3*メガネ男子坂口さん
はー……何だか色々話を聞きすぎて疲れた。
お腹も空かないし喉も乾かない魂なので、肉体的疲労はないが、何だか疲れた。
そっかー、人生しんどいと思っていたが、地球は修行の場だったんだ。
でも修行頑張ってやり切っても、結局株式会社に勤める運命なんだね。出世すれば高待遇でぐーたら生活とか出来るのかな。でも管理職は管理職で色々重圧がなー。
生活はどうなんだろう。ジムあるって言ってたし、割と水準は高いのかなぁ。
どんな仕事を紹介されるんだろう。色々大風呂敷を広げてしまった気がするので、気になる。いや、嘘は言ってないけれど。
しかし、死んじゃったかー。心筋梗塞だったらしいね。地球の肉体はベッドの中で死んでいるわけだ。
一人暮らしだったし、誰が見つけてくれるんだろう。遊びに来る友達もいないし、彼氏もいないし。
無断欠勤したからといって、すぐに家を訪れる会社でもないだろう。これは孤独死ってやつですか? 匂い始めて近所に気付かれるっていうのは辛いなぁ……。
大学入学で上京したから、かれこれ15年近く一人暮らし。最後に実家に帰ったのは5年前、電話も碌にしない薄情な娘だったな。
30過ぎて彼氏もいなくて独身だと色々うるさいから、仕事が忙しいのを理由に疎遠になっていた。別に仲が悪かったわけではないが、もういい大人なんだからと干渉するのを諦められた感じだ。
まだ両親も50代で割と元気だし、私もまだ若いのでお互いに心配していなかったけれど、急に娘の方が先に死んじゃうとはね。父も母も辛いだろうな、きっと泣いているよね、何故連絡しなかったって自分を責め続けるかもしれない。
悪いのは私の方だよ。大丈夫だよって言ってあげたい。
弟が早目に結婚して子供も出来て、地元に住んでいるのがせめてもの救いだ。姉は死んでしまって申し訳ないけれど、父母を宜しく。孫パワーで癒してやって欲しいな。
まー、でも、それも修行の一環なのかもしれないな。いずれ父も母も弟も奥さんも孫も、みんな死んだらここに来て輪廻の輪に戻る。
天国も地獄も存在しないんだよー。
神様も閻魔様もいないんだよー。
教えてあげたい。今私だけが知っている秘密を地球のみんなに教えてあげたい。
地球上大パニックだ。宗教法人とか大変だ。
秘密保持契約書とかサインさせられるかも。でも生まれ変わると前世の記憶は無いって言ってたしね。このことも忘れちゃうんだよね。
前世に未練は、今のところ特にない。両親への申し訳なさ以外は。
友達も社会に出てから疎遠になってしばらく会ってないし、彼氏は3年もいないし、気になる人もいないし、元彼になんて会いたくもない。会社の同僚も仲良い子はいたけど、プライベートでは付き合い無かったし。
仕事も楽しいことはあったけど、生き甲斐ですなんて言えるほどではなかったし、できれば宝くじでも当たってスローライフしたかった。
趣味は? 最近は特に熱くなることなかったな。推しとかもいなかった。
休日は体しんどいからほぼ寝てて、暇つぶしにスマホゲームぽちぽちしたり、お腹空いてやっとベッド抜け出してコンビニ行って色々買い込み、自宅に籠城する。ネット見たり、溜まった洗濯物片づけたり、気付いたらもう日曜の夜じゃん。やだー明日会社に行きたくない。
そんな人生。つまらない人生。
修行の甲斐もないから、早期に召されたのかもしれないな。
前世に未練は、ないね、特になし。
そんなことを取り留めもなく考えていたら、「須藤花音さんですか?」と声がした。
はっと見上げると、20代後半位の仕事が出来そうな眼鏡男子がいた。
白いワイシャツにスラックス、ノーネクタイ。IDカードを首から下げている。スーツの上着を脱いだ普通のサラリーマンにしか見えない。
「はい、須藤です」
「対策委員会 日本グループの坂口と申します。どうぞこちらへ」
眼鏡男子に連れられて、ついて歩く(つもり)。
対策委員会 日本グループ? 何をしているのか解らない部署ですね。
そっか、地球運営株式会社だから、ここにいるのは日本人だけじゃないんだ。
最初の大きなホールを抜けて、廊下を進み、右に曲がったところの部屋に入る。
入り口はカードキーだ。うん、普通のオフィスっぽい。
入った部屋も、白い会議室のようなスペース、よくある角の丸い木目調の長テーブルに、可動式の事務椅子が8脚ほど。ホワイトボードやプロジェクターみたいなものがあり、他に人はいない。
自分が魂でなければ、ここが日本オフィスと聞かされても疑わないだろう。
「どうぞこちらにお座りください」
オレンジの椅子を引いてくれる。相変わらず座った感覚は無いのに、座った自覚はある。
「ありがとうございます」
坂口さんは対面の椅子に腰かけた。
「佐伯から聞いたんですが、英語の他にイタリア語も話せるとか」
「うっ……え、そこですか? 英語もペラペラ話せるわけじゃないし、イタリア語は苦手だったって言った筈だったんですが」
それが仕事に指名された理由だとすると、甚だ問題だ。
英語とイタリア語を生かす仕事なんて務まる筈が無い。
「でも試験の結果を見ると、かなり好成績ですよね。大丈夫です」
「いえいえ大丈夫じゃないです」
「ペラペラ話せなくても大丈夫です。下地があれば、向こうでも勉強できますから」
「えー……」
「そして水泳を14年間されていて、今もジムで時々泳いでいる、と」
「えっ、水泳ですか?……はい、最近はあんまりですが、学生時代はクラブや部活に入ってました」
英語イタリア語の次は、水泳? 一体どんな仕事?
佐伯さんは今の会社のことを一番聞いていたからそっち関係だと思っていたのに、食いつくポイントがそこだとは思わなかった。
「14年間って凄いですよね。肺活量も人より多い方ですか?」
「ああ、やっぱり泳いでましたから、普通の人よりは多いです。今はちょっと計っていないから解らないですが。全盛期よりは大分落ちているとは思います」
「子供の頃から鍛えていたことが重要なんです」
「でもそんなに速くないです」
「問題ないです。そしてイベント会社に勤務されていた」
あ、やっと本題に入った。やっぱりこっちですよね。
「自ら企画を立て、予算管理やスケジュール管理、他社との折衝やクレーム対応もされていた。何万人規模のイベントも経験された。いいですね須藤さん。プロジェクトに必要な人材です」
さっきまでクール男子だった筈なのに、急に圧が強くなった、
まずい、誤解されている。ここは全力で否定せねば。
「いえいえいえ、現場で取り仕切っていたわけではなく、事務方の下っ端でしかありません」
「事務方いいですね。きちんと一つ一つの仕事をこなせることが素晴らしい。大きな指示ばかりして、そこに至るまでの道筋も方法も何も考えていない上司が一体どれだけいるか。その道筋を考えてこなせるのが優秀な部下です。上司なんかより評価されるべき能力だと思いますよ。自身で考えて行動できる人、そういう人を求めていたのです」
随分言葉の圧が凄いけど、ここにも困った上司でもいるのだろうか。
「いえーーーそんな言われるほどの仕事は成し遂げてないです、本当に!」
「でも最初から最後まで、ご自身で企画して実行したイベントがあったんですよね?」
「一人じゃないです。周囲の協力があってこそです。社内の人たちにも、他の会社にも、沢山手伝って頂きましたから」
「須藤さん、そういうところですよ」
坂口さんがじっとこちらを見て、ふっと笑う。
この眼鏡男子、結構イケメンだな。クール男子からの笑顔の破壊力、なかなかのものだ。
魂で良かった。体があったら赤面していたと思う。
しかし坂口さんも佐伯さんも、よく魂に向かって普通に話せているものだ。ぼんやり白い煙に向かって話している感じだよね、きっと。
「あまり明かしちゃいけないことなのですが、行動観察課からの須藤さんの前世評価がA-判定になっています。マイナスというと聞こえは悪いですが、A+やA判定は聖人君子のような方だと思って下さい。殆ど存在しません。周囲の人で須藤さんのことを悪く言う人はいなかったですよ。みんなから慕われていました」
「でも親孝行は何もしませんでした。5年も会っていなかったし、先に死んじゃって親不孝でした。泣いてるかもしれない」
「須藤さんはこっちで元気です、お父さんもお母さんも早く元気になって欲しいと望んでいます。と、伝えておきましょう」
「そんなこと出来るんですか?」
「夢の中に現れることができます。行動観察課に忘れずに伝えておきますね」
「ありがとうございます。育ててくれてありがとう、元気でいてねと伝えて下さい」
「解りました。必ず伝えましょう。それと弟さんのお子さんたちの担当者に、なるべくおじいちゃんおばあちゃんの傍にいるように伝えましょう」
「それ大正解です! 孫多めでお願いします」
「はい、孫多めで」
坂口さんは律儀に『孫多め』とメモする。
それを見て、私はぷっと吹き出した。
「須藤さんは周囲から慕われ、尊敬されていましたよ。本当に死んじゃったのが残念な人材です」
「あはは。その割には全然モテなかったですねー」
「いやそんなことないですよ。気付かなかっただけですね。学生時代にも〇〇君とか△△君とか」
「マジ?!」
びっくりして思わず本性が出てしまった。
「今の会社の取引先でも、□□会社の□□さんとか」
「え?! 全然そんな素振り無かったのに!」
「元彼は前世評価E判定です。あれは別れて正解です」
クール眼鏡男子が唇の端で笑い、急に闇属性を帯びた。
元彼も次回は虫スタートかもね。
もう全く関係ないので抹消でよろしい。




