41*船舶免許はいらないと思う
「免許は第7じゃ必要ないよね、どうしても見ないとダメなの?」
朝からユイに見せられた動画は、船舶免許の動画だった。ついでにテキストも渡される。
「免許とる必要はないけど、覚えることが多いからしっかり観ておいた方がいい。車やバイクと同じようにはいかないから。船に乗りたいって言ったのカノンでしょ」
「いや、乗りたいとは言ってないし。陸路より海路の方が近いのでは? と言っただけだし。それに海賊とか多いらしいよ。設定と同じように漂流したり沈没したりするって。私外国に売られちゃうと大変だよ」
「大丈夫、カノンの体はそんな程度じゃ死なない」
つい最近シュシュに殺されそうになったがな!
「それに山には盗賊もいるから、陸路を通っても安全じゃない。細い道で囲まれるより、広い海の方が逃げられる確率が上がる」
そうかなー? その理屈って合ってるー?
「船って一人じゃ無理なんじゃないの? 操縦士の他にいるでしょう?」
「小さいボートなら一人でも大丈夫」
「え? 手漕ぎじゃないよね?」
「モーターボートだから安心して。豪華客船は一人じゃ操縦無理だから」
「は? BOXに豪華客船入ってたの?」
「あったよ。丁度行楽シーズンで北海道沿岸に豪華客船が3隻いた。日本の船は道民輸送に協力してくれた。大型フェリーやタンカーもあるよ」
タンカー……絶対使わない気がする。
豪華客船はそそるけど、操縦したいとは思わない。
「いつか豪華客船動かせるように頑張って勉強して。動画一本毎にテストがあるから集中するんだよ」
「いーや-だーテストきらいー」
結局その日は一日中船舶免許の動画を見続けさせられた。性根尽きた。
昨日のボーナさんの拘束も疲れたけど、最近疲れることが多い。
魔力マッサージで頭の中までゆっくり解す。これをやると、ちょっと頭も良くなる気がするな。
今ならテスト勉強も捗るかもしれない。船舶免許を取る気はないけどね。
あれ? この国にも船の免許あるんだろうか? 簡単な講習とか必要なのかな。
船同士がすれ違ったときのルールとか、SOSの出し方とか、停泊するときの手順とか、地球のじゃなくて第7のルールを知っておいた方がいいと思うけど。
まー、実際に運転するときでいいか。多分この調子だと明日も動画が続きそうだし。
ああ、勉強嫌いだよー。テスト嫌いだよー。
朝5時の鐘で起き、身支度して欠伸しながら朝食の準備をしていたら、早速ユイからの声が掛かった。
「おはよー」
「おはよー。朝早くから元気だね。ユイっていつ寝てるの? 休みもいつもいるし。運営ってブラック?」
「ちゃんと休んでるよ。私の部屋はこっちより時間がゆっくりしてるから、昨日は10時間寝た」
「マジか」
いくらナビゲーターだからって、深夜や早朝は声を掛けないように気を使っていたのに、私よりいっぱい寝てるじゃん。
「今月の初めに温泉旅行行ったよ」
「知らないし」
ユイがいなかった日なんて一度も無かった筈だよ。
「運営の福利厚生施設が半額で利用できるんだ。10種類の温泉があって、景色がすっごくキレいだった」
「えー、私が大変な思いしてる間に、そんないいとこ行ってたなんて」
「お土産の温泉饅頭が無かったことに怒った?」
「饅頭はいらんわ。私も温泉行きたいー」
北海道の温泉饅頭なら、大量に持ってるから、いつでも食べ放題だ。
「イタリアは結構温泉天国だからね。きっと海岸沿いにもあるよ。ボートで行けるといいね」
「いや自然に出来た温泉じゃなくて、部屋付き温泉で夕日眺めながらまったりしたいんじゃい」
全くいつも仕事ばかりなんじゃないかと、私が仕事増やしてるんじゃないかと心配してたのに、そんな思いしてたんかいー。いいなー私も運営に勤めたいよー。
「それはさておき、本日の予定ですが、準備が出来たら海に行こう」
「え? 温泉?」
「うーん、今日は無理かな。今度ね。ボートに乗るから動きやすい格好してね」
「もしかして動画は昨日で終わり? もう船舶免許取ったことになってんの? 操作わかんないよ」
「それは海で先生が教えるからさ」
「おー、ボートの先生がいるんだ。優しい人だといいけど」
動きやすい格好といっても、町中じゃ女子はロングスカート必須だから、ジャージの上に巻きスカートを着る。イチイチ面倒だよな、これ。
ジャージがロングスカートに見えるプロジェクションマッピングが出来るといいのに。
足元もスカートで半分しか見えないので、革靴に見えなくもない茶色のスニーカーだ。
あと何が必要だろう。飲み物、タオル、救命胴衣? どれもBOXに沢山あるからヨシ。
どうでもいいけど、常時救命胴衣を持ち歩いている生活って何か凄い。
いや、常時、高層ビルも戦車も牛も持ち歩いているんでしたっけ。
「全然関係ない話だけどさ、BOXにいる家畜はいつか使うかもしれないからいいんだけど、家のペットの犬や猫はどうしたの?」
急いで朝食を食べながら聞く。
「ペットは元々コピーしてない。人間やペットはコピーしなかったの」
「あ、そうだっけ。第7に貰っても野良になると可哀想だなと思ってた。あれは? 動物園や水族館は?」
「それも第7で放して魔素浴びちゃったら大変だから、こっちで引き取ることにしたよ」
「そうだよね。魔ゾウさんなんて爆誕したら大変だもんね」
水弾でいけるだろうかと一瞬考える。
「こないだ運営の水槽にペンギン放したんだけど、ちょー癒し。仕事で疲れたら見に行って癒されてる」
「温泉とかペンギンとかいいな、運営。私も出向じゃなくてそっちがいい」
「来世はこっち勤務になるかもしれないよ。それに第7にもペンギンはいるよ」
「南極まで行けってか。いつか本当に言われそうだな。BOXに南極観測船なんて無かったよね」
「さあ。探せばあるかも。あ、オホーツクの流氷砕氷船ならあるけど」
「やめてー」
遠洋漁業に行く船はあるよね。もし仮に南極まで辿り着けたとして、魔ペンギンになっていたら? 倒せる自信は私にはないな。
他愛もないことを考えながら、小屋をBOXに仕舞って、廃倉庫から出る。
海岸でトイレを使うと思うので、小屋は持参だ。ランチやお茶の休憩にも使えるしね。
北門が近いので、そちらへ歩く。
門の傍の倉庫管理室に先日のおじさんがいたので、通りすがりに手を振って無事だよアピールをしておく。一応心配してくれたらしいからね。
おじさんも手を振り返してくれた。特に話すこともないので、これで十分。
北門はこれが初めてだ。
朝早い時間なので、出て行く商人や冒険者、入って来る馬車で結構混んでいた。南門の閑散具合とは随分違った。
出入りに手数料が取られない商人証がいいだろう。手元に用意して列を待った。
遠くの方に見覚えのある冒険者がいた。買取所で待っていた若者たちの中にいた気がする。魔獣の討伐に出掛けるのだろう。真っ直ぐ行った先を左側に曲がっていた。あっち側に森があるんだな。
私の目的の海は右側なので反対方向だ。
いつも通る者には大したチェックも無いらしい。列はサクサク進む。
私の番になったので、用意した商業ギルド証を出した。
「初めて見る顔だな。うん? 発行はここか。アリッチェの商人なのか?」
ガタイのいい兵士っぽい男だ。ギルド証を見ながら、こっちをじろりと睨む。
「はい、先日登録したばかりです。今日は町の周りを見に行くだけなので、夕方までに帰ってきます」
「ホッカイドー生まれ? 知らないな」
「東にある小さな島国です。アリッチェに来たときは南門から入ったので」
「ふーん。何を売りに来たんだ」
売りに来た訳じゃないんだが、商人ならそう聞かれて不思議はないか。
「明日から市場で屋台を出す予定で、雑貨とかです」
「そうか。売れるといいな」
急に怖い顔をした門番がにかっと笑った。取引も小さく害も無い若い商人と思って安心したのだろう。
「暗くなるまでに帰って来いよ。気を付けるんだぞ」
親戚のおじさんみたいに頭をぽんっと優しく叩いて、送ってくれた。
顔は恐かったけど、いい人みたいで良かった。南門の門番さんも優しかったな。




