116*魔虎で脅すつもりはなかった
「ああ、カノンさん、やっと来ましたか。遅かったですね」
魔熊長が声を掛ける。
「もっともっと早く着いていたんですが、こいつの女だと勘違いされて痴話喧嘩に巻き込まれて、ギルドを追い出されて罪に問われるところだったんです」
「どういう状況ですか?」
「全て真実です。この男どうにかしてください」
「こいつは病気だから仕方ないな」
聞き覚えの無い声がしたので、顔を向ける。おっさんたちの中で唯一知らないのが、ウベールの冒険者ギルド長だ。
「やっぱり病気ですか。初めまして、カノンです。よろしくお願いします」
「ほう、破天荒な娘だって言ってたけど、案外礼儀正しいじゃないか」
ちょっとおっさんたち、私がいない間に何の話をしていたの?
多分この中では一番年上じゃなかろうか。
がっしりした体型に、頬の傷が歴戦の戦士を思わせる。なかなかのイケオジタイプだ。
事前情報では女子供を無視する無口な男のイメージだったが、今のところはそんな感じはない。
チャラ男の隣しか椅子が空いてなかったので、座るのにかなり躊躇していたら、みんな席をずれてくれた。
魔熊長の隣に座る。
チャラ男は慣れっこなのか笑っていた。やっぱり病気だな。
「それで簡単に状況は聞いたんだが、もう一度話してくれるかい」
ウベール冒険長に質問される。ニックネームが決まるまではウベール冒険長でいいか。ちょっと長いけど。
「はい。ウベールの森に来て頂上付近まで登ったとことで、洞窟を見付けました。この辺りです」
「洞窟の話は以前に聞いている。そのときは魔獣が沢山住んでいて近寄れなかったそうだ。討伐隊を出すも、洞窟に辿り着く前に魔獣に囲まれたと聞いている。今回は魔獣は少なかったのか?」
「そうですね、洞窟前までの魔獣は確かに少なかったです。50匹位しかいませんでした」
「は?」
ウベール冒険長の話が止まった。
「少ない方ですよね。小型中型ばかりだったので」
魔熊長が笑う。
「だから言ったでしょう。破天荒な娘だって。カノンさん、洞窟内も含めてどの位の魔獣がいましたか」
「破天荒って何ですか。数えてないです。エルゼダンテの森の分と混ざってしまった。多分500匹位かな」
「は? エルゼダンテの森?」
「この後に話そうと思ってたんだけど、先週エルゼダンテの森で魔キリンと云う、とんでもない化け物を仕留めてきたのがカノンさんなんです。ウベールの森でも魔虎を仕留めてきたそうですよ」
ウベール冒険長が動かなくなった。
代わりにチャラ男が声を上げる。
「キリン? あの首の長い動物? そんなのがエルゼダンテの森にいたの?」
「そうなんです。私も初めて見ました。解体場のテーブルを4つくっつけてやっと載ったらしいです」
「うわー、すごい珍しい動物なんだよ。どうやって倒したの?」
「普通に水弾で。足元を泥化して沈んだところを水弾して回ったんだけど、キリンだけは背が高いから全然沈んでなかったから、首も土魔法で固めてから水弾ヘッドショットしました」
「すっげー、職人技だ。やっぱりカノンちゃんすごいねー」
本当はチャラ男と話もしたくないが、質問されると答えてしまうのが、元会社員の性だな。
「あ、あの……」
あ、ウベール冒険長が再起動した。
「はい」
「500匹と云うのは本当の話なのか?」
「まあ、どっかに全部出していいなら出しますが。この部屋には入りきらないですよね」
チャラ男は魔獣に埋めてやりたいけどね。
「まさか全部アイテムバッグに入ってるのか? 解体済か? 500匹も解体出来るわけないな」
「そうなんです。全部買取してくれると助かるんですが、アリッチェだと解体場が狭いからって10匹位しか引き取ってくれなくって全然在庫が減らないんです」
「もっと引き取っているじゃないですか」
「それは魔鼠とか小さいのも入れてですよね」
「でもそんなにアイテムバッグに入れっぱなしだと腐ると思うが」
「冷凍ギリギリのところで温度管理しているので、大丈夫です。ギルド長、魔熊の味落ちてませんよね」
「ああ、先週食べましたけど、美味しかったですよ」
「氷魔法が使えるので」
ニコッと笑って伝える。
うーん、色々誤魔化しているつもりだったが、500匹もいるのを白状してしまった。
これは2週分なので、それ以前のエルゼダンテの森に籠っていたときの分は入っていない。実際はその倍以上持っている。
「ウベールでも定期的に沢山引き取って頂けると助かるんですが」
「本当に本当の話なのか? いくら上級魔法使いと云っても、たった一人で500匹も倒すなんて、どうしても信じられないんだが」
信じられないよね。私でもそう思う。
「まずそんなに沢山魔獣が存在すると云うのが信じられませんよね。エルゼダンテの森もウベールの森も、魔獣の溜まり場がありました。エルゼダンテは地面を泥化して沈めることで群れを討伐したのですが、今回は洞窟だったので、泥化したら崩落するのではと云う恐れがあって使えませんでした」
「確かにそうだ。ではどうやって」
「たまたま浄化魔法をかけたら、周辺の魔獣が痛がって動きが止まったんです。そこで浄化を全体にかけながら、討伐できました」
「浄化魔法にそこまでの効果があったのかい。カノンちゃん、それは凄い発見だ! 浄化魔法が使える魔法使いは割と多いから討伐に連れて行くのもいいかもしれないね」
「いや、カノンの浄化は普通じゃないから、参考にならん」
こっちに来て初めて筋肉ダルマの声を聞いた気がする。あのギラギラの魔法陣部屋を思い出したのだろう。
確かにあれ見ると、浄化以外にも洗浄魔法とか研磨魔法とか一緒に発動してそうだよね。本人にもその辺は解らない。
「ううっ、どうも本当のことの様に聞こえる」
まだウベール冒険長に疑われているらしい。
「だーかーらー本当なんだってば」「諦めろ事実だ」「ですから破天荒なんです」
「じゃあやっぱりギルドの庭にでも500匹出しましょうか」
「出すな!」
「だって信じて貰えないと全然話進まないじゃないですか。あ、魔虎出しましょうか。えい」
部屋の空いているスペースに魔虎を出したが、思ったよりでかかった。ウベール冒険長の座っているソファの背もたれに魔虎の頭が載る。
「ひぃーっ」
ウベール冒険長は物凄く甲高い声で叫んだ。今まで渋くていい声だったのに。
「あ、ごめんなさーい。こんなに大きいと思わなかった、仕舞います。汚れてないけど一応浄化かけておきますね」
またおっさんたちがキラキラのツヤツヤになると困るので、詠唱せずに浄化魔法を掛けたのだが、やっぱり魔力量が多いらしい。結局全員キラキラのツヤツヤになってしまい、耐えきれずに爆笑してしまった。
チャラ男が私より爆笑してくれたおかげで、お咎め無しで済んだ。今だけはチャラ男に感謝。
チャラ男は元々キラキラ男子なので、浄化程度ではあまり変化が無いのは、ちょっと悔しい。
やっと笑いも収まったので、改めて頭を下げる。
「大変失礼しました。まさかあんなに大きかったとは思わず軽率に出してしまいました」
「いや、大丈夫だ。でも闘っている最中に気付かなかったのか」
「闘っている最中は死に物狂いですから。大きいとか小さいとか考えている余裕ないですよ。目の端に映ったもの全て撃つ感じです。そうじゃないと後ろからやられちゃうでしょう」
「解った。君は本当に倒したようだな」
「信じて頂けて良かったです。では、話を続けて宜しいですか? 最初の方で話が止まっているようです」
「ああ」
そこへチャラ男が割り込んできた。
「はんたーい。みんなそろそろお腹空かない? 飯屋に場所を移そうよ」
「確かに腹減ったなぁ」「そうしましょうか」「皆さん苦手な物はありますか?」
私は「はい!」と手を上げた。
おっさんたちがこちらに注目する。
「私は外食は反対です!」
「えー! カノンちゃんだってお腹空いたでしょ? ウベールの美味しい店連れてってあげるよ」
「店まで行く時間、料理が出てくるまでの時間、食べる時間、戻る時間、外食には相当時間がかかります。その後にここに戻って仕事の続きが出来ますか? どうせ食事と一緒にお酒まで飲んでしまうんじゃないんですか? 仕事になりますか?」
おっさんたちが痛い所を突かれたのかシュンとした顔になる。
「話はまだ導入部です。これから説明して、その後検討対策と会議が必要です。明日洞窟に行くと聞きましたが、会議終わらないことには行けないでしょう。私よりも皆さまたちの方が随分とお忙しい身の筈です。終わらせて早く帰りませんか? 私も早く帰って寝たいです」
いつ終わるのやら。




