107*ウベールの拠点探し
初めてウベールに行くジェマは、朝からウキウキしている。
私も前回2時間程度しか滞在しなかったので、初めてと云ってもいいだろう。
前回変な男に会ったが、今回はその変な男がアリッチェにいるので安心だ。
ジェマと一緒に、商人バッジを見せて北門をくぐる。
「帰りは明日の予定で、南から戻って来るかもしれないから心配しないでね」
と、心配性の門番さんに言っておく。
何しろ帰りは帰還魔法でピュンと小屋に帰ってくるつもりなのだ。
帰還魔法は便利だが、門を通らないのは不法侵入に当たるかもしれない。バレないといいけれど。
いつもの様に徒歩で門を出て、人目が無い場所で車に乗り換え、海岸からボートに乗る。
出岸準備をジェマがてきぱきとこなす。ボートに乗るのは先日以来だと云うのに、DVD講習を頑張っているせいか、随分手慣れたものだ。
ウベールまでは1時間程度なので、沖に出て安定したところでジェマに替わり、少しだけ運転の方も実践させた。
色々覚えることが多くて大変だよねと言ったら、家の中より楽だと言われた。ウォシュレットやDVDやシャンプーなどの種類よりボートの方が覚えることが少ないらしい。そうかなぁ?
屋台の仕事も初日で完璧だったし、覚えの早い子だ。
ウベールは人が多いので見付からないように、早目にボートを降りる。前回使った入り江にボートを停めて、小屋2を出して着替えを済ませよう。
「あ! ネコさん!」
玄関を開けると、昨日ぶりのネコとご対面して、ジェマが笑顔になった。ネコが好きなんだな。後でジェマの部屋にも少し小さいネコのぬいぐるみを置こう。
ちなみに私の部屋にパンダのぬいぐるみがいるのは内緒だ。いや、あれはぬいぐるみじゃなくて抱き枕だからね。決してぬいぐるみを抱いて寝ている訳じゃないからね。抱き枕だからいいの!
「内装同じだと、アリッチェにいるのかウベールにいるのか解らないから、模様替えを頼んでおいたよ。今度やって貰うんだけど、ジェマは何か要望ある?」
「要望? うーん、思い浮かびません。あ、私の部屋はもう少し小さくていいと思います」
「それは却下だな。ジェマはまだ小さいけど、もう少ししたら背も高くなる予定だから。部屋に入らなくなると困るからね」
「そんなに大きくなりませんよ!」
「成長期だから解らないよー」
「そんなには大きくなりたくないです!」
「あはは。今度内装の案が届く予定だから、見て決めよう」
ジャージから町娘の服装に着替えて、歩きやすい靴を履く。
ウベールまで距離があるし、物件を見るならいっぱい歩くかもしれない。
「まずは拠点探しなので、商業ギルドに行くよー」
「はーい」
てくてく歩いて門に辿り着いた。大きな街にジェマがびっくりしている。
「アリッチェよりだいぶ大きいよね。住んでいる人も多いから、迷子にならないようにね」
どちらかと云うと、迷子になりやすいのは私の方なので、ジェマにしっかりついて行くようにしよう。
「たくさん並んでますね」
「私たち商人はあっちの入口から入れるんだよ。今は馬車がいるけど、人が少ないから早いよ」
馬車も乗員のギルド証だけ目視するだけで、さくっと通れるようだ。
丁寧な門番が、私たちのギルド証も見て、「行ってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
名前を控える訳でもなく、いつもこんな感じなら、門を通らず帰還魔法で飛ぶ不法滞在も出来そうだ。
アリッチェは人が少なく顔を覚えられているから、見付かる可能性も高い。そういう意味でも住むのは人の出入りの多い都市が良いかもしれないな。
しばらく道なりにのんびり歩き、中心街を目指す。街が大きいので、歩く距離も長い。ジェマは物珍しさにずっとキョロキョロしている。
「あの大きな建物って何ですか?」
私と同じことが気になったようだ。
「奥の宮殿みたいなのだよね? 議事堂らしいよ、一般人は入れないんだって」
入れないと聞いて、ジェマはしゅんとした表情になる。
「議事堂? 王様が住んでるんですか?」
「皇帝陛下はローマまで行かないといないね。議事堂は、偉い大人の人たちが色々な仕組みを話し合う場所かな。お仕事する場所だから、あんまり楽しいところではないみたい」
「楽しくないならいいです。綺麗だからお姫様がいるのかなーと思いました」
「お姫様もローマだよー」
この街の領主様は、街の南西側の山の上にある屋敷に住んでいるそうだ。
ウベールだけではなく、アリッチェやエルゼダンテの森まで含むこの州全体の領主様なので、とても偉い貴族様だ。そこの家に娘がいたら、お姫様と呼んでもいいかもね。
地図を見ながらてくてく歩いていたら、中心街に近づいて来た。
今日は土曜。こっちでは平日の扱いなので、働く人たちで賑わっている。前回来たときは日曜だったので、閉まっている店も多かった。
そうだ、魔道具店も今日は開いているかもしれない。時間があったら行ってみよう。
ジェマが地図と睨めっこして商業ギルドを見付けたので、連れて行って貰う。ほら、やっぱり私よりジェマの方が頼りになる。
「おー、でかいね」
「アリッチェの商業ギルドの3倍位ありますね」
魔法ギルドも冒険者ギルドも大きかったが、やはり港町とあって商業ギルドにはかなわない。
隣には商業ギルドの直営店や倉庫もあって、買物客や商人たちで賑わっている。色んな外国語が飛び交っていて、聞き覚えのない言葉も沢山あった。
その中に入るのは委縮してしまいそうになるが、ギルドの玄関は開けっぱなしになっていたので、私たちでもすんなり入ることが出来た。
ギルドのロビーも天井がとても高く、広々としている。周囲のテーブルでは商人同士が交渉をしているようだった。
私たちは中心の受付に進む。若い男性の前でギルド証を出して声を掛けた。
「おはようございます。ウベールは初めてで、土地を借りたいんですが、この受付で良いでしょうか?」
「ああ、はい。ギルド証お借りしますね。アリッチェで最近登録したばかりなんですね。土地の目的は店舗ですか?」
「いいえ、住居です」
建ぺい率とかは無いので、土地の広さいっぱいギリギリに建てて良いらしい。小屋と庭の周りをぐるりと外壁で囲むので、その分の広さが必要だ。計算したメモを渡す。最悪庭も無くてもいいかもな。
受付の男性はメモを見てうーんと考えているようだ。
「住居なら貸家の方がいいんじゃないですかね?」
「そうなんですけど、お風呂が欲しいんですよね。私魔法使いで家が建てられるんで、その方がいいかなと」
「自分で家建てられるなんて凄いですね。お風呂付の貸家だと確かにかなり高くなりますね。かなり大きなお屋敷じゃないと無いかもしれません」
「ですよね。二人暮らしなので、狭い家で十分なんです。だから土地だけでいいです」
「解りました。ちょっと待っててください」
男性は、資料を取りに奥に行った。
「カノンさん、紹介状出さないんですか?」
ジェマに突かれて思い出した。そうだ、ボーナさんに折角紹介状を書いて貰ったんだった。使わないと申し訳ない。
奥から沢山資料を抱えて戻って来た男性に、紹介状を渡した。
「すみません。紹介状貰っていたの忘れてました」
「ああ、アリッチェからですね。拝見しますね」
封を切って読み始める。一体何が書いてあるのやら。
男性の顔がどんどん血の気が引いていっているように見える。
随分時間をかけて紹介状を読み終わった男性は、
「し、失礼しました! 担当が空いているか確認して参りますので、少々お待ちください」
と早口で話し、ロビーを出て行ってしまった。
担当者? 今のお兄さんで良かったのに、何か問題があるのだろうか。
ジェマと顔を合わせて二人で首を傾げる。
しばし待っていたら、男性がバタバタ戻って来て、「こちらへどうぞ」言われるままに後ろについて行った。
着いた先は、ギルド長室だった。
えー、またー?
隣を見るが、ジェマももう諦めたような顔をしていた。
なんでいつもギルド長室なんだろう。
何か悪いことした? 今日は普通に門をくぐったし、不法滞在もしてないよ。
中に入ると、ギルド長が迎えてくれた。
長い白い髭が印象的なおじいちゃんだった。優しそうだが、長年商業ギルド長を勤めているような貫禄があるおじいちゃんだ。
「いらっしゃい。どうぞ座って」
諦めてジェマと一緒にソファに座る。
「はじめまして。ウベール商業ギルド長のベネデット・ビリジオです。よろしく。アリッチェでボーナがお世話になっているそうですね」
「いいえ、お世話になっているのはこっちです。カノン・スドーです。よろしくお願いします。この子も未成年ですが仮商人で、ジェマです」
「ジェマです! よろしくお願いします!」
緊張すると声が大きくなるジェマだ。礼儀正しくて宜しい。
ギルド長も貴族みたいだな。元侯爵令嬢のボーナさんを呼び捨てにするところを見ると、同等以上の貴族だろうか。
「ああ、よろしくな。私はボーナの叔父なんだ。あの子は気が強いから苦労しているだろう。もうあの子と呼ぶ歳ではないか」
もしかしてこのおじいちゃんが、ボーナさんが言ってた後ろ盾なのかも。だとすると、仲良くしておかないと。
「若くて経験も浅いので、ボーナさんにはよく相談に乗って頂いています」
「そうか、ボーナは元気かい。近くにいるのにお互い忙しくて会う機会もなくてね」
近いと云っても馬車で7時間は全然近くない。
うちのボートだから1時間ちょっとで来たけれど。
「ええ、お元気そうです」
「二人はいつも市場で屋台をやってるんだって? ウベールに来たら屋台は続けるのかい?」
うーん、ここはちょっと悩みどころだ。
街の人と話して情報収集出来るのは屋台は最適だが、週5日だと疲れるし他のことが出来ない。
「ちょっと考え中です。折角大きい街なので観光もしたいなと思ってまして」
「え? カノンさん、屋台やらないんですか?」
横からジェマが聞く。私の仕事はどうなるんですか? と云う顔をしている。あはは。
「考え中だよー」
「そうか。ピアスとかアクセサリーの屋台なんて珍しいから、ウベールでも人気が出ると思うよ」
そんなことまで紹介状に書いてあったのね。
忙しくなるからあんまり人気が出ても困るんですよね、なんて商人としては口に出来ないな。ここは微笑んで誤魔化すことにしよう。
「それとウベールは港町で、商船がとても多いんだ。都合が付けば、こっちにもビタミンCと云うのが欲しいんだが」
「あー……えっと、沢山じゃないなら大丈夫だと思いますが……」
ビタミンCはボーナさんが独占取引みたいな話をしていたので、売ってもいいのか迷う。
「ああ、ボーナから直接聞いたことだから問題ないよ。君にも迷惑が掛からないように、誰から購入したかは、他の商人たちには内緒にしておくから」
「はい、解りました。それなら大丈夫です」
ボーナさんと叔父さんとの関係は良好そうだ。ボーナさんが把握しているのであれば問題ない。
「あとボーナからは君が安く売りすぎるので、気にして欲しいそうだ。タチの悪い商人や海賊なんかも多いから、二人とも気を付けないといかんよ」
「はい、ありがとうございます」
優しいおじいちゃんの言葉に、素直にありがとうと言えた。ジェマもしっかりお辞儀している。




