33*魔熊を愛するギルド長
イレーネさんはズンズン進み、奥の部屋の前で立ち止まる。
「ギルド長、カノンさんを連れてきました」
ドアを開けて私を放り投げた。凄い力だな、柔道でもやってる?
私は無事にソファの上に着地した。
「買取所で魔熊と騒ぎを起こしていたので、連行しました」
やっぱり連行だったかー。
「魔熊を捕えたんですか?」
「他にも山羊とか鹿もいましたよ」
「それは凄い、さすが上級魔法使いだ。カノンさん初めまして。ギルド長のマルチェロです、よろしく」
「はい、初めまして。カノンです。よろしくお願いします」
冒険者ギルド長のマルチェロさんは、魔法ギルド長よりきちんとした感じの大男だった。
「魔法ギルド長からの手紙を見ましたが、かなりヤバい奴らしいですね」
「ヤバくないです、普通です! そんなこと書いてたんですか、あの人は」
小さくなって手紙書いていたと思ったら、私に見せないように隠してたのか。
「ヤバい奴ですよ。買取所潰してましたから」
後ろからイレーネさん。さっきまでめちゃくちゃ優しい人だったのに。しくしく。
「魔熊は美味しいから楽しみです。1頭だけですか?」
「2頭いましたけど、今はまだ預けてないですね。買取所がパンクするので」
「え、魔熊美味しいんですか? 固くて美味しくないって聞いたんですが」
そう甲田さんが言ってたよ。
「焼くと固いが、煮込むと美味しいですよ。野菜やハーブと一緒に煮込むのが、ここの名物料理です。最近魔熊獲って来るハンターがいないので、食べられなかったんですよ。これからはカノンさんがいるので、いつでも食べられますね」
「いや、いつもは無理です! 魔熊は森の奥じゃないといないんです。他の魔獣に比べると数が少ないですから!」
「ほう、たまたま浅層で狩ったわけではなく、エルゼダンテの森の奥まで行った、と」
キラーンとギルド長の目が光った(ような気がした)。
「あ、えーとえーと、必死で森を抜けてきたんですーーー」
漂流して森の傍の海岸に辿り着いた話をまたする。
命からがら森を抜けて来たんだと力説した。
「海岸にマテオという漁師がいるらしいですね」
「あれ、何故それを?」
「門番のレノにさっき聞きました。助けられた女の子がいるって。それが君か。上級魔法使いで魔熊や魔山羊まで倒す女の子。助けられるようなタイプには思えないですが」
「そうです! だって怪我してたんですから。魔法だって魔熊から逃げるために必死で努力して、上手くなっただけですから。漂流した直後は何もできない非力な女の子でした!」
「非力な女の子は、そんなに必死で力説しないわ」
うう、イレーネさんが強い。
「いやあ私としては、魔熊の煮込みが食べられれば、何でもいいんですが」
「ギルド長はまたそんなこと言って。大体あなた、アイテムバッグと似たようなもの持ってるって言ってたけど、何匹入っているのよ」
「はい、40匹くらい?」
「アイテムバッグは、魔兎でせいぜい40匹くらいね。魔熊だったら1頭でパンパンよ」
あうー、大きさ忘れてたー。男子が50匹って言ってたのは、魔兎や魔鼠だったってことか。
次回は魔熊40頭入れようかなとか思ってたよ。私の考えなしー。
「国じゅうのギルドで扱っているアイテムバッグは全部同じサイズだから、外国製なんでしょうが、一体何倍入るのよ?」
「まだ魔熊入っているんですか?」
ギルド長が身を乗り出してくる。魔熊への愛がすごいです、ギルド長。食べることへの。
「だからギルド長、魔熊は買取所がいっぱいだったので、まだこの子が持ってるんですよ。2頭確かに見ました」
「早く解体しないと腐るじゃないですか。買取所に急がせるように言いなさい」
「人が足りませんよ。それに解体してもしばらく寝かせておかないと、煮込みは美味しくないんですよ」
「そうなんですか?」
「ハーブとワインに漬けて寝かせるんですよ」
「ほう、それで美味いのか」
私も食べたくなってきた。ビーフシチューみたいなのかな。魔熊美味しいんだー。もっと獲って来ようかな。
「魔兎や魔鹿も美味しいんですか?」
「魔兎はクリーム系が合います。魔鹿はワイン煮込みですね」
美味しそうだ、このギルド長とは話が合うかもしれない。
「食べたい」
「そうでしょう、だから出して下さい。持っているもの全て出しなさい」
「だからギルド長、解体の人手が足りないんですって」
「腐ったら大変でしょう」
うーん、時間経過の遅いアイテムバッグ持ってるなんて説明できないし、どうしよう。
「えーと、冷凍しておきましょうか? 氷魔法使えるので」
ギルド長はおお!という顔をしてから、急に心配そうな顔になった。
「でも鮮度が落ちないですか? 一度冷凍したものを解凍すると」
「低温で時間をかけて解凍すれば鮮度は落ちないので大丈夫です。それに煮込みですからきっとあまり変わりませんよ」
冷蔵庫解凍が一番鮮度が落ちない。でも元々BOXがあるんだから、冷凍する気も無いけどね。
「だから今は冷凍しておいて、数日後に少しずつ持ってきますよ」
「そうしてください。でも魔熊一頭だけ今日置いといてくれませんか」
「だから今日中には、どうせ食べられないんですってば。カノンさん、明日でいいですよ。今日の分の解体はどっちにしろ明日までかかるので、明日来るときに魔熊も持ってきてください。他の魔獣は買取所の空き次第で、どの位引き取れるのかを、さっきあなたが潰した人と相談してください」
あうっ、心臓が痛い。早く治癒魔法を覚えて、自分と買取所のおっちゃんにかけなくては。
「魔石だけ全部欲しいんですけど」
「何でそんなに魔石がいるの?」
「えーっと……魔道具の研究です。解凍設備を考えてまして、試行錯誤するので大量の魔石が必要になるんです」
今考えついた魔道具だが。
「おー! 解凍設備は必要ですね!」
チョロいなギルド長。
食べることへの情熱は私と同じレベルだな。初見できちんとしたタイプと思ったのは勘違いだった。
イレーネさんは訝しげに睨んでいた。この人は全然チョロくない。
「自分が獲って来た以外の魔石も買うことは可能ですか?」
「大きい魔石は商人のところに行くので、残るのはスライムとかの物凄く小さい魔石ですよ」
「沢山あるんですか? それ欲しいです! 見せてもらえますか?」
買取所に戻ると、部屋の隅っこに大きな木箱があって、そこに沢山魔石が放り込まれていた。
タブレットを出して、こっそりと小声でユイに聞く。
『ユイ、これ使えそう?』 『大丈夫だよー』
ユイの声は私の耳元でしか聞こえないし、私も日本語なので、母国語で独り言を言った程度にしか思われていないだろう。
「欲しいです。いくらですか?」
「いつも箱いっぱいになったら、業者に1万デナリで引き取ってもらっているので、同じ位でいいんじゃないでしょうか?」
「はい、払います!」
お金を出そうとしたが、領収書を切るのが面倒らしく、「明日の精算から引いとくから」と言われた。
魔石も明日一緒に引き取ることになった。
「じゃあ、明日魔熊よろしく」
そういうギルド長の後ろで、買取所のおっちゃんがヒィーという顔をしている。
このおっちゃんとは、早めに仲直りしておかないと。




