられた。
いやいや、絶対夢に見るやつだよ、これ。はーっ、連日しんどい。
昼休憩を挟んで、おさらいのため、一人でもう一度やってみる。
「うん、途中ぎこちないけど大体出来たな。練習しておきなさい。では実際にボートを出してやってみよう」
やっとボートだ。BOX直下のこのボートか。
指示の場所にボートを出す。手漕ぎボートにモーターがついている程度のものを想像していたが、かなり大きくかっこ良かった。スポーツボートって奴だね。
「では船の方に行ってみよう。タブレットを持ってきてくれ」
えーと、海の中にボートを出したので、そこまで行くにはジャージやスニーカーが濡れてしまうな。別なものに履き替えた方がいいかな。
体力が上がった今なら走り幅跳びでボートに乗れそうな距離だが、絶対とは言えない。足元グラグラだし。
そっか、桟橋を作っちゃえばいいね。海岸からボートの傍まで土魔法で桟橋を作り、濡れることなくボートに乗り込んだ。
前に2人、後ろに3人の座席があり、その後ろは釣りをするためだろう屋根の無いオープンな造り、運転席の周りは前左右囲われているので、水しぶきは大丈夫そうだ。
5人乗るつもりはなく、私一人で十分なのだが、多分速いボートなんだろう。
色はシルバー。
まさかと思って、桟橋に戻って覗き込んでみたら、やっぱり顔があったー。これも多分ゴーレムに似せているつもりなんだろう。
「桟橋は一度消すことは出来るか?」
「はい!」
あっと言う間に桟橋が消失して海底に戻る。
「では船の操作を練習していこう」
やったーやっと船が動かせる。
と思ったが、各種備品の在処、点検の仕方、給油の仕方、エンジンの入れ方切り方、計器の見方などを何度も繰り返すだけで、全然船が進まない。うー。
「次は停止の仕方だ。アンカーを落とそう」
注意してアンカーを落として、少し船を進めてエンジンを切る。
「アンカーロープをボラードにつなぐぞ」
よし、また桟橋の用意だ。土魔法桟橋! そんな魔法は無いけれど。
桟橋を渡って、先程のボラードにロープをつなぐ。あんなに練習したんだから大丈夫と思ったが、船の説明をいっぱいされたので、午前中の結び方をもう忘れかけている。
容量少なすぎないか、私の脳。先入先出法かよ。
何とかギリギリ思い出して、無事係留出来た。
意外に力がいる。今晩マッサージして寝ないと明日完全に筋肉痛だ、これ。
「まあいいだろう。潮の満ち引きを考えないと、ボートが座礁するからな、気を付けるように」
「あいあいさー」
「ではもう一回やってみようか」
もう本当勘弁してー




