99*やっぱり馬車ムリ
ギルド長と二人きりで沈黙が重い。
キリンを第7検索で調べると、ローマ帝国にも野生のキリンがいることが解った。
ただ見掛けた例はわずかで、場所もまちまちだった。突然変異と思われたそうだが、南の国から来た人に依り、そういう動物だと解ったそうだ。
アフリカから見世物として連れてこられたキリンが野生化したのではないかといわれている。
魔獣になった例は載っていなかった。
静かな空間を持て余していたら、ようやくイレーネさんが戻って来た。
「馬車準備出来ました。行きましょう」
3人連れだって外に出る。
ギルドの前に馬車と、買取所のおっちゃんがいた。
御者なのかな?と思ってたら、御者台には何とイレーネさんが座った。
馬車の中にギルド長と買取所のおっちゃんと一緒に乗せられる。
二人で当たり前の様に、進行方向を向いた席に座るので、私は仕方なく向かい側だ。逆方向に乗って、気持ち悪くならないかなぁ。それにお尻痛いんでしょう?
それに座る面が狭すぎる。私のお尻が全部収まらないよ。今の体はそんなに巨尻じゃない筈なんだけど。急停車されたら落ちちゃうよ。
「随分渋い顔をしてますが、どうかしました?」
「えーと、馬車初めてなので、不安で」
「初めて?!」
おっとー、まずい、失言したかも知れない。
この国には漂流して辿り着いたって知ってる筈だから、この国で馬車に乗ってなくてもおかしくないよね。
ウベールに行った話はしたっけ? どうやってウベールに行ったんだって突っ込まれると困るよね。いや、ウベールに行った話はしていないと思うが、イレーネさんには言ったっけ?
「えーと荷馬車には乗ったけど藁の上だったので、こういう座席があるのは初めてで」
こないだどっかの村で、荷馬車で送って貰った。
生まれてこの方乗ったことのある馬車は、荷馬車だけで押し切ろう!
地球時代、テーマパークとかの観光馬車に乗った記憶はあるが、これとは随分と違う馬車だったからね。
「ああ、確かに。こういう馬車はアリッチェにも数台しか無いです」
急にガクンと馬車が動いて、私はギルド長の方に飛び出してしまった。
ギリギリのところで抱き着くのだけは堪えて止まった。危ないところだった。
「気を付けて。座席の端を掴んで座っているといいですよ」
「慣れねえと座ってるのも辛いよな」
だったらそっち側譲ってよ。でも止まるときは同じか。シートベルトが欲しい。
南門に向かって町の中を走るのだが、ガタガタ左右に振れて急に止まったりするので、ギルド長やおっちゃんに抱き着くことにならない様に、ずっと座席の端を掴んで堪えていた。
お尻が痛いとかの騒ぎじゃないわ。じっと座っていることもままならない。
ようやく門まで着いたときには、もうげっそりしていた。
「あら、皆さん珍しいですね。お出掛けですか?」
南の門番が扉を開けて声を掛ける。
向かいに座っている項垂れた私にも気付いたようだ。この様子で、このメンツに囲まれていたら、護送中の犯人に見えるのではないだろうか。
「あれー、お前もしかして森から来た子じゃないか?」
はあ? 森から来た子って何よ。顔を上げると、見た顔だ。
初めてアリッチェに来たときに地図書いてくれた兄ちゃんか。
森から来た子なんて呼び方されてたの?
「ああ、やっぱりそうだ。足怪我したの治ったのか? 冒険者ギルドに入ったのか?」
「ああ、はい、ただの冒険者です。これ通行証」
商業ギルド証とバッジを見せると、また魔法使いバッジを見てぎょっとされる。
ギルド長が横から、「この子は上級魔法使いだから」と補足した。
「上級魔法使い? そんなに凄かったのか! すげえな。あ、そういえばマテオさん見付かったぞ」
えーとえーと、マテオって誰だ?
私が考えている間に、ギルド長がまた横から口を挟む。
「やっと漁から帰ってきたらまた漁に行っちゃったので、あまりお話聞けなかったんですよ。でもマテオさんお元気そうでしたよ。今日カノンさんが森に行ったときはマテオさんいませんでしたか?」
「エルゼダンテの森に住む漁師なんてすげぇよな。聞いた通りのすっげぇ貫禄あるおっさんだった」
えーとえーと、マテオさん!
漂流した私を介抱してくれたエルゼダンテの森に住む伝説の漁師だ!
本当に存在したの?!
完全に作り話だった筈なのに、名前も同じなんてことあるの?
あまりお話聞けなかったってことは、少しは話したってことでしょう?
何で私の嘘がバレてないのよ。ええーっ?
もしかして運営が仕込んでくれたのかな。
「あっはい! 会いませんでした! マテオさんお元気なら良かった。また漁に行っちゃったんですね」
背中に嫌な汗が流れている気がする。
全然解らないけど、頑張って押し通すんだ。
「会いに行ったのに会えなかったのか。残念だったな。なあに、またいつか会えるさ!」
門番の兄ちゃんが私の頭をくしゃくしゃにする。
やめろ、こら。
悪気は無いいい奴だとは思うが、とにかく雑。
「今日レノさん休みなんだ。心配してたから今度また会いに来てやってくれよ」
レノさんとは、もう一人の年上のおじさん門番のことだろう。
「北門ばっかり通ってたから全然こっち来て無かった。今度顔出します」
「おお、南は暇だからいつでも来いや」
「森に行くのにこっち通らなかったんですか?」
ギルド長が聞く。
「うち北門が近いんですよ。だからあっち通る癖ついちゃって。北門のおじさんが過保護で、ちょっと遅いと心配されるんですよね。北門から出て南門から帰って来ると、捜索隊出されそうな気がして」
「あはは、あのおっさん娘が嬢ちゃん位なんだよ。娘のつもりで心配してんだよ」
「そろそろ暗くなりますね。早く行きましょうか」
ギルド長が声を掛けて、門番の兄ちゃんも通してくれた。
いつも本当に暇なんだろう。まあでも地図書いてくれたり優しくしてくれたので、今度お菓子でも持って遊びに来ようか。
御者席で気長に待っていてくれたイレーネさんが、馬車を発車させた。
また前につんのめってギルド長の顔が近くなる。まずいまずい、これを忘れていた。
座席をしっかり掴んで馬車の揺れに頑張って耐える。
5分程走ったところで馬車が停まった。
「この辺でいいですか?」
馬車から降りるように促される。
え? こんなに近くで良かったの?
もっと遠くまで行くもんだと思ってたけど、この距離で馬車に乗る意味あった???
必死で座席に捕まっていたので、ボートのハンドル握り続けたときと同じ位、手が強張っている。魔力マッサージして手の感覚を取り戻す。
椅子に座れていないも同然だったので、お尻は然程痛くない。
ただ馬車はやっぱりしんどかった。明日変なところが筋肉痛になってそうだな。寝る前にもう一回マッサージしよう。
「人がいないので大丈夫でしょう。カノンさん、魔石と魔獣を出してくれますか?」
「魔獣? 全部ですか?」
「いやいや、あの、何て云ったか、珍しい魔獣だ」
「魔キリンですね。じゃあ、出しますね」
魔キリンと岩の魔石を出した。
「うわぁ、なんじゃこりゃあ」
買取所のおっちゃんが魔キリンに近づいて行く。
「見たことない魔獣ですか?」
「ねえなぁ。魔キリン? 聞いたこともねえわ」
国内でも野生動物の目撃が数件だったからな。
「ローマに問い合わせておくわ。嬢ちゃん、魔キリンはうちで引き取らせて貰えるのか?」
「使い道ないので買取お願いします。魔石だけ欲しいです」
「おお、ギルド長いいな」
「はい、お願いします。しかし買取いくらでしょうね」
「嬢ちゃん、支払一週間位待って貰えないかな。本部に確認してからだ。少なくも魔熊の倍はいくと思うから」
「はーい、大丈夫です。大きい魔石の方は私が欲しいんですが」
「岩じゃないんですよね?」
ギルド長が首を捻る。
「岩じゃねーな。すげえ魔力だ。嬢ちゃんちょっと水かけて洗ってみてくれるか。あと、魔キリンは一旦仕舞ってくれ。ギルド戻ったら出してくれ」
魔石に水を掛けて、風でちょっと洗う。あんまり研磨しすぎると削れてしまうので、表面を流す程度だ。
それでも表面が輝くのが解った。黒い石で渦の文様が見える。ひっくり返して同じように洗った。
「ここ小さいコブみたいになってるだろ。ここだけ切って貰えないか?」
おっちゃんが魔石の端っこに5cm位はみ出している部分を指して聞く。
そこを土魔法でさくっと切って渡す。ちょっとだけ魔素が漏れたが、大丈夫そうだ。
「ギルド長、この大きさだと魔熊の魔石買取分位でいいかな?」
「ああ、多めに付けてやってください」
「まあほぼ魔素溜まりが魔石になったんだろうな。さすがにこんなに大きな魔獣はいねえ」
「良かった。恐竜やドラゴンでもいるのかと思いました。それじゃあ、仕舞いますね」
岩の魔石もBOXに仕舞った。
あと魔シロナガスクジラの線もあるかもしれないけど、陸地だしねー。
「まずは本部に報告してからですね」
「そうだな、今晩魔キリンを調べて明日中に報告書作るわ。魔石はこの位の大きさなら本部に送れるか?」
「ああ、多分大丈夫でしょう。それじゃ戻りましょうか」
みんな馬車に戻ろうとする。
「あのー」
立ち止まったままの私を皆が振り返る。
「歩いた方が速いので、歩いて帰ります」
「いや、遠いって」
「いいえ、先に帰って待ってます! 馬車には乗りません!」
制するのも待たず、走って逃げた。
すぐに南門が見えてきた。スピードを落として近付く。振り向いても馬車は見えなかった。
「あれ、嬢ちゃん、もう帰ってきたのか? みんなはどうした?」
「後から来ますよ。馬車に乗るの嫌だから走って来ました」
「あっはは。足が治ったようで良かったな! おう、じゃ、気を付けて帰れよ。今度来いよー」
足を怪我したのも嘘だったので、申し訳ない。
さっき通ったばかりなので、ギルド証のチェックは無かった。
「はーい、また来ます」
走って帰るつもりだったが、馬車が見えないので、だらだら歩いて帰ることにした。
買取所に魔キリンだけ置いて帰りたかったが、今ここに出すと色んな冒険者に見られてしまう。
列に並んでいるのも何なので、ロビーの隅の方で皆帰って来るのを待っていた。
黄昏れて座っていると、知らない冒険者が近寄って話し掛けて来る。
でもすぐ他の冒険者に耳打ちされて、怯えた顔で去っていた。
何故か私の良くない噂が流れているらしい。
一言耳打ちしただけで怯えるって、私に有難くない二つ名でも付いてる訳?
最近はイレーネさんとくだらない話をしているだけなんだけどなー。
ただ一つ解るのは、アリッチェで婿探しをするのは無理と云うことだけだ。
すぐ結婚する気はないけど、出会い位は欲しいじゃん!




